第162話 人として人の中で

 次の日、起きたら雨だった。


 雨とは珍しい。まだ一月くらいの時期なのに。暖かい日もあったものだ。


 暑さ寒さに強い体と毛を持っているので、多少気温が変動してもわからないんだよな。さすがにマイナス十℃とか三十℃になればわかるけどよ。


「体を濡らさないようにな」


 二人にそう言って出発した。


 しかし、ミゴルがいるのはわかっていたが、ちょっといすぎないか? 少し駆けたらすぐ現れる。いすぎてちょっと邪魔になってるぞ。


 ……この数はさすがに異常だろう……。


 もしかして、フジョーとなにか関係があったりするのか? どうなんだ?


 なんてこと考えてたらミクニール氏族が隠れる洞窟に到着した。


 洞窟の前は伐り拓かれており、雪も掃かれている。バリュードは以外の肉食系モンスターや獣は現れてないようだな。


「レオガルド様!」


 洞窟の出入口を見張っていた男たちが出てきた。


「遅くなってすまないな。皆は無事か?」


「はい。バリュードも出てません。食料も足りてます」


 それはなにより。長を呼ぶように伝えた。


 しばらくして長どころか全員が出てきてしまった。バリュードがいないからって油断しすぎだよ。


「待たせて悪かったな。皆が無事でなによりだ」


「これもレオガルド様のお陰です。守ってくださらなければ何十人と飢えていたでしょう」


 確かにそうなっていただろうな。今考えればよく全滅しなかったもんだよ。


「あの、そちらは……?」


 おっと。二人を忘れていたわ。


「こいつはロゼル。お前らと同じミクニール氏族だった者だ。オレの巫女として連れてきた。連絡役と思っていい」


「巫女、ですか?」


「その辺はロゼルに聞くといい。こいつは王ノ巳人ヤトア。オレの弟子だ。フジョー退治に連れてきた」


「レオガルド様の弟子で王ノ巳人ヤトアを申します。以後、お見知り置きを」


 ちゃんと礼儀作法も修業してたようで、ゼルム族に頭を下げて自己紹介をした。


「ミクニールは人間を見たことあるか?」


「は、はい。バリュードが現れる前には何人かおりました……」


 人間、こんな奥まできてたんだ。そりゃ凄い。どうやったらこんな奥までこれるんだ?


「死んだか?」


「はい。バリュードに食われました」


 バリュードにしたらゼルム族も人間もエサでしかないか。悪食だぜ。


「そうか。死者には哀悼を。生者は進め、だ。塩を運んできた。橇から降ろしてくれ」


 オレも左右に担いでいる樽を降ろし、洞窟の中へと運ばせた。


「なにからなにまでありがとうございます」


「お前たちを守ると約束したからな、違えることはしない」


 約束は一度破ってしまったら信用は地に落ちる。守護聖獣を名乗るなら小さな約束でも破るわけにはいかないのだ。


 荷物を運び終えたら長と主だった者を集めて話し合いをする。


 オレがいない間はこれと言って問題はなかったらしいが、閉じ籠っていられなかったようで、周辺を探索しに出たようだ。


「フジョーのところまでいったのか!?」


 一人の男の報告にびっくりしてしまった。いや、ここから少なくとも二十キロは離れているぞ? この雪でよくいけたな!


「お前、凄いな。名はなんと言う?」


 戦士の体格はしてるが、だからってこの雪と寒さの中を二十キロ──往復で四十キロを進めるもんじゃない。しかも、オレすらビビるフジョーの元にいくとかどんだけ恐れ知らずだよ?


「ロズです」


「うん。ロズか。いい名だ。ヤトア。お前、槍持ってきていたよな? それをロズにやれ」


 確か、鉄の穂先だったよな? 予備ならロズにくれてやれ。その勇気があるなら戦力になるだろうよ。


「ゼルム族の体だと少し短いと思うが?」


「フジョーのとこまでいける勇気があるなら接近戦もできよう。短槍での戦い方を教えてやれ」


 ヤトアは誰よりもゼルム族を相手に練習してきた男。教えるのも勉強と思って短槍術を教えてやれ。


 持ってきた短槍をもらい、ロズに渡してやった。


「ヤトアから学べ。ヤトアはバリュードを一人で倒せる男だ。こいつに勝てたらゼルム族ではお前が最強だぞ」


「師匠、あまり煽るなよ。そのせいで毎日のように相手しなくちゃならなくて自分の修業も疎かになるんだから」


「先をいく者の宿命だ。受け入れろ」


 オレだってお前の修業に付き合ってるんだから受け入れろ。


 まあ、それはあとにして暗くなってきたのでロゼルを洞窟の中へと連れていかせ、今日はゆっくり休めるよう伝えた。


「ヤトアもミクニールたちと交流を持ってこい。謂わばお前は人間の代表だ。悪い感情を与えるなよ」


「それはおれの役目ではないんだがな……」


「役目でなくともやれ。王ノ巳人の名は子に受け継ぐのなら王ノ巳人の名に恥じぬ行いも受け継いでいけ」


 まあ、王ノ巳人はヤトアにやったもの。それを高めるか落とすかはヤトア次第。好きにしろ、だ。


「名を持つと言うのも面倒だな。おれは剣を、霊操術を極めたいだけなのに」


「持ちたくなくとも生きていればついてくるものだ。嫌なら人のいないところで好きなだけ極めたらいい」


 自己を満足させる人生もまたよし。だが、嫁をもらい子ができたのだ、自分のためではなく大切な者のために人生を築いていけ、だ。


「はぁー。そうだな。もう向こう見ずなガキでもないしな。人として、親として、師匠の弟子として恥じぬ存在となろう」


 こいつも大人になったものだ。


 謎触手でヤトアの背中を押してやる。人として人の中で生きろと、な。

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