第77話
劇場を出ると丁度お昼時。
二人で話し合った結果、昼食にする事にした。近くにあったレストランに入ると混雑時間だったらしく高めになってしまうが個室に案内してもらう。
今日はお金がよく飛ぶわね。
アーバンを出たらどこかで働くのもありだろう。
「そういえば今度ヌートル城で舞踏会が開かれるそうだ」
「ジゼルから聞きました。近いうちにアーバンも貴族で溢れ返りますね」
ヌートル城で催される舞踏会にはアグレアブル公国の九割近い貴族が参加するらしい。公国内でここまで大規模な舞踏会が催されるのは数年ぶりだろう。
路地裏に監視用の映像記録具がいきなり設置されたのも舞踏会で貴族達が集まってくるからかもしれない。
それにしても貴族が平民を傷付けるような事件が起こらないと良いけど。
「貴族か…。俺には無関係な存在だな」
食前酒を呷り小さく呟いたジェドの表情は薄暗いものだった。全くの無関係者というわけじゃなさそうだ。
それにしてもやっぱりどこかで見た事があるのよね。
帝国の貴族だったらある程度は頭に入っているが当てはまる人物が居ない。
深く詮索するのはお互いの為にならないだろうと私も食前酒を呷った。
「この後はどこに行きますか?」
「エルの行きたいところに付き合おう」
「今日はジェドにお礼をする日ですから私が付き合いますよ」
劇は私が付き合ってもらったし、今度こそはジェドの行きたいところに付き合うつもりだ。
ジェドは困ったように頰を掻いた。特に行きたいところが見つからないのだろう。
「あ、そうだ。時計塔に行かないか?」
「時計塔ですか?」
「あそこ登れるらしいぞ」
中央広場にある時計塔はアグレアブル公国が建国された時に造られた物だ。歴史ある建物で平民でも内覧も可能とされている。ただ階段が急過ぎる為、不慮の事故が続きあまり人が立ち入らなくなったらしい。
塔の天辺から落ちた人も少なくないって聞いた事があるし、結構危ないのよね。
整備して欲しいという要望もあったみたいだけど造らせた張本人である現ブランシュ公爵が許さなかったらしい。
「良いですけど登るの大変ですよ」
「登った事があるのか?」
「人から聞いた話ですよ」
昔アーバンに訪れた時、登ろうとして途中で諦めた事があるのだ。
貴族の令嬢には無理だったわ。
今なら足腰もそれなりに鍛えられているし、再挑戦するのもありだろう。
「そう言われると登ってみたくなるな」
「昼食直後に行くのはやめましょう。お腹が痛くなりそうなので」
「そうか?」
「それに夕暮れ時に天辺に着いた方が景色も良いらしいですよ」
鐘の音が公都全体に鳴り響くように造られた時計塔は城までは行かないがそれなりの高さがある。
天辺から見る景色は最高に美しいらしい。
私の言葉にジェドは嬉しそうに「じゃあ、夕方近くなったら行こう」と賛同してくれる。
「それにしてもエルは博識だな」
「そ、そうですか?人から教えてもらった話ばかりですよ」
現にアーバンの事はマガリー様から教えてもらった事ばかりだ。
時計塔に登る事も多いと聞いていたのに今はそれもない。
一体どうされてしまったのだろうか。
「そういえばジェドはどうしてアーバンに来ようとしていたのですか?」
「何の話だ?」
「メールの前で会った時に目的地がアーバンだと言っていたじゃないですか」
ぴたりと固まってだらだらと汗を流し始めるジェドに嫌な予感がする。
もしかして私について来る為に適当に目的地と言ったのかしら。
流石にないだろうと思うが彼の動揺っぷりを見ると疑いたくもなる。
「は、母の故郷を見たくて……」
「え?」
ジェドはフォール帝国出身のはず。彼が生まれた時には既にアグレアブル公国は帝国から独立していたし、二国の間には大きな溝が出来上がっていた。
公国の血を引く帝国出身者が居るわけないのに。
彼を見ると焦ったように口を閉じていた。
もしも彼が貴族の関係者だとしたら決して知られてはいけない醜聞だ。どのくらいの立場にあるかは分からないが下手をすれば戦争が起きる可能性だってある。
「聞かなかった事にしておきます」
「すまない…」
誰にも教えられない秘密を知ってしまった。
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