第166話 蟻の一穴天下の破れ

 獣の視力はいいのか悪いのかわからんが、この体の視力はかなり性能がいい感じのようだ。


 人間の、ヤトアと比べるとかなり性能がよくて、三百メートルくらい先にいるフジョーと周りの樹々の判別がつくのに、ヤトアとロズにはまったくわからないようだ。


「冬なのに実がなるんだな」


 枝なりに生っているわけじゃないが、オレンジ色の実がぽつらぽつら生っていた。


「ヤトア。ロズ。いつでも逃げれるようにしておけよ」


 ロズから石をもらい謎触手で投げ放った。


 昔、レールガンができないので謎触手で石を投げる訓練をし、四、五百メートルは投げられるようになったのだ。


 石はフジョーに直撃。樹に石がぶつかった音ではなく、壁に当たったような音が聞き取れた。


「……フジョー、なにか纏ってるな……」


 霊力ではない。よくわからないバリアーを纏ってる感じだ。


「ヤトア。雪の上を走れるか?」


「なんだ、突然? 走れるわけないだろう」


「霊操術の応用だ。足元に霊力の場を作り出してその上を歩くんだ。雪の上も走れるなら水の上だって走れるようになる。なんなら空中でも走れるかもな」


「……やってみる」


 少しのヒントで可能性を見つける男。試行錯誤しながら二日で雪の上に立てるようになった。


 ……こいつは本当に天才だよ……。


「ヤトア様は凄いですな。人間の動きとは思えません」


「そうだな。ヤトアのような人間はいないからヤトアが特別なのだろう」


 こんなのが二人も三人もいたら厄介でしかない。この大陸にこないことを切に願うよ。


 ヤトアが雪の上を走ってる間にオレはフジョーに石を投げ続ける。


 何百も投げてるとバリアーはフジョーの表面を纏っており、先にいくほど強度が衰えている。幹の部分が大切ってことなんだろう。


 ならば枝先から削ってやると石を投げ続けるが、人の腕くらいの太さになると強度が増し、人の胴くらいになったらびくともしなくなった。


 だが、フジョーも生き物。大地のエネルギーを吸えるならモンスターを狙ったりはしない。纏うバリアーだって絶対ではない。衝撃を与えるなら必ずバリアーのエネルギーなりなにかが減るはずだ。


「蟻の一穴天下の破れだ」


 今のオレは蟻。フジョーにとっての蟻。ここで潰せなかったことを後悔するがいい。


 二十日も続けると、気温が上がってきて太陽が雲から出てくる日が多くなってきた。


「師匠。フジョーに近づいてもいいか?」


 苦なく雪の上を走れるようになったヤトアがそんなことを言ってきた。


「霊力は極力抑えて注意していけよ」


 霊力を抑え、安全を考えて三百メートル内には近づかなかったが、フジョーが活動する前に威力偵察はしておきたい。なので、ヤトアの願いに許可を出した。


「わかった」


 剣に手をかけ、少し解けた雪の上を走っていった。


 石を投げ続けてからフジョーは動かない。バリアーの強度も変わりはなかった。完全に守りに入っている。


 ヤトアが二百メートルまで近づくと、フジョーから嫌な気配が発せられた。


 ヤバい! と、すぐに石を投げてヤトアに知らせる。


 ヤトアはすぐに停止し、樹の陰に隠れた。


 霊力は極力抑えてあるはずなのに気がついたってことは振動で感知してるのか? 雪に覆われても感知できるとか高性能だな。


 しばらく嫌な気配は続いたが、ヤトアが動かないからか嫌な気配が収まっていった。


 石を投げてバリアーの強度を確かめると、石の跳ね返りが鈍かった。


 ……防御と攻撃は同時にできない、ってことか……?


 戻ってきたヤトアに説明し、フジョーの反応する距離を探らせ、嫌な気配が大きくなったら石を投げていく。


 やはり防御と攻撃は同時にできないようで、嫌な気配が強くなるとバリアーの強度が低下していた。


 それを五日続けると、感知範囲が縮まっていってるのがわかった。


「衰えている?」


 さらに続けると、やはり感知範囲が縮まった。


「あれは、明確な意思を持って動いてるのではなく、フジョーの習性として動いている感じだな」


 冬眠状態での自動防御かもしれないが、今は知恵を持って行動してないなのは確かだ。なら、今のうちに削られるだけ削るまでだ。


 攻撃してから四十五日。雪は日陰に残るだけになり、フジョーにほんのりと芽が出てきた。実はオレが落としたので一つも残ってません。ちょっと食べてみたかった。


「ん? 動いた?」


 感知範囲は二十メートルもないところでフジョーの枝があり得ない動きを見せた。


「……目覚めたか……」


 嫌な気配が地の底から湧き出てくるのがわかった。


「す、凄まじいな。師匠が危険視するのもわかる。と言うか、師匠のほうがあれの凄まじさを感じるんじゃないか?」


「初めて感じたときはこんなものじゃなかった。初めて狙われる恐怖を感じたよ」


「それでいて怯まないのだから師匠は凄いな」


「人でも獣でも守りたいものがあるときは勇気が出るものさ」


 オレにはギギがいてレオノール国の民がいる。そこがオレの居場所なのだ、フジョーなんかに奪われてたまるか。


「己のために強くなるのもいい。だが、その先にあるのは孤独だ。虚しさしかない。人の心を燃やすものは人の心だ。守るべき者のために戦え。死んでたまるかと歯を食いしばれ。勝利は生きて果たせ。死に答えを見出だすな」


 それはヤトアにではなく自分に言い聞かせる。


 オレはこんなところでは死なない。必ず生きてギギの元に帰るのだ。


「ヤトア。ロズ。仕掛ける。気合いを入れろよ!」


「任せろ!」


「わかりました!」


 二人に檄を飛ばし、レイギヌスのナイフを抜いて駆け出した。

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