第2話 ギギ

 ギギと話せるようになってから毎日が楽しくてしょうがなかった。


 オレ、自分が思ってる以上に寂しがり屋だったんだな。メンタル弱いぜ。


「ギギ。お前、毎日きてるが、親はなにも言わないのか?」


 十歳の少女が白虎みたいな獣のところにいくなど許さんだろう。オレが親なら止めるぞ。


「わたし、親はいません」


「そうなのか。オレと同じだな」


 まあ、群れで動くタイプの種じゃなかったし、同族にも会ったこともない。あれ? もしかして、オレって絶滅危惧種だったりする?


「なら、オレと家族になるか?」


 生憎、オレは集団で生きたい派。異種族同士でも家族になれると信じている寂しがり屋な獣だ。


「はい! レオガルド様!」


 家族なんだから様なんていらないと言ったんだが、頑固なのが一歩も退かない。しょうがないんで様呼びを認めることにした。


 ギギは、お世話になっている家から出てここに移ってきた。


 いや、人間が住むには過酷だよと言うが、ギギは本当に頑固。早々に諦めて岩を集めて家を造ってやった。


「……悪いな。オレの手ではこれが限界だ……」


 クソ。獣に生まれたことをこんなに呪ったのの生まれて初めてだよ。


「レオガルド様がいればどんなところでも構いません」


 クッ。可愛いこと言ってくれる。ギギはオレが守るぜ!


 オレ、チョロいな、とは思わなくはないが、家族を守れる幸せの前では些細なこと。ギギのためならチョロー(チョロいヒーローの略ね)にだってなるさ。


 とは言え、獣と人間の生き方は違うもの。オレは生肉でも食えるし、裸のままでも生きられる。だが、ギギはそうはいかない。バランスのとれた食事、衣服、風呂など、必要なものがたくさんいる。


 今着ている服もみすぼらしい。もう何日も洗ってないのがよくわかった。


「町で肉は食べられてるか?」


「はい。滅多に食べられないですが」


 まだ農業が始まったばかり。畜産をやれるのは何十年も先だろうよ。


「ん? ギギは毎日鳥を持ってきてくれたが、どうやって手に入れたんだ?」


 なかなか立派な鳥を持ってきてくれたぞ。いや、今さらだけどさ。


「わたし、石を投げるの得意なんです」


 落ちている石を拾い、飛んでいる鳥へと向けて放った。


 見事、鳥の頭にジャストミート。しっかりと仕留めました。


「……す、凄いな……」


 お、お前、何者? 十歳の少女ができることじゃないぞ……。


「わたし、ハノガの一族なので……」 


 なんとも悲しそうな表情になるギギ。忌み嫌われた一族とかか?


「ハノガがなんなのか知らんが、つまり、ギギみたいな力を持っていると?」


「はい。わたしは力持ちに生まれました」


 いや、力持ちで済ませられるコントロールじゃなかったよね!? もっと違う力を持っていると思うんだけど?!


「そうか。ないよりはいいだろう」


 同族から忌み嫌われようが、この大森林に入るなら心強い力だ。弱くちゃ生きられないところだからな。


「町に肉を持っていけば別なものと交換できるか?」


「はい。魚と交換できます」


 まだ貨幣は生まれてないのかな? 


「着るものには交換できるか?」


「できますが、鳥をいっぱい捕まえないと交換してくれません」


 ん? もしかしてギギ、数を知らないのか?


「ギギ、数を数えられるか?」


 字は書けたよな。


「十までは数えられます。字も少しなら書けます」


 三以上はいっぱいなんて時代があったんだから、十まで数えられて字が少し書けるギギは賢いのだろう。知らんけど。


「そうか。交換できるのなら問題ない」


 数を教えるのはあとだ。今は生活費を稼ぐことを優先しよう。


 ギギを背中に乗せて狩りへと向かった。

 

 ここに住みついて数年? 数十年? まあ、長いこといたのでここら辺を縄張りにしていたモンスターを狩り尽くしてしまい、ちょっと遠出しないとならなくなった。


 と言ってもオレの脚ならあっと言う間。人間が近づけないモンスターパラダイスへと到着できるのだ。


「ギギ。なにが食べたい? オレ的にはヘビがお勧め……ん? ギギ?」


 返事がない。気絶してるようだ。


 落ちないよう毛でギギの体を縛るように言ってたので、目覚めてもらわなくちゃ降ろせない。と言うか、なんか背中が温かい。もしかして漏らしちゃった?


