第3話 人らしい生活を

 人の暮らしがこんなに大変だったんだな~。って思うくらい、人が生きるのはいろんなものが必要であった。


 ……獣の暮らしは楽だったんだな……。


 それに、人間同士の関係も面倒臭い。


 角が二本ある猪を狩り、肉を物々交換しようとしたのだが、ギギが幼いことをいいことに騙したり足元を見たりと、食い殺したろか? と何度ブチ切れそうになったか。人間とはおもしろいが、ゲスなところもあることを忘れていたよ。


 まあ、ギギの立場が悪くなるので仕返しなどはしない。騙されないようギギを教育するほうが建設的だ。


「オレといて町のヤツらにいじめられてないか?」


 まだ物見櫓から見張っているヤツはいる。それでよくギギを町に入れてるよな?


「大丈夫です。レオガルド様は守り神ですから」


 ん? 守り神? なんで?


「レオガルド様が獣を狩ってくれるお陰で被害がないばかりか、肉を運んで来てくれます。わたしなんて獣巫女だとか言われちゃってます」


 町に入れないのでギギが言ってることが正しいかはわからない。が、差別されてないのならよかった。


 ……ただ、ギギを騙すヤツがいたら大森林の奥に捨ててきてやるからな……。


 ギギとの生活が一年も経つと、暮らしもなんとか落ち着いてきた。


 家も試行錯誤ながら人が暮らせるレベルになった。まったく、獣でもがんばれば家を築けることにびっくりだよ。


 食事がよくなりギギも一年で成長したもんだ。


「そろそろ夏になるし、塩を作るか」


 漁村になった港で塩を作っているが、鍋で海水を煮て作る方法のために塩は貴重だ。肉一キロくらいで手のひらに乗るくらいの塩としか交換できないくらいだ。


「塩を、ですか?」


「塩があれば保存食が作れる」


 魚を食べる文化があるので、冬は魚を捕って飢えをしのいでいるからか、保存食文化が遅れているように見える。


 畑も根菜類が主で、葉物類はハーブみたいなものだけだ。きっと食事は質素なものばかりなんだろうな。


 ちなみに家は豪勢だぜ。大森林に生る果物や木の実、蜂蜜なんかを採っているからな。


「塩を作る鍋を手に入れてきますか?」


「いや、鍋は使わない。まあ、壺は必要だな」


 金属は貴重で入手困難だが、焼き物の職人がいるらしく、結構出回っている。肉一キロで二十リットル入る水瓶と交換できるくらいだ。


「水瓶を一つ手に入れてきてくれ」


 塩作りが成功するかはわからない。失敗したら恥ずかしいし、まずは水瓶一つでいいよ。


 肉と水瓶を交換してきたギギを背中に乗せて、前々から目星をつけていた海岸に向かった。


 岩場の海岸で、人どころかモンスターもこない場所だ。


「ここで塩を作るんですか?」


「ああ。まあ、初めてなんで上手くできるかはわからんけど」


 この岩場は、潮が引くと潮だまりがいくつもできる。


 その中に一つ、二十五メートルプールくらいの潮だまりがあり、取り残された魚なんかも結構いたりする。


 たまに魚が食いたくなり、この潮だまりに雷を放つと簡単に魚が食えるのだ。


 今はまだ潮が満ちた状態なので、近くで山菜を集めることにする。


 獣と人が食える山菜は違うが、ゴブリンを観察すれば人が食っても大丈夫な山菜がわかったりする。


 もちろん、雑食なゴブリンと人の胃は違うかも知れんが、新しい地で食べる物を知るには多少の犠牲を伴うもの。ギギ以外に食べてもらって確かめました。


 尊い犠牲にアーメン。


「レオガルド様のお陰で食べれる物が増えて皆喜んでます」


 そう屈託ない笑顔で言われると罪悪感が湧いてくるな。まあ、ほんのちょびっとだけど。


 葉で果物や木の実、山菜を包み、背負い籠に入れる。


「そろそろ引き潮だな」


 この世界にも月が二つある。夜行性ではないので月が二つあるのに数十年と気がつかなかったよ。


 潮だまりには魚が取り残されている。


 そこに四本腕のゴリラを殺せる電を放つ。


 ……オレの力、本当にデタラメだよな……。


 一撃で岩を砕けるし、爪はなんかの名刀より切れ味がよく、五十メートルの崖から落ちても平気だった。消し炭にできる炎を浴びても燃えなかったっけな。


 取り残された魚が感電して浮いてくる。これは体力回復と今夜のメインディッシュとしよう。


 ギギと一緒に魚を上げ、ギギに魚を捌いてもらう。


 なにで? と疑問に思う方に答えよう。狼の牙で作った牙包丁でだ。これがなかなか切れ味がいいんだよ。


 捌きはギギに任せ、雷を潮だまりに放ち、海水を蒸発させる。


 海水がなくなったら風を操り海水を足す。それを何度もやると、底に塩分濃度が高い海水が残った。


 それを水瓶に入れ、煮立たせる。


「……なんか黒いな……」


 ギギに舐めてもらい、味を確認してもらうと、苦いとのことだった。うん、失敗でした。


「よし。プラン2だ」


 失敗を嘆いても仕方がない。何事も一朝一夕でできたりはしない。失敗を繰り返して成功へと至るのだ。


 その日は家に帰り、次の日からプラン2を開始する。


 太陽に当たる崖を斜めに削り、そこに海水をかける。プラン2──塩田法だ。


 夏の日差しに海水はすぐに蒸発する。


「上手くいく予感しかない」


 途中、雨が降るかもと心配したが、暑い日々が十二日も続いてくれ、崖が真っ白となってくれた。


「ギギ。集めるぞ」


 下から塩を削っていき、あっと言う間に水瓶がいっぱいになってしまった。


「レオガルド様、どうしましょう?」


 ギギよ、しばし待て。獣の頭脳をフル回転させるから。


 ポクポクポクポクチーン。


「よし。穴を掘ってそこに入れておこう」


 所詮、獣の知恵よ、とか言わないで。我が爪なら岩を削ることも造作もない。


 崖の中腹に穴を掘り、塩を詰め、岩で塞いでおく。


 水瓶いっぱいあればしばらくは持つ。使い切ったら取りにくるでいいだろう。


 また一つ、ギギに人らしい生活を送らせてやれるぜ。

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