何でも解決させる『恋』という言葉
出立は一週間後。
余計な心配をかけないように、父親には『薬学クラブの活動』と嘘をついて、ローディスの迎えの馬車に乗った。
嘘をついた、はずだった。
「なんでしょうか、このメンツは…」
仰々しい王家の馬車に乗るのは、ローディスにキオラス、ケニックとフレアまで。まさに『薬学クラブ』のメンバーだった。
「クラブ活動でしょ!部長の俺が行かないわけにいかないしね!」
「わ、私も、一度外国にいってみたかった、ので。」
「そんな軽いノリで行くところじゃないですよ…」
まぁこの二人はまだいい。
問題はつかず離れずついてきている、後ろの大きな馬車である。
王家の馬車に勝るとも劣らない、豪華な大きな馬車の家紋は『ゴーヴィッシュ家』のもの。
「ごめん、シャルルがどうしても行くって聞かなくてさ。」
あの馬車には、シャルルとアランまで同乗しているのだという。
「…ローディス様はあちらに乗ったほうがよかったのでは?」
「いや、なんか荷物がすごく多くてさ。座るスペースがなかったんだ。」
…観光か何かと勘違いしているのではないだろうか?
自分たちがこれから行くところが、どれだけ怪しく危険なところか、本当にわかっているのだろうか。
なんてことをマリベルが思っていたのが5時間前。
5時間後、馬車から降りた面々は、一様に目を輝かせた。
「すごい、一流ホテルじゃない!」
シャルルの言う通り。
王国でもこんなに立派な建物はない、といえるほどの大きくて豪華なホテルの前に、馬車は止まった。
(…あれ?)
自分の見解が間違っていたのだろうか、と思うほどの、立派な観光地ホテルである。
ホテルの周りには、美しく整備された道と、大きな噴水。
楽しそうな行商の人々と、音楽を奏でるジプシーの様子。
「…最近、帝王が他国との融和を図る方針に変えたらしいよ…。この場所も、他国との交流のために設けられた場所なんじゃないかな、」
ラキオスの言葉に、なるほど、とうなずく。
道も、ここから見える建物も、すべてが新しい。
いかにも『明るく楽しい場所を作りました』と言わんばかりだ。
(気は抜けない…)
ここにいる三日間で、なんとしても開花病のヒントを得るのだ。
「さて、早速行きますね!」
ホテルにチェックインするや否や立ち上がったマリベルに、同室のフレアは驚いた様子だった。
「も、もう出かけるんですか…?」
なんせ五時間馬車に乗っていたのだ。
普通の令嬢ならば、休憩したいと思うところだろう。
「あ、フレアさんは気にせず休まれていてください!」
「そんなわけにはいきませんよ、1人だなんて、危険です。」
ふらつく足で立ち上がろうとするフレア。
(いい子、よね…)
いい子、だからこそ、彼女の行動には違和感がある。
なんせ彼女は、ギルドラッシュ公爵家の、一人娘なのだ。
こんな旅をしていい立場ではないはずだ。
(それにそもそも…)
トントン、というノック音。
「…やっぱり…出かけるとこだった…」
「ほんとだ。ラキオス君の言ったまんまだな。」
すっかり身支度を整えたマリベルを見て、ラキオスがつぶやき、ケニックが笑う。
「…俺も、行く。」
「まぁ、いいですけど。」
確かに一人で出かけるのは危険かもしれない。
それにラキオスには、聞きたいこともある。
「あ、お二人がいるなら、安心ですね。」
ほっとしたようにフレアがつぶやく。
「あれ?フレアちゃんは行かねぇの?」
「あ、はい、あの、情けないことに、しばらくは歩けそうにないので、」
立ち上がったフレアの足は、がくがくと震えている。
しかしその足でも、マリベルを一人で行かせるわけには、とついて来ようとしてくれたのだ。
やはり、いい子、ではある。
「そっか、普通そうだよな。」
ケラケラっとケニックは笑う。
「なら俺も留守番しようかな。フレアちゃん、チェス出来る?」
「え、あ、はい!」
顔を赤くしうつむくフレア。
(かわいい…)
公爵令嬢がわざわざ危険な旅についてくる理由。
ギルドラッシュ公爵令嬢が、薬学クラブに入った理由。
理屈では解決できない違和感を、簡単に説明できる言葉が一つだけある。
それは一言『恋』という言葉だ。
2人の生い立ちを考えると、そうそう簡単にかなえられる恋ではない。
少なくとも前の世界戦では、それぞれ別の道を進んだと記憶している。
それでもほほえましい二人の様子をみて思う。
うまくいくといいな、と純粋に。
「だから、何してますの!勝手に!」
フロントではいまだにチェックインできていないシャルルが、大きな声を上げていて、慌てて身を隠した。
「…シャルル、仕方ないってば。ここは外国なんだから、手荷物のチェックぐらいするよ。」
ローディスがあきれたような声を出しながら、シャルルの荷物をチェック係に差し出している。
「これは?」
