第76話

「こ、ここで観るのか?」


あまり広くない劇場のボックス席。昔使っていたような広々とした場所ではなく二人用掛け用のソファに肩を寄せ合って座らないといけないらしい。

着いた途端に真っ赤になって「無理だ」と首を横に振るジェドに苦笑いを浮かべる。

確かに少し恥ずかしい気がするけど目的は劇だ。劇に集中すれば気にならないだろう。


「良いから座ってください。騒いでいるところ見られたくないので」

「は、恥ずかしくないのか?」

「少しは恥ずかしいですけど騒いでいるところを見られる方が嫌です」


前に立っているジェドの背中を押してソファに腰掛けさせる。高級品というわけじゃないがそれなりに座り心地の良さそうなソファだ。少なくとも一階席椅子よりは楽に劇を楽しめるだろう。顔を手で覆い唸り声を上げるジェドの隣に腰掛けると思ったよりも狭くやっぱり肩がぶつかる。お互いに左右の肘掛けに寄るようにすれば肩はぶつからない。足は触れ合ってしまうのはもう諦めた方が良さそうだ。


「は、恥ずかしくないのか?」


先程と全く同じ質問が飛んでくる。

恥ずかしいかそうじゃないかで問われたら恥ずかしいに決まっているけど彼の場合は照れ過ぎだ。

そこまで意識されるとこちらまで変な感じになる。

お酒を飲み誤魔化そうとすると隣からバクバクと心臓の音が響く。

真っ赤になって固まるジェドの姿があった。


「そこまで緊張しなくても」

「じ、女性とこんなに近くで座るのは初めてなんだ」

「え?」

「緊張するのは当たり前だろ」


女性慣れしていないとは思っていたけどここまで初心とは思わなかった。

顔は良いし、背も高い。お節介だけど優しい性格。女性には人気がありそうな感じだ。これまでの旅先で女性と関係を持ったりしなかったのだろうか。いや、今の様子を見るにしてなさそうだ。

どうしよう、どうやって対応したら良いのかしら。

私も男性に慣れているわけじゃないのだ。こういう時の上手いあしらい方など知らない。

照れていると辺りの照明が落ちていき、舞台だけが照らされていた。


「劇に集中しましょう」

「そ、そうだな」


我ながら切り替えが早いと思うが劇に集中したいのだから仕方ない。隣からは動揺が伝わってくるがこの際は無視が一番だ。

お互いに意識しているから変な空気になるのだから。

軽い注意事項を言われた後にいよいよ劇が始まる。

幕が上がり広がる煌びやかな光景は貴族の舞踏会を現しているのだろう。あまり良い気分がしないのは最後に見た舞踏会が碌でもないものだったから。

劇に罪は無いのだけどね。


そうこうしている場面が変わり、とある貴族の屋敷に移った。そこには一人の見窄らしい格好をした少女ルイーズが床を磨いている。彼女は「どうして令嬢の私が」と嘆いた。どうやら屋敷の令嬢らしい。

そこに帰ってきたのは両親と妹らしき人物。ルイーズを見るなり彼らは罵りを始める。頰を叩きお腹を蹴り思う存分に暴言を吐き捨てられるルイーズはアンサンセ王国で自分が受けた仕打ちによく重なった。

彼女を虐めた家族は愉快愉快と去って行く。そして残された彼女は「どうしてみんな変わってしまったの」だった。


また場面が変わり、今度は王宮の謁見の間を再現したような光景が広がる。王族に見下ろされるのはルイーズだ。彼女を取り囲む多くの貴族は蔑みの視線を彼女に送り付ける。一歩前に出て来るのは王子らしき人物と若い一人の女性だ。二人はルイーズの前に立ち、王子は彼女に剣を突き付ける。

そして始まるのは断罪劇。王子は「貴様は私の最愛を傷付け殺そうとした大罪人だ」と言う。ルイーズは力強い瞳で彼を見上げて「いつか後悔しますよ」と返した。誰も彼女の味方にはならない。結果ルイーズは国外追放の刑となった。いつかの復讐を胸に彼女は国を出て行ったのだった。

幕が下がり、小休憩が入る。場内が騒ついているのは予想以上に良い気分のしない内容だったからだろう。


「気分の悪くなる劇だな、ルイーズが可哀想だ」

「そうですね」

「エル?どうかしたのか?」

「いえ…」


既視感のある内容だと思ったのだ。

まるで見た光景をそのまま劇にしているような、自分の過去を演じられているような感覚に陥った。


「この劇はルイーズって子の復讐劇なのだろうか」

「おそらくは」


復讐などしても仕方ないのに。

そう思ってしまうのは私に復讐心がないからだろうか。

そんな事を考えていると照明が落とされ幕が上がる。

森の中を歩くルイーズは復讐に身を焦がしていた。美しい金髪を乱し、青の瞳は力強く何かを目指して歩き続ける。

辿り着いたのは隣国の田舎町だった。そこで彼女は久しぶりに人の優しさに触れる。

明るく元気に過ごす姿は観客の頰を緩ませた。

いつの間にか復讐心はなくなり、いつまでもこうして平和に過ごしていたいと願うようになっていく。しかし願いは天に届かず自身を追い出した国から追っ手が来ている事を知った彼女は町を出る事を決める。


