第86話

「それはそうとジェドさんと何があったのですか?」


着替え終わると同時にジゼルから尋ねられる。さっきの誤魔化しが通用しなかったみたいだ。


「分からないけど彼の機嫌を損ねてしまったみたいなの」

「機嫌を?」

「ある友人の話をした途端に様子がおかしくなって……」

「ある友人ですか?」


よく分からないと首を傾げるジゼルに「フォール帝国のジェラルド殿下の話よ」と返す。

彼と友人になった事は彼女だけに話している。家族とシリル殿下、他の人達に話す事は出来なかった。というよりも友好国の第一皇子と秘密裏に友人となったと話せるわけがなかったのだ。

ジェラルドの名前を出した途端、ジゼルはガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。その音に驚いて振り向くと戸惑った表情がこちらに向けられていた。


「ジェラルド殿下の事を話したのですか?」

「勿論名前は出していないわよ。帝国に友人が居るって話をしたのよ」


今はただの平民として過ごしているのだ。一国の皇子、しかも帝国内で冷遇されている人物と友人だと話せるわけがない。頰を引き攣りながら「なるほど……」と呟くジゼルに違和感を感じる。ジェドの様子がおかしくなった事に心当たりがあるのだろうか。

尋ねようとすると先に口を開いたのは彼女だった。


「話したのは帝国に友人が居るという話だけですか?」

「えぇ。大切な友人が居るって話だけよ」


そういえばジェドにジェラルドと似ていると言った途端に素っ気なくなった気がする。

もしかして他人と重ねられた事が嫌だったのかしら。

普通に考えたら知りもしない他人と重ねられたら嫌だろう。ジェドの様子がおかしくなった理由が分かったような気がする。

ジゼルにその話をすると「エル様、変なところで鈍感ですよね」と言われた。


「どういう意味よ」

「いえ、気が付いていないなら良いのです」


気が付いていないってどういう意味よ。

意味深な言葉に首を傾げると「お気になさらずに」と言われるが気になるに決まっている。何か見落としているのだろうか。考えてみると一つだけ思い当たる事があるけど流石にこれはない。

ジェド様とジェドが本当に同一人物……ってあるわけないでしょ。

類似している点は多いけど片方は皇城で軟禁状態。もう一方は自由気ままに旅をしているのだ。私のように特殊な事情があって国を追い出されたなら分かる。しかし帝国の在り方を知っている身からすると醜聞の塊として扱っている人物を国外に出すとは考え難い。おそらく死ぬまで城の中に閉じ込めておく気だろう。


「とにかくジェドには今度謝っておくわ」

「はぁ、そうですか……」

「煮え切らない返事ね」


ジゼルにしては珍しい返事の仕方に動揺する。無理やり話させる事も出来るけど命令はこの子を喜ばせるだけだ。よく分からないがジェドに関して調査した方が良い事だけは分かった。エーヴさんの件が落ち着いたら彼とゆっくり話す事にしよう。

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