第6話 鎧竜

 冬の長い夜。ゼルとの会話で嬉しいことがわかった。


 この世界にも温泉があったのだ。


 獣に生まれはしたが、人であったころの習慣で水浴びをして身綺麗にしてきた。


 犬とか猫が毎日風呂に入るのはいけないと聞いたことあるが、この体は平気なようで風邪一つひいたこはない。まあ、真冬でも外で寝てるんだから風邪とは無縁なんだろう。


「よし、いこう!」


 思い立ったら吉日。次の日、ゼルの案内で温泉へと向かった。


 ゼルの足で半日。オレなら一時間の距離にある山の中腹に温泉はあった。


「意外と近いところにあったんだな。気がつかんかったわ」


 さすがのオレも一時間も走ったところの硫黄の臭いはわからん山の裏ならなおさらだ。


「どうするのだ?」


「入るんだよ。温泉──地の底で燃えた火で沸いた水は体にいいんだぞ」


 まあ、この世界の温泉がそうなのか知らんが、温泉と言うだけでオレは満足だ。


 ボコボコ言ってるので熱湯に近いが、すぐ側までいっても暑いとは感じない。春の日差し、くらいか?


 お湯に前脚をそっと入れてみる。


 熱は感じるが熱いとは感じない。火炎を食らっても平気だったから熱湯にも強いとは思ってたが、これだと長いこと入ってないと体は温まらない感じだな。


「レオガルド様、平気なのか?」


「平気だよ。もっと熱いくらいでもいいくらいだ。ゼルは入るなよ。一瞬で煮えるから」


 このまま入っていたいが、骸骨がちらほらと見える。ちょっとヤベーところみたいだ。


 今さらだが、風を吹かして空気の循環をしておくか。


「レオガルド様!」


 ゼルが険しい声を上げ、その視線の先を追えば鎧竜(あ、オレが勝手に命名しました。某アレなゲームのアレじゃないからね)がいた。


「あ~。久しぶりに見たな」


 この世界に生まれて二回しか遭遇してないレアなヤツだ。


「慌てなくていい。アレは草しか食わんヤツだから」


 硬い鱗を持ってるからか、肉食獣が現れても逃げたりはしない。機関銃くらいなら簡単に弾くだろうよ。


 鎧竜はオレなど知らんとばかりに温泉に入り出し、岩に体を擦りつけていた。


「なにをしているのだ?」


「鱗についたカビや寄生虫を取ってるのかもな」


 前に会った鎧竜も綺麗だった。たまに温泉にやってきて体を洗っていたかもな。


「食わないのか?」


「あの鱗を剥くのが面倒なんだよ」


 鱗を剥ぐ手間を考えたら他の旨い獣を食ったほうがいい。オレのベスト10に入ってたらがんばるんだがな。


「あの鱗はいろいろ役に立ちそうなんだがな」


 鎧竜の鱗は涙型。人の胴体くらいのから人の手くらいのまで様々。確かにゼルの言う通り、いろいろ役に立ちそうだ。


「よし。狩るか」


 鎧竜にオレの爪は効かない。十回くらいやれば鱗を砕くことはできるが、こちらの爪も削れてしまい、切れ味が落ちるのだ。


 なので雷で攻撃。HPバーがあったら半分は切っただろうよ。


「ライ○インとかつけたら怒られるかな?」


 著作権は世界が違えど守らなければいけないサンクチュアリ。無難にメガサンダーと名称しておこう。


「もう一発。メガサンダー!」


 で、ミッションコンプリート。たくさんの材料を手に入れました。


「ゼル。帰るぞ」


 鎧竜はオレの一回りデカいが、力は何倍も強いので尻尾を噛んでギギのところへ帰った。


 帰る頃には夜となっていたので、鎧竜を湖に沈めておき、朝になったら鱗を剥いでいった。


 鱗についた肉はギギたちが剥ぎ、細かいのは湖に入れて小魚に食べてもらうことにした。


 一匹で約二千の鱗が取れた。ついでに数の数え方や十進法、アラビア数字を教えた。


 数を数えられるのが二人いたが、主力労働者で教えている暇がないし、オレが覚えて教えると手間なので、元の世界の数字にしたのだ。


 ……この大陸の独特のものだと言っておけば大丈夫だろう……。


「大まかでいいから十種類に分けろ」


 次に長さの単位を教える。もちろん、正確に出すなんてできないから大まかだ。正確にするのは未来に託すよ。


 縦三十センチ。横二十センチくらいのを選び出し、スコップやクワなどの農機具にする。


 加工道具がないのでオレの爪で穴を開け、木を削って穴に入れ、蔦でしっかりと縛る。


「接着剤とか欲しいよな」


 まあ、ないものねだりしてもしょうがない。樹液で代用しよう。


 細長い鱗は石で研いで槍の穂に。さらに小さいのは鏃にする。


 そんなことをしていたらあっと言う間に冬は過ぎ去り、若葉が芽吹いてくる。


 皆が一生懸命働いてくれたからたくさんの道具ができた。


「そろそろ作物を植えようか」


 長老格の爺の言葉で、オレが大雑把に耕したところをさらに耕し、イモ、豆、カブを植えた。


「ミレナーの民の主食ってなんだ?」


 肉も魚も植物も食うとは言ってたが。


「ゴノと言う木になる実だな。乾燥させて粉にし、水で溶いて火で焼いて食うのだ。粉にしておけば保存もできるぞ」


 さすが異世界。独特の植物がありました。


「たくさん採れるのか?」


「ああ。至るところに実っているが、収穫は暑いときだ。まだ青いうちに採って涼しくなるまで干しておくと旨くなるのだ」


 異世界でも生活の知恵はあるんだな。いや、経験則か?


「それはいいな。たくさん採って分けてくれ。と言うか、今からゴノだけの畑を作っておけ。旨けりゃ人も欲しがるぞ」


 人間たちはまだ開拓途中であり、食ってけるだけの麦を生産するのは数十年、いや、百年先かもわからない。なら、今からゴノ畑を作っておくほうがイニシアチブを握れるだろうよ。


「いいか、ゼル。種を繁栄させたきゃ食料を増やせ。狩りばかりしてたら先はない。人が増えて、海を越えてここにこれた理由はそれだ」


 ギギが豊かに暮らすためにはゼルム族に働いてもらわなくちゃならん。人間がまた海を越えてくる前に中世までは文明を発展させたいぜ。


「わ、わかった。そろそろ仲間がくるので話しておこう」


 そういや、暖かくなったら団体でくると言ってたっけ。なら、塩を運んでこなくちゃならんな。


 忙しいことだが、やることがあると毎日が楽しい。生きてるって感じがするぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る