第163話 ティラノサンダー

 冬はまだ終わりを見せない。雪が降る日、吹雪く日、オレでも吸う空気が痛い日もある。


 モンスター以上に環境が強敵になる。そんなところで暮らすミクニールは本当に忍耐強い。ヤトアと激しい訓練にも泣き言は漏らさず、食らいついていっている。


 心なしかミナレアのゼルム族より体格が大きくなっているような? 思い返せばミナレアにきたミクニールも体格がよかったような気がする。


 十日ほど見守り、次の物資を運ぶためにレオノール国に戻ることを長に伝えた。


「節約すれば春までは持つと思うのですが?」


「春になればフジョーも動き出すだろうし、バリュードも戻ってくるかもしれない。そうなればオレはどちらか、最悪、どちらも相手しなくちゃならなくなるだろう。そうなればお前らに構っていられなくなる。逃げるにしても戦うにしても体力だけはつけておくに越したことはない」


 バリュードならAランクが束でこようが負けることはないが、そこにフジョーが加わったら勝てる自信はない。そんなときミクニールの連中にいられたら邪魔でしかないわ。


「レオノール国の守護聖獣とは言え、オレより強い存在はいる。戦いながら守るこどができないときがある。そのときはお前らは自分の力で生き抜いてもらわなくちゃならない。レオノール国に家畜はいらない。オレは自ら立って生きる者を守護する」


 オレは強いだけの獣。神ではないのだ、あれこれと面倒は見てられないわ。


「……はい。レオガルド様に恥じぬ者となります……」


 長が前脚を折ると、他の連中も同じく前脚を折って頭を下げた。


「なるべく早く戻ってくる。ヤトア、無理はするな」


 こいつもフジョーまでいき兼ねないからな。


「わかっている。師匠の代わりにミクニール氏族を守るよ」


「任せる」


 橇を装着させてミナレアへと駆け出した。


 今回は前回とは違い、今回は海に出るルートを選んだ。


 まあ、選んだと言っても初めて駆けるので探りながらになるが、獣の方向感覚は優秀にできている。なんとなくだが、海の方向がわかるのだ。


 橇を牽きながらなので全力疾走は出せないものの樹々の間隔があるのでそう苦にはならない。三日も駆けたら海に出た。


「この辺は雪が少ないんだな」


 橇を牽くには問題ないが、オレの足首が隠れるほどしかない。海風で積もらないあのかな?


「うおっ! ティラノサウルスじゃん! 久しぶり!」


 オレがまだ若い頃、一度だけ戦った電気の放つティラノサウルス(それっぽいってだけね)。まさかこんなところ会うとは思わなかった。


「見た目、冬に弱そうなのに元気に動いているな」


 変温動物じゃなくて恒温動物なのか? いや、なにに属してるか知らんけどよ……。


 オレに気づいて電気をバチバチさせる。威嚇かな?


 すぐに橇を外して向かい合う。


 若い頃は強敵だったが、幾多のモンスターを食ってきた今、ティラノサウルス──ティラノサンダー(と命名しよう)など格下。精々Sランクってところだろう。


「お、速い速い!」


 昔は速くて追いつけなかったが、今は余裕で突進を回避。振り回した尻尾も伏せて回避した。


 頭上を通りすぎる尻尾に噛みつき、ティラノサンダーを投げ飛ばしてやった。


 だが、Sランクなだけにそれだけで参ることはない。すぐに起き上がって襲いかかってきた。


 ティラノサンダーの腕は長く鋭い爪を生やしている。樹くらいなら余裕で両断できそうだが、主力武器ではないようで振り下ろしはそんなに速くない。風の刃で斬り落としてやった。


 怯んだところに首へと噛みつきローリング。その分厚い首の肉を噛み切ってやる。


 ああ、この血の味、思い出した。


 強いモンスターだけにある熱くて濃くて魂を震わすほどの歓喜の味。理性が失い飢えた獣と化した。


 次に気がついたときはティラノサンダーの七割近くを食い散らかしており、残っているのは頭と手足くらいだった。


「……美味かった……」


 きっと今のオレは恍惚な表情になっているだろう。いや、表情筋などないが、心が恍惚としているのだ。


「……力が漲る……」


 魂の奥底から力が溢れ出してきて体が熱くてたまらない。このまま燃え出してしまいそうだ。


 雪の中に体を横たわり、謎触手を使って雪をかけて体の熱を冷ました。


 熱は高まる一方で雪が溶けているのがわかる。


 ……不味いな、これ。冷まさないと死ぬぞ……。


 死ぬ予感に襲われ、這いずりなが海へと向かい、崖から転がり落ちながらも海へと入ることができた。


「……気持ちいい……」


 人間だったら心臓麻痺を起こしそうな温度だろうが、今のオレはサウナから出て水風呂に入ったように気持ちよかった。


 そのまま意識が遠退き、目覚めたときには熱は引いていてくれ、物凄く腹が減っていた。


「軽く十トンは食ったぞ?」


 なのに数日は食ってない飢餓だった。


 わけがわからんが、まずは腹を満たすことが先決と、襲いくる飢餓を抑えながらエサを探したらホワイトなキングコングがいた。


 体長は五、六メートル。強さ的にはAランクだ。


「飢餓状態のオレの前に現れた不運な自分を恨むんだな」


 ここは弱肉強食な大森林。オレの糧となるがよい。


 逃げるホワイトキングコングに襲いかかり、飢餓を沈めるために一心不乱で貪り食った。

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