その後、何ヶ所か町を巡ったルイーズが辿り着いたのはとある軍事国家。そこで彼女は手厚い歓迎を受ける。貴族の令嬢であった頃のように過ごす事になる彼女は国の主に唆され復讐心を煽られ祖国を潰す事を決意した。

一方その頃、ルイーズの祖国では王子が懸想した女性が実は魔女だという事実が明らかになる。魔女が使う魅了の魔法で国を乗っ取られようとしていた事を知った王子は正気を取り戻す。そして愛する婚約者を追い出した事を嘆き苦しむ。魔女を討ち滅ぼし、愛する人を取り戻す決意をしたところで再び小休憩が入った。


「魅了の魔法は実在するのか?」


首を傾げるジェドに「存在しますよ」と答える。

そのせいで私も国を追い出されたのだ。

ルイーズとは全く異なる考え方だけど。


「魅了は禁忌とされている魔法ですけどね」

「使われる側は気が付かなかったのか?」

「気が付けないのですよ。あまりにも自然に心を操られるせいで自らが傀儡と成り果てている事を知らないのです」


好き勝手に動かされ糸が切れて正気を取り戻し、後悔する。記憶が残っている分、自分のやらかしが顕著となり苦しむのだ。

傀儡となった者は加害者であり、被害者。可哀想だと思うが同情は出来ない。


「随分と詳しいな」

「魔法大国出身なので」


すぐに暗くなってくれて良かった。

動揺が顔に出ていたかもしれないからだ。

いよいよ話も大詰め。


ルイーズは祖国に帰って行く。その間に祖国で内乱が起きている事を知った。

正気を取り戻した側と魔女に取り憑かれた側の争い。

国民を巻き込む大きく醜い戦だ。

彼女が辿り着いた時、美しかった都は変わり果て戦火に飲み込まれていた。

そして王城に入った彼女は自分が断罪された謁見の間にて魔女と対峙する。そこには今にも事切れそうになっているかつての想い人の王子。

復讐心に取り憑かれていた彼女を正気に戻させたのは後悔に泣き崩れる王子だった。

彼を足蹴に殺そうとする魔女とルイーズは戦い、そして勝利を収める。

魔女がいなくなった事により、取り憑かれた人達も正気を取り戻す。戦乱の夜明けだった。

悲惨な戦争の光景を見つめるルイーズの元にやって来たのは王子だ。

彼は彼女に「もう一度自分を支えて欲しい」と願った。しかし彼女は首を横に振り、消滅する。

ルイーズは自分の復讐心を煽った国の主とある契約を交わしていたのだ。

それは次期国王である王子を殺す事。自分の命と引き換えに与えられたのは魔女を滅ぼす力。しかし復讐心がなくなり契約を守らなかった彼女は消える事になった。

愛する人を目の前で失った王子はいつまでも後悔に苦しみ続けたという。復讐をしなかったのは愛する人が復讐をしなかったからという語りで終演を迎えた。


「……幸せな結末じゃなかったな」


場内が明るくなり感想を言い合いながら出て行く人達を眺めるジェドはそう呟いた。


「少なくともルイーズは幸せだったと思いますよ」

「え?」


祖国を救い、愛する人が復讐で身を焦さぬようにした挙句に自分を忘れさせないように後悔させた。

大切だった人達に自分の存在を刻み込ませる事に成功したのだ。

ルイーズ的には幸せな結末を迎えたと思う。

少なくとも彼女が消滅する場面で笑っていたのはそういう意味に感じた。


「最初からそのつもりで契約を交わしたのね」


ルイーズは強かな女性だったのだ。

私とは全然違う。私はあんな風にはなれない。

裏切った祖国や愛する人の為に自分の命を削れないだろう。


「付き合ってもらってすみません」

「いや、楽しかったよ。特にルイーズと魔女が対峙する場面は迫力が凄かった」


あまり良い気分のする内容じゃなかったはずなのに笑顔で感想を言うジェド。

演技も演出もかなり良かったけど内容的にはもっと面白い話を観せてあげたかった。


「次はもっと面白い劇に行きましょうね」

「また付き合ってくれるのか?」

「……これでジェドが劇嫌いになったら嫌ですから」


特別ですよ、と笑った。

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