第161話 記憶の積み重ね
一日ゆっくり休んだお陰で疲れは取れた。
朝、近くまでやってきた赤目熊を狩って腹を満たし、橇を取りつけて出発する。
後半戦はほとんどが森で、高低差はそれほどない。橇を牽いてても走りに支障はない。まあ、ちょっと選択を間違う樹を斬らないと進めない場所もいくつかあったが、明るいうちに半分は進むことができた。
適当な場所で野営を行い、その日はミゴル(マンモス)の群れがいたので動きが鈍いヤツを狩っていただいた。
「ここ、ミゴルが多いな?」
ちょっとだけ走るだけで四つの群れを発見できた。もうバリュードのテリトリーに近いってのにだ。
「モンスターがいないから獣が豊富にいるのか?」
よくよく考えると、この一帯でモンスターと遭遇してないよな。赤目熊も準モンスターに片足突っ込んでるとは言え、Aランクのバリュードが現れれば狩られる存在でしかない。
てか、バリュードとも遭遇してないな? フジョーに追いやられたのか? いや、冬になるとバリュードはいなくなるし、移動しただけか?
次の日は警戒しながら進むもバリュードの姿はまったくない。逆にミゴルの姿が増えていた。
「師匠。なんだ、この爛れた気配は? 胸がムカムカしてくるぞ」
ミクニール氏族の地まであと半日って距離でヤトアがフジョーの存在に気がついた。
距離的には五十キロは離れているだろうにそれでも感じるとか、フジョーの脅威さがわかると言うものだ。
「ヤトア、お前はもう人類最強と言ってもいいかもな」
赤目熊を倒すだけでも人の域から出ているようなものだが、Aランクのモンスターを倒せたら人類最強と名乗っても文句は言われないだろうよ。
「あんなのを前にして人類最強と言われても苦笑しか出ないな」
まあ、そりゃそうか。その遥か上にオレがいて、さらにフジョーがいる。強さがわかるだけに誇れなんてしないだろうよ。
「今のうちに慣れておけ。近づけば近づくほどキツつくなるぞ」
「慣れるのか、これ?」
「人間は慣れる生き物だ。明日からゆっくり近づいてやる。修行だと思って気配に慣れていけ」
「……厳しい師匠だ……」
「優しく教えていたらオレには一生勝てないぞ」
がんばれとヤトアの頭を謎触手でわしゃわしゃしてやった。
禅を組んでフジョーの気配を感じることを始めたヤトアは放っておき、ロゼルを連れて周囲を探りに出かけた。
バリュードが現れる前のミクニール氏族は、かなり広範囲まで散らばっている氏族だったようで、ここにも数十人規模の村があったそうだ。
ロゼルはまだ幼く違う村の出身らしいが、逃げてきた者が大まかな地図を皮紙に書いてロゼルに渡したそうだ。
東西南北はわからないが、太陽の出る方向と沈む方向は書いてあるので、オレの脚なら十キロくらいなら誤差だ。持ち合わせた方向感覚で近くの村にきたが、辛うじて住んでいた痕跡が残っているくらいだった。
「バリュードがくる前のことは覚えているか?」
「村でのことと、厳しい逃亡しか覚えてません」
まあ、五歳で村をにげだして、二年間さ迷っていたらしいからな。大した記憶なんてあるわけないわな。
「よく見てよく覚えておいて、新しく生まれてくる子供たちに伝えていけ。この光景は次に伝えなくちゃならない。記憶の積み重ねが歴史になるんだからな」
ロゼルに理解できるかわからないが、たくさんの者に伝えなけれ記憶は忘れ去られてしまう。
オレたちが百年先、二百年先の子孫に残せる宝である。レオノール国の歴史を残すこともレオノール国を守ることに繋がるのだ。
謎触手をロゼルの下半身に絡ませ、背中に乗せた。
「レオガルド様?」
「獣だ」
木々の間から痩せこけたバリュードが現れた。はぐれか?
「飢えて相手の強さもわからなくなってれようだな」
もう目が濁り、気が触れたようにヨダレを垂れ流している。モンスターとしての理性が安全になくなっていた。
ミクニールを食っていたのだろう。濁った目はロゼルを捕らえていて、オレなど意識の中にも入ってない様子だ。
襲いくるただの獣となったバリュードを風で一刀両断。食う気にもならないのでそのままに捨て置いた。
「ああはなりたくないものだ」
元はAランクの強さはあったんだろう。だが今はミゴルすら狩れなく痩せこけていた。
オレも獣でありモンスターだ。ああなる未来もあるかもしれない。自分だったかもしれない姿だ。
あれは戒めだ。獣としてモンスターとして、他の種族と生きていくために、自分の居場所は自分で作っていかないとならない。共存共栄。目指すはそれだ。
ヤトアの元に戻り、野営の用意をする。
「ヤトア。そのくらいにして休めよ。明日はミクニール氏族のところに着くからな」
「ああ。わかった」
野営の用意が整えばオレはミゴルを狩りに出かけた。オレたちの戦いはこれからが本番。しっかり体力をつけておこう。
活きのいいミゴルを探し、腹が満ちるまで貪り食ってやった。
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