幕間30 ジゼル視点

思い出に浸るのも程々にしないといけなさそうだ。

宿屋の周りを取り囲むように待機しているのは黒装束を身に纏うのはオリヴィエ公爵が差し向けた捜索隊。

人数は五人だ。


「こんばんは」


屋根で待機していた捜索隊の前に姿を見せると驚いた表情を向けられた。いきなりに人が現れたのだから無理もない。戸惑いながら「誰だ」と尋ねてくる声に変装魔法を解除する。


「じ、ジゼル様…」

「顔を覚えていてくださって何よりです」


私がオリヴィエ公爵邸を追い出されたのは三ヶ月前だ。てっきり忘れられていると思っていたけどしっかり覚えていてくれたようで良かった。

じっと顔を見つめると揃いも揃って気不味そうに目を逸らされる。追い出された私を彼らは気にも掛けなかった。その事を申し訳ないと思っているのだろう。

彼らが私を気に掛けなかったのは魅了にかかっていたからじゃない。

魅了使いの子爵令嬢と関わりが無かった彼らが魅了にかかっていた可能性は低いのだから当然だ。

そして家主の逆鱗に追い出された孤児の平民を気に掛けないのも当たり前の事だと思う。


「ジゼル様がいらっしゃるという事はガブリエル様も……うぐっ…」


話し始めた捜索隊の一人に距離を詰めてお腹を殴りつけたのは不愉快な気分になったからだ。呻き声を漏らしながらこちらを見上げてくる彼に「貴様如きがエル様の名を口にするな」と低く言い放つ。

公爵の息が吹き掛かった奴らにエル様の名を出して欲しくない。これは私の我儘だ。

殴られた男はその場に頽れて、苦しそうな表情を浮かべる。いきなりの事に周囲が騒ついた。


「ジゼル様、なにをされるのですか!」

「邪魔者の排除ですよ」


こいつらがここに居る事をエル様は望まない。

睨み付けるように言うと彼らは「どういう事ですか?」と怪訝な表情を見せてくる。


「旦那様はお嬢様のお帰りをお待ちしております。こんなところで大変な生活を送る必要はないのです…!」

「エル様を追い出したのはその旦那様でしょう」

「そ、それは…」

「あの方がエル様にやった事を私は忘れない」


何もしていないエル様に暴言を吐き、暴力を振るい、身も心も傷付けた。

いくら実の父親であろうと彼の愚行を許すわけにはいかないのだ。


「あれは魅了という魔法のせいです!旦那様は…」

「魅了の存在を警戒していればこんな事にはならなかったじゃないですか!」


公爵家の当主が魅了の存在を知らないはずがない。

警戒しようと思ったら出来たのだ。それなのに油断して心を乗っ取られてエル様を傷付けた。

私の反論に捜索隊の人間は顰めっ面を作る。


「実は旦那様もこの町に来ているのです。ジゼル様もお嬢様とご一緒に…」

「エル様は帰る事を望んでいません」


公爵はまだこの町にいる。ただあの人の立場を考えれば長くは居られないだろう。考えていると「旦那様は明日ここを去る事になっております!」と馬鹿正直に教えてくれた。


「一緒に帰りま…」

「帰らないと言っているでしょう。何度言わせれば気が済むのですか」


学習能力が無い連中だ。

おそらく公爵から何があってもエル様を見つけ連れて帰るように命令されているのだろう。

主人に忠実なのは褒められる事だし、気持ちはよく分かる。ただこちらとしても譲れないものがある。


「分かったらさっさと国に帰ってください」

「何故ですか!エル様はアンサンセ王国の未来の王妃です!こんなところで平民のような生活を送るべきではないと分かるでしょう!」


未来の王妃?