 しょうがないので湖に向かい、目覚めるまで待つことにした。


「ご、ごめんなさい!」


「いや、ギギに合わせなかったオレが悪い。それより体を洗え」


 オレも洗うからよ。


 湖に入り、ついでだから全身を洗った。


 猫科だから舐めて体を綺麗にするのだが、人間だったときの習性か、たまに風呂(水浴び)に入らないと気持ち悪いんたよな。


「ここ、なにかいますか?」


「デカい魚がいたな。結構旨いぞ」


 湖の中心にいるから滅多に食えないが、水飲みにきたモンスターを襲おうとした瞬間に狩ることができるのだ。


「ち、近づいてきませんよね?」


「オレがいるから大丈夫だ」


 オレを覚えたのか、なかなか近づいてきてくれなくなったよ。まったく、賢い魚は嫌いだよ。


 ギギも湖に入り、体を洗った。


 守るように湖を泳ぎながらエビがいないかを探した。


 オレ感覚ではザリガニサイズだが、カリカリして旨いのだ。


 エビはオレの気配に逃げないので、簡単に捕まえられる。一匹咥え、岸に持っていく。


「なんですか、それ?」


 ギギと比べるとエビは伊勢海老サイズ。結構デカかったんだな。


「湖エビだ。旨いぞ」


 獣の舌でも味覚はある。人と同じか知らんけどよ。


「枯れ枝を集めてこい。焼くから」


 ギギに枯れ枝を集めさせて雷で火をつけた。


「レオガルド様は、呪霊を使えるんですか!?」


 呪霊? 魔法の一種か?


「ハノガ族が使える特別な力です」


「そうなのか。まあ、ここに住む生き物は大体その呪霊と言うやつを使ってるぞ」


 使えないのは弱い生き物くらいじゃないか?


「さすがパラゲア大陸です」


 どうもこの大陸はパラゲアと呼ばれ、神の大地と呼ばれているらしい。


 開拓団が何度も渡っていくが開拓に成功した者はいないらしい。ギギたちが初めての成功らしいよ。


「そんなに魅力的なところか?」


 モンスターにはパラダイスでも人間には地獄じゃないのか?


「よくわかりませんが、珍しい金属が採れるらしいですよ」


 金でも採れるのか? さ迷ってる間にそんなもん見たことはなかったが?


 まあ、今は金属よりエビだ、エビ。


「よく焼け。見えないくらいの虫がいると大変だからな」


 オレの胃は毒を食っても平気だが、ギギの胃では耐えられないだろう。


「た、食べれるんですか?」


「ゴブリンがよく食ってるから大丈夫だろう」


「ゴブリン?」


「お前たちのところに集団で襲ってくる生き物だ」


「緑猿ですね」


 また安直な名前だな。まあ、わかりやすくていいけどよ。


「レオガルド様は、緑猿を食べるんですか?」


「食うものがなければ食うな。あいつら、あまり旨くないんだよ」


 なんと言うか、雑味があるんだよな。食えないってことはないが、進んで食いたいとは思わない。腹減った~って思うときに食うくらいだ。


「……人は、食べるんですか……?」


「食わないな。なんか不味そうだし」


 人としての感覚を抜きにして、獣的目で見て人間は旨そうには見えない。たぶん、ゴブリンより不味いと思うな。


「そ、そうですか……」


 なんか安心したようなギギ。人間を食べる獣と思われてた?


「オレは、人間が好きだ。見ていておもしろい。食うなんてしないよ」


 恐れられて人間に嫌われたらきっと、オレは獣になってしまうだろう。それは嫌だ。孤独は嫌だ。一緒にいたい。そのためならどんなに腹を空かそうと人間を食ったりはしない。餓死することを選ぶよ。


「ほら。焦げすぎても体に悪いぞ。食え」


 爪でエビを刺し、ギギの前に置いた。


「あ、ありがとうございます。これ、どう食べるんですか?」


 爪でエビを真っ二つにして、爪で身をほじくり出してやる。


「不味かったりしたらすぐに吐き出すんだぞ」


 人間の舌とゴブリンの舌が同じじゃないかもしれん。受付ないならすぐに吐き出せ、だ。


 枝で身を突き刺し、フーフーと冷ましてからがぶりついた。


「美味しいです!」


「そうか。それはよかった」


 塩を振ったらもっと旨いだろうよ。生活が落ち着いたら塩作りもしないとな。

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