第60話

虫事件の犯人は路地裏でお店を経営しており、住んでいる人達だった。

彼らの話を纏めると碌に仕事をしない警備隊の代わりに路地裏を平和にする為に犯行したそうだ。

何でも近頃の路地裏では盗難騒ぎや女性が襲われかけるという事件が頻発しているらしい。しかし警備隊に相談したところまともに取り合って貰えなかった。

このままでは大きな事件が起きる可能性も出てくる可能性がある。どうにか路地裏に平和を齎したかった路地裏住民の彼らは問題を起こす連中を脅かして近付かせない方法を考えたそうだ。

最終的に思い至ったのは死ぬ間際に光を放つ虫を利用する事だった。

虫と不気味な青い光、そして意味あり気な文字は路地裏で馬鹿な真似をする人達に効果覿面で被害は格段に減ったらしい。これはジゼルの報告にもあった。

それぞれ仕事がある為、虫集めの事を鑑みて犯行頻度が数日に一度だったらしい。

つまり虫の死骸を路地裏の壁に飾っていたのは嫌がらせでもなく路地裏警備の一環だったというわけだ。

路地裏の住民は子供を除く全員が共犯者。昼間に何の情報も得られなかった理由がようやく理解出来た。


「事情は分かりました。ですが、これはやり過ぎですよ」


頭を抱えながら目の前に座る男性達を睨み付けると気不味そうに目を逸らされた。

どうやら罪悪感はあるらしい。


「そもそも夜だけの警備なら夜明け前に虫を回収してくださいよ。昼間に目撃してしまって怖がる人も居るのですから」


夜だけの警備なら納得出来る。出来ちゃいけないような気がするけど。少なくとも彼らが愉快犯じゃないという事だけは理解を示せる。


「少し前だったら虫は朝に回収していたんだ。でも、最近は昼間でも馬鹿な事をする奴がいて…」

「だとしても、もう少しやりようがあったでしょう」

「で、でも、警備隊の奴らは碌な巡回をしてくれない!助けてくれないんだ!」


必死に訴えかけてくる男性の言っている事が理解出来ないわけじゃない。ただ虫を使うのはどうかと思う。

しかも外から捕まえてきて殺すという道徳的に赦されない方法を選んでいる。

子供達がこの件を知ったら悲しむでしょう。


「警備隊が悪いのは分かるが無関係な人間を怖がらせる行為が良い事だと思うのか?」

「路地裏に変な噂が流れるとお店の売り上げにも影響すると思いますけど?」


気が合いそうになかったジェドとジゼルが息ぴったりに男性達を責め立てた。彼らが言っているのは正論だ。

犯罪が減っても結果が良いものになるとは限らない。

悪いと思っているのだろう彼らは言葉を詰まらせた。


「警備隊がしっかり機能してくれたら彼らも馬鹿な真似は出来ないと思いますけど…どうしますか?」


ジゼルに尋ねられるので思考を巡らせる。

警備隊を一喝して真面目に働かせれば良いだけだ。しかし最初は仕事をこなしていても段々と怠けてくる恐れがある。それでは根本的な解決にならない。

ふと目に入ったのは暗くなったお店の看板。


「あ、そうだ。監視用の映像記録具を設置するのはどうでしょうか?」


映像記録具は名前の通り映像を記録する事が出来る魔法道具の一つだ。録画している映像を即時に離れた場所に送れる物もある。

設置するだけで犯罪を抑止する事も可能。更に警備隊の詰所に映像を飛ばせば事件が起こったとしても即座に駆け付けてくれるだろう。やる気がない彼らも目の前で起きた事件を知らんぷりは出来ないはずだからだ。

虫を使うよりよっぽど利口的な考え方だと思うけど。


「魔法道具って高いだろ。全員が協力したとしても何台も買えないぞ」


根本的な問題を突き付けられる。お金を出してあげたいところだけど生憎とそこまでの資金はない。


「エルさん、警備隊に購入させるのはどうでしょうか?」

「やる気のない彼らがそこまでしてくれると思わないわ」


他に良い案があれば良いのだけど思い浮かばない。

さて、どうしたものだろうか。

せめて私が公爵令嬢だったら彼らを救えたのに。

無力な自分が情けなくなる。


「エル、ここは警備隊を納得させるしかない」

「そうですね…」


彼らが動いてくれるかは分からない。ただ何もしないまま終わるのは嫌なのだ。


「魔法道具の件は私が警備隊に交渉します。また設置が終わるまでは私が夜の警備を引き受けすので今後は虫を使うのはやめてください」


私の言葉に男性達は驚き、顔を見合わせた。


「君がそこまでしてくれる必要はないだろ!」

「私、大の虫嫌いで。路地裏に行くたびに虫が飾られているのは耐えられないのでどうにかしたいんです」


嘘偽りのない言葉を言う彼らは申し訳なさそうな表情を見せた。しかし納得はしてくれないようで「君一人に全てを押し付けるのは…」と言われてしまう。

助けてくれたのはジゼルだった。


「皆さんにも出来る事はありますよ」

「は?」

「路地裏に住まう人全員から魔法道具を設置するように署名を貰ってきてください。全員の署名が入った書類があれば警備隊だって無視出来ないでしょう」


なるほど、署名集めは良い考えである。

流石はジゼルだ。


「し、しかし…」

「魔法道具が設置されるまでの警備に関しては私とエルさんが…」

「俺もする」

「…後この男性も手伝ってくれるので問題ありませんよ。これでも戦い慣れている魔法師なので」


ジゼルもジェドも優秀な魔法師だ。破落戸相手に負けるような人間じゃない。

三人で警備すれば大きな問題はないだろう。

罪悪感がある男性達は渋る素振りを見せるけど、こちらが折れる気がないと分かったらしく小さく頷いた。


「分かった、君達の話を受けよう。上手く行った暁にはお礼をさせてくれ」


話が上手く纏まってくれたようで安堵の息を吐いた。

これで大量の虫を見る事はないだろう。









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