ふざけないで欲しい。抑えようと思っていた怒りが身の内側から溢れ出してくる。

威圧を放ち、鋭く睨み付けた。


「その未来の王妃とされていた方に貴様らの主人や弟は何をした。王太子は何をやらかした。国王も王妃も、友人も皆があの方を傷付けたのだ!」


大切にしていた家族にも、愛し合っていた婚約者にも、慕っていた国王夫妻にも、慕ってくれていた友人達にも裏切られ絶望に立たされたエル様の苦しみがこいつらに分かってたまるものか。


「旦那様もアンドレ様も、シリル殿下も皆が苦しんでおられます」

「だから何だというのですか」


エル様を傷付け苦しめたのだ。国に残された奴らが苦しみ続けるのは当然の事だろう。


「……旦那様の為にも他の方々の為にも我々はお嬢様を連れ戻さないといけないのです!」


腹を殴り付けた男性から向けられたのは小型のナイフだった。避けて右腕をへし折ると小さな絶叫が響く。

躊躇なくやったからか残り四人の表情が一気に険しくなる。


「我々と戦う気ですか」

「安心してください。エル様の為にも殺しはしませんよ」


エル様は私が人を殺す事を望まない。

彼女の為ならどんな事でもやるというのに。私の手が汚れる事を嫌がるのだ。

彼女を守る為に何人もこの手で始末してきた。

今更人を殺しても何も思わないのに。


「ジゼル様であろうと邪魔を……がはっ…」


構えられた剣を奪い、柄で腹を殴り付ければ二人目も簡単に潰せた。どちらも治癒魔法で簡単に治るものだ。

歪み切った笑みを浮かべ「私も邪魔をさせません」と返せば残り三人は動揺に瞳を揺らす。

忠誠心が強いと言ってもエル様の侍女である私を相手に戦い難いのだろう。


「くそ!」


叫び声と共にこちらに向かってくる一人の腕を捻り上げる。背中に手を翳し氷弾を撃ち込む。殺傷力は低めにしておいたので死なないが激痛に見舞われた彼は絶叫を上げる事なく意識を失う。

見せしめのように倒したのは残った二人の戦意喪失を誘う為だ。


「まだやりますか?」

「わ、私達は帰還の命令は出ておりません。お嬢様を……ぐぁぁ…」


首を絞めながら気絶しないように調整しながら電流を流し込めば苦しそうな声が漏れ聞こえてくる。涙や涎で顔をぐちゃぐちゃにしながら解放を強請られるが躊躇はしない。

こんな事をしても心が動かないとエル様が知ったら泣くだろうか。そんな事を考えていると後ろから残った一人が「おやめ下さい」と訴えかけてくる。


「ジゼル様…こんな事をして許されると…」


電流に耐えきれず気絶してしまった男性を解放をすると睨み付けられる。


「許されるとは思っていませんよ。ですが、エル様の行手を阻む者は誰であろうと排除します」

「……アンサンセ王国にお嬢様の幸せはないというのですか?」

「少なくとも今の王国には無いでしょうね」


エル様は父親の公爵の顔を見ただけで酷く怯えていたとジェド様が言っていた。

彼女に恐怖心を植え付けたのは公爵だけじゃない。連れ戻されたところで心を壊すだけだ。


「ジゼル様、申し訳ありませんが少し眠っていてもらいますよ」


いつの間に現れたのか増援が来ていた。

暗くてよく見えないが人数は十人を超えている。顔を見た事がある彼らは公爵の護衛だ。

強さは捜索隊など目じゃない。


「誰かと思ったらジゼルでしたか」


声をかけて来たのは公爵の護衛筆頭を務める人物ジスランだった。彼は王国内でも有名な魔法剣士だ。

この人まで来ていたのね。

今の私では勝てる保証はない。それでもエル様の目眩しくらいにはなれるだろう。


「エル様はどこに居るのですか?」

「教える気はありません」

「そうですか。痛い目を遭わせないといけないようですね」


ジスランが手を上げると増援に来ていた全員が一斉にこちらに駆け寄ってくる。


「ぐぁぁっ!」


凍えるような寒さを感じた途端エル様から貰ったペンダントが淡い光を帯びて全身を包み込んだ。

外では捜索隊、護衛全員が絶叫を上げながら凍り付いていく。彼らが氷漬けになると一帯を支配していた強力な魔力が収まる。

無事だったのは私とジスランだけだった。

この魔法は…。


「ご足労感謝致します」


私の真後ろに視線をやったジスランがその場に跪く。

振り向くと立っていたのは。


「エル様…」


我が最愛の主人だった。


「久しぶりね、ジスラン。よくも私の大切な友人を傷付けようとしてくれたわね」



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