第5話 ゼル

 冬になった。


 雪がちらほら降るが、積もることはない。湖も薄い氷が張るくらいだ。


「ゼル、寒くないのか?」


 オレらの前に立ったケンタウロスマンことゼルは、冬をここで越すと言うので土と木で簡易小屋を作り、火を焚いて暖を取っている。ちょっと無謀じゃね?


「寒いは寒いが、このくらいなら我慢できる寒さだな」


 さすが大森林で生きているだけはある。ワイルドだぜ。


「どこかへいくのか?」


「ああ。冬眠している熊を食いにな」


 冬眠する肥えた熊はなかなか美味ときている。冬の楽しみみたいなものだな。


「ついていってもよいか?」


「別に構わないが、おもしろいもんじゃないぞ」


 穴を掘って眠っている熊を食うだけ。もしかして、ミレナーの民も熊を食うのか?


「防寒用に皮が欲しいのだ」


 あ、やっぱり寒いんだ。痩せ我慢なやっちゃ。


「皮は旨くないから好きにしな」


 捨てるだけだし、利用できるなら利用したらいいさ。


「ん? もしかして皮を鞣すことできるのか?」


 って、着ているベストは革だったな。


「ああ、できる。結構得意だぞ」


「それはいい。革で服を作ってくれるなら塩や魚をやるぞ」


 ギギにはもっと文明人らしい服を着せてやりたい。大陸間を渡る船を造るくらいだから十五世紀くらいの文明になってるはず。なのに、ここの生活は狩猟時代。服もなんかの草で編んだものを着ているくらいだ。


「わかった。暖かくなったら村へ伝えよう」


「ミレナーの民はたくさんいるのか?」


「昔、山神に襲われてたくさん死んだ。今は村一つ分しかいない」


「山神?」


 ここ、神とかいる地なの!?


「山が怒った次の日、たくさんの民が眠るように死んでいた」


 ん? そんな話、聞いたことあるな。


「おそらく火山性ガスで死んだんだな」


「……なんだ、それは……?」


「山が火を出すと生き物を殺す見えないガスと言うものを出すんだよ。その見えないガスは目に見えなく、重い。地面を這うように山から流れてくる。一口吸っただけで死ぬんだよ」


 細かい説明はできんが、概ねそんな感じだ。


「……詳しいのだな……」


「獣の頭でも考えることはできるし、学ぶこともできる。強い爪や牙があろうと知恵を持つ生き物には勝てない。ゼルたちも知恵をつけないと、知恵ある生き物に滅ぼされるぞ。特に人は弱いが賢い。爪や牙に勝てる方法を考え出すものだ。子を産み、民を生かしたいなら人から学ぶほうがいいぞ」


 正直、ミレナーの民がどうなろうと構わんが、生きるには数がいたほうがいい。ここをもっと開拓もしたい。ゼルたちに手伝っていただきましょう。


「……我らは、賢くなれるだろうか……?」


「なれるだろう。言葉を持つ生き物は、それだけ頭を使って生きてきた証拠。ゼルは頭の中を見たことあるか? 獣や自分たちのを?」


 ギギに言うとドン引きされそうだから言わないが、脳ミソはデカいほど旨かったりする。オレに自制心がなかったら人を襲ってただろうな。


「あ、ああ、見たことはある」


「生き物はそこでものを考える。脳、と言うんだが、その脳が大きいほど賢い。ゼルム族と人の脳が同じなら、人並みには賢くはなれる。ただ、使わないと脳は育たない。足だって動かさなければ劣るだろう?」 


「ああ、そうだな」


「今、ゼルはオレの言ったことを理解した。それを理解力と言い、脳が働いていると言うことだ。つまり、お前は一つ賢くなったってことだよ」


 上半身、人なだけに脳も人並みに働いている。なら、学べば人並みにはなれるってことの証明だ。


「まあ、やる気がなければどんなに速く走れる脚を持っていても意味はないってことだ」


 この喩え、理解できたかな? 四字熟語や諺がないと伝えるのがムズいぜ。


「レオガルド様。我に知識を与えて欲しい」


 前脚を折って頭を下げた。ゼルム族流の土下座かな?


「オレはギギが一番だから、暇なときでいいなら教えてやるよ」


 ちょうどいい暇潰しになるしな。


「ありがとうございます」


「礼などいらんよ。オレの気まぐれだしな。それより熊を食いにいくぞ」


 ギギが作業してある間のオレの自由時間だしな。


「はい」


 ゼルを連れ熊を探しに出かけた。


 オレの目と鼻は性能がいいので土の中にいる熊を探すのはそれほど難しくない。崖に掘った跡を発見した。


「この臭いは赤熊だな」


 流れ星な犬と戦いそうな見た目をした熊だが、この大森林では下のほうな存在だ。オレより小さい──あ、今さらながらオレのサイズは軽トラ二台分くらいありますんで──ので瞬殺である。


 爪で穴を掘り、三メートルほど掘ったところに丸々肥えた赤熊がいた。


 首んところをガブッと噛み、ポキッと折る。


「ゼル。剥いでくれ。って、できるか?」


「……何度かやったことはある。こんなに簡単に仕留めたことはないがな……」


 オレが考えるよりゼルム族って弱いのか? 集団でやれば楽勝だろうに?


 狩猟で生きてるからか、剥ぐのが早い。あっと言う間に丸裸である。


「いただきます」


 手を合わせることができないので頭を下げて赤熊にかぶりついた。旨い旨い。


「あ、ゼルも食うか?」


 さすがのオレも一匹丸々は食えない。オレの好きな背中の肉と脳ミソ以外なら食っていいぞ。


「いや、いらない。あまり食べないので……」


 まあ、人の舌に近いだろうからな、獣臭くて食えないんだろうよ。オレの舌には美味と感じるけどな。


「ゲフ。ごちそうさまでした」


 オレの血肉となった赤熊に感謝です。


「んじゃ、帰るか」


「残りはいいのか?」


「小動物にお裾分けさ。小動物たちがいるから森は豊かになるんでな」


 食物連鎖を守らないとオレも生きられない。頂点にいる者の義務みたいなものさ。


 早く帰って食後のお昼寝と洒落込むとしようかね。

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