「それは紅茶!そっちは化粧品!もう全部高級品なのに!ベタベタ触らないで!」
…国の恥である。
あれが未来の王妃かと思うとぞっとするが、今はかかわりにもなりたくない。
身をかがめてこっそりとホテルから抜け出した。
「お、お似合いのカップルだね!ドーナツ一つどうだい!おまけするよ!」
皇子のお披露目会、ということもあってか、広場は活気であふれている。
自分たちのような『招待客』と思われる、異国の人々が行きかう中、ドーナツ屋さんの声が聞こえて、思わず微笑む。
「ありがとう、おじさん。」
「かわいいお嬢ちゃんだ、ほれ、サービス!」
ドーナツはシナモンのような、独特の香りがする。
「変わった匂いですね。この辺の特産ですか?」
「ん?あ、あぁそうだよ。ハクランの木からとれた蜜を使ってるんだ。」
「へぇ…じゃあこれ、10個ください!」
「10個!ありがたいねぇ、ちょっと待ってね、すぐ揚げるから!」
ドーナツ屋のおじさんがモクモクとドーナツを上げる後ろから、小さな男の子がやってくる。
「お父ちゃん、僕も一つちょうだい!」
「あぁ、今忙しいんだ、そこにあるやつを食べなさい。」
おじさんが横の冷えたトレイを指さす。
「えー、揚げたてがいいよ~。」
「わがまま言うんじゃない!」
「あ、いいですよ。私たちも後で食べますから、そちらの冷えたほうで。お子さんに温かいの上げてください。」
マリベルの言葉に、おじさんは困ったように笑みを浮かべた。
「いえいえ、商売ですからね。ほら、お前はそれ取ってあっちに行ってなさい。」
どっさりと油のにおいのするドーナツの袋。
受け取ろうとするそばで、ラキオスが横から手を伸ばし、袋を抱える。
「あ、ありがとう。」
「…ん。」
それから、広場の出店をあらかた回り、一通りの買い物をしてベンチに座る。
「…こんなに買い物して、何か意味あったの…?別に出店の人に何か聞くわけでもないし。」
「これは明日への軍資金。観光客がいるような場所で働いている人が、口が軽いとは思えないわ。明日、こっそりと裏道に進んで、子供たちに話を聞くの。」
ちらり、と裏道に視線を向ける。
広間や表通りから一歩足を踏み出せば、暗い裏道が広がっているのは想像がつく。
「ふぅん…で、こんなにたくさん…。」
「あ、ごめんね、持ってもらっちゃって。」
買うそば買うそばからラキオスが持ってくれたおかげで、ラキオスの腕の中にはお菓子の袋の山ができている。
一方マリベルの手の中には、ソフトクリームが一つだけだ。
ラキオスがこんなに気が利く人物だったとは、意外である。
「ん、そういうもの、でしょ。」
「そういうもの?」
「…好きな人の荷物って、持つべきなんでしょ。本に書いてあった。」
「あぁ、そういう…」
はてさて、どう反応していいものか。
マリベルは考えながらソフトクリームを一口食べた。
何を考えているかよくわからない。性格がよく読み取れない。
ラキオスのその特徴のせいで、『好き』の意味もよくわからない。
(子供の時同様、ただの好意という意味ならば、過剰に反応するのもおかしいわよね…)
「ねぇ、それ、俺にも少しちょうだい。」
ラキオスがくいっと、ソフトクリームのほうへ首を伸ばす。
「え?あ、えぇ。」
食べかけのソフトクリームを差し出すのに、少し躊躇する。
(でも、)
ん?と視線をこちらに向けるラキオス。
(意識してるのはこちらだけね。…やっぱりそういう意味の『好き』ではないんだわ。)
「ねぇ、ラキオス。」
ソフトクリームを差し出しながら、そういえば、と問おうとしたとき。
「ちょっと、ま!」
遠くから、ローディスがドタバタと走ってきた。
「ま、まって!」
いつもの穏やかな顔ではなく必死のダッシュである。
あまりにまっすぐ走るので、途中で男の子とぶつかって、男の子が倒れてしまった。
(よく人にぶつかる人だなぁ…)
男の子は手にしていたドーナツを落とし、少しうなだれている。
さきほどのドーナツ屋さんの息子だ。
「あぁ、ごめんね。よかったらこれ食べて。」
マリベルが差し出したドーナツを見て、少年はぶんぶんと首を振った。
「お客さん用のヤツは食べちゃダメだって、父ちゃんに言われてるから。」
「でも…」
「ありがとう!でも大丈夫だから!」
少年は走っていった。
「…しっかりしている、のか、それとも何かそのドーナツを食べちゃいけない理由でもあるのかな…。」
ぽそり、とラキオスがつぶやく。
「本当だねぇ、ぼんやりしているようにみえて、ちゃっかりしてるやつもいるから、わからないよね。」
ぜぇはぁ、と息を整えながら、ローディスはゆっくりと笑顔を作り、にこりとその笑みをラキオスに向けた。
「…ん?あ?俺?」
ラキオスはわずかに首をかしげた。
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