第220話 翡翠
しばらくオレに驚愕していたドラゴンガールだが、こちらに殺気がないとわかったのか、ため息一つ吐いて体育座りをした。
オレも敵意はないことを示すために伏せてみせた。
ドラゴンガールは長いこと沈黙していたが、グゥ~と腹を鳴らした。
「……いつから食べていない?」
腹の虫が収まらないのでこちらから話しかけた。
「一月くらい」
ん? 一月? 月日を知っている、ってことか? マゴダは文明を持っているのか?
「よく、生きてられるな」
竜は食い溜めできる生き物なのか?
「自分でもそう思う。産まれてこのかた食べてないのに生きてるんだから」
ん? 産まれて? ん? へ? ドラゴンガール、産まれて一月、ってことなのか? 軽く百年は生きてるような体格だろう。
「名前は、あるのか?」
「ないと思う。卵から出たらわたしだけだったから」
竜の生態がわからないのでなんとも言えないが、卵が孵るまで放置はするとは思えない。おそらく、殺されたんだろうな。
「もしかして、生まれ持って知識を引き継ぐのか? それとも前世の記憶があるのか?」
それでようやくドラゴンガールが顔を上げた。
「わたしみたいのがいるの!?」
「前世の記憶を持って産まれた者ならお前の前にいる」
こいつの話し方や感じからしてオレと同じなんだと思う。目に理性がありすぎる。
「あなた、転生者なの?!」
「ああ。地球と言う星の日本と呼ばれる国からこの世界の獣に転生した」
「じゃあ、日本人なのね! わたしも日本人よ! 教えて! 元の世界に帰れるの!」
「転生と言っただろう。元の世界で死んだからこの世界に生まれたんだ。帰れる帰れないの問題じゃない。ここで、その体で生きていくしかないんだよ」
オレはもうこの世界で生きることを決め、ギギの側にいることを誓った。万が一、いや、億が一帰られるとしてもオレはここで生きていくことを選ぶだろうよ。
「……そ、そんな……」
ポロポロと泣き出してしまった。
オレもドラゴンガールの気持ちはわかる。通った道だからな。いきなり白虎っぽい生き物に産まれ、ジャングルの中で生きていかなければならないとか泣き言案件である。オレもびゃーびゃー泣いたものさ。
もう記憶も薄れてきた母上様を真似、ドラゴンガールの涙を舐めてやった。
「産まれたことになぜと思うな。それは神しか答えられないことだ。産まれたからには生きろ。生きて幸せを求めろ。きっとこの世界に産まれた意味を知るだろうさ」
オレはこの世界に産まれた意味を見つけた。幸せを求めて生きている。きっとドラゴンガールにもできるはずだ。
「先達者としてお前に名を贈る。
瞳の色が翡翠のようなだったから翡翠と名づけました。
「……翡翠……」
「そうだ。お前は翡翠だ。お前の親に代わりお前を祝福しよう。翡翠。おめでとう。この世界に産まれてきてくれてありがとう」
オレには頭を撫でてやることも、抱き締めてやることもできないが、精一杯、翡翠の頬を舐めてやった。
「……なんか複雑……」
やっと落ち着いたようで、笑顔を見せるようになった。
「なにがだ?」
「見た目は白虎っぽいけど、前世は人間なんでしょ? どっちに舐められてるか戸惑うよ」
「確かに元人間だが、オレはもうこの体を受け入れた。大切な人からもらった名であるレオガルドとして生きているよ」
「大切な人? 奥さんいるの?」
「奥さんではない。ギギは人間だからな。ともに生きることを約束した仲だ」
夫婦とも言えないが、オレとギギの関係はそれを超えた仲。一心同体と言ってもいいだろう。
「まあ、詳しいことはそのうち話してやる。まずは、その腹の虫を静めるとしよう。翡翠はなにを食べるんだ?」
「わからない。どれもこれも見たことない生き物だし、なにが食べれるかわからないんだもの」
人間の記憶が強すぎてマゴダとしての本能が出てこないのか?
「お前の種族はマゴダ、飛竜だ。まあ、人間と竜のハーフっぽい姿だが、竜は竜だ。竜ならば肉を食うはずだ」
草を食っている竜なんて見たことがないし、見た目が完全に肉食だ。肉を食らえば本能が目覚めるだろうよ。
「少し待っていろ。獲物を捕まえてきてやるから」
海のモンスターを捕まえに、海に向かって駆け出した。
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