第4話 引っ越し
塩が取れるようになってからギギの暮らしがよくなった。
着るものも生活道具も人並みに揃えられた。だが、良いことがあれば悪いこともある。跳ねっ返りどもがやってくるようになった。
「……余裕が出てきたと言うことかな……?」
生きるのに必死なら目の前のことにしか集中するものだが、余裕が出れば心にも余裕ができてきて、楽をしようと悪さをするのも現れる。
人の習性とは言え、毎回やってくると鬱陶しい限りである。
今日も今日とて夜中に近寄ってくる跳ねっ返りどもを海へと放り投げてやる。
「飽きないヤツらだ。そんな根性があるなら畑でも耕せよな」
なんてオレの願いは跳ねっ返りどもには通じない。こちらが殺さないと踏んでかギギを脅すようになった。
力が強く、戦い方を教えているので返り討ちにしているが、勝てないとしたら罠に嵌めようとするはずだ。
「ギギ。住み家を代えようか。バカどもが鬱陶しい」
「すみません。わたしが上手くかわせなくて……」
「ギギが謝ることはない。人は裕福に生きてる者を妬む生き物だからな」
人の世界からギギを外してしまうことに抵抗はあるが、苦しむギギを見ているのは辛い。せめて大人になるまではバカどもから離しておこう。
「あの、一緒に連れていきたい者がいるんですが、いいですか?」
「構わんが、何人だ?」
ギギのコミュニケーション能力が失われないのなら願ったり叶ったりだ。
「両親が亡くなってお世話になっていたおじさん夫婦とその息子さん夫婦。その子供三人。親無しの子が八人。あと、年寄り何人かです」
「そんなにいるのか。なら、暮らしは楽になりそうだな」
ギギ一人ではやれることは多くない。それだけいれば分担してやってけそうだ。
「人がいきなり消えたら騒がれるから荷物を先に移して、人は何日かにわけて移動するとしようか」
「はい。皆と話し合ってきます」
「無理せず知られないように動けよ。オレも移動先を調えるから」
いきなりいっても暮らすのが大変だ。まずはやれることをやっておこう。
「はい。わかりました」
と言うことで、ギギが町にいってる間に全力疾走で湖へと向かった。
「さて。どこら辺がいいかね?」
川があるところがいいか? 将来的に畑とか耕すこともあるだろうし、水汲みも楽だろうからな。
川幅が三メートルくらいのところを選び、適当に木々を倒し、根を引っこ抜く。
ある程度やったらまた全力疾走で帰った。ギギを一人にするの心配だから。
なるべく午前中だけにして湖へ通うこと数日。移るヤツの荷物をギギが持ってきたので湖に運んだ。
季節も秋になり、冬になる前に老人、親無しの子供、ギギが世話になった夫婦、息子家族を順番に背に乗せて運んだ。
「レオガルド様がいなくなったら獣が襲ってきたりしますか?」
引っ越し当日、住み家を解体すると、ギギが静かに問うてきた。
「なんとも言えん。大森林は日々、強い者が立ち代わる。負けた者が逃げてこないとも限らないしな」
湖とここまではオレの縄張りとしてるが、大森林は日々下克上。強者の隙間を生きる獣もいる。曖昧なことは言えんよ。
「ここで生きるなら強くなるしかない」
当たり前なのようで無慈悲なルール。誰にも覆すことはできないよ。
ギギを背に乗せて湖へと出発した。
湖に着くと、皆──住民たちはせっせと働いており、食事の用意もしていた。
……人とは逞しい生き物だよな……。
細かいことは獣には無理なので周辺警備をし、ギギたちを見守った。
石を積み重ねた家が一軒完成し、今年の冬は全員で過ごすようだ。オレは雪が降っても平気なので外で寝ます。
「ん? なんだ?」
秋も終わりになる頃、初めて嗅ぐ生き物が集団で近寄ってきた。
「皆、家に入っていろ! なにかやってくる!」
薪割りをしている住民たちに警告を飛ばした。
「ギギも中に入っていろ」
「レオガルド様が勝てない相手なら中にいても同じです」
まったく、ここぞと言うときに頑固になるんだから参るぜ。
「戦いになったら下がれよ」
オレが暴れると大変なことになるからな。
「わかりました」
しばらくして人が現れた。いや、人ではない。え? ケンタウロス? マジか!?
ある程度の文明を持っているのか、革のベストを着て、獣の牙を先端につけた槍を持っていた。
……長いこと大森林をさ迷ったつもりだが、まだ未知の生き物が生息してたんだな……。
「止まれ!」
言葉が通じるかわからないが、警告を込めて叫んだら、理解したのかケンタウロスマンが停止した。え? 通じるの?
「我々はなにもしない!」
ケンタウロスマンの言葉が理解できた。え? オレ、言語チート持ちだった?
「ギギ。あいつの言葉、わかったか?」
「は、はい。わかりました」
どうやら言語チートはなかったようです。残念……。
「敵対する意志はない。我々はゼルム族ミレナーの民だ」
と言われてもわからないが、なになにの民は複数ある感じだな。
「オレはレオガルド。横にいるのはギギ。ここに住んでいる。そちらに敵対の意志がないのならこちらはなにもしない」
無駄に戦うこともない。知的生命体との戦いは不毛だからな。
「レオガルド様。横にいるのは人でしょうか?」
ん? 人を知っているのか?
「人だ。別のところからやってきた。敵対関係か?」
それなら話は違ってくるぞ。
「敵対はしていない。我々の中にも人はいる。昔、別の大陸からきた者だ」
あ、開拓団は何度もきているとか言ってたな。まあ、生存競争に負けて定住はできてないようだがな。
「もし、塩があるなら肉と交換してもらえないだろうか? 不足して困っている」
「ギギ。どうする?」
「わ、わたしが決めるんですか!?」
「お前がここの代表だ。お前が決めろ」
ここは人が住む地。オレは補助しているだけ。社会を築くなら人がトップに立つほうがいいだろう。ケンタウロスマン──ではなく、ミレナーの民と交流していくなら、な。
「わ、わかりました」
大丈夫。お前が決めたことならオレはどんなことでも支持する。だから恐れることはないと、ギギを頬擦りした。
「わたしは、ギギ。ここの代表です。塩はたくさんあるので交換に応じます」
オレの思いが通じたのか、毅然と胸を張ってミレナーの民と向き合った。
こうしてミレナーの民と交流が始まったのであった。
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