第50話

「ジゼル、いつから虫が駄目になったの?」


私の知っているジゼルは虫が平気だった。虫を鷲掴みにして私を追いかけ回した事があるくらいだ。

少なくともオリヴィエ公爵家の屋敷に居た頃は平気だったはず。屋敷を追われた後に駄目になるような事があったのだろうか。

私の質問にジゼルはきょとんとした表情を見せた後へらりと笑った。


「平気ですよ」

「は?」

「先日、虫の死骸を見て気を失ったのはただの演技です」


どういう事なの?

何故そんな演技をしたのだと戸惑う。


「アーバンにエルさんらしき人が居た事は知っていたのですが本人なのか確証がなくて…」


私らしき人私の変装ってそんなに分かりやすいのかしら。

髪色と瞳の色を変えるとかなり別人に見えるが知っている人ならすぐに気が付くのだろうか。


「確かめる為に関わろうとしたのです。正義感の強い貴女なら事件を知ったら必ず関わってくれると信じていましたので」


確かに事件を知ったら解決せずにはいられない。

それはジゼルもよく分かっている事だ。

事件の被害者を装う事で調査に向かう私と関わる事が出来ると考えたのだろう。

回りくどい事をすると頭が痛くなる。


「あの場に私が現れなかったらどうするつもりだったのよ」

「現場の近くにエルさんが居た事は知っていましたし、本人なら悲鳴を聞いて駆け付けてくれると思っていました」


どうして私が現場の近くに居た事を知っているのだろうか。

それを聞くのは野暮な話なのだろう。というよりちょっと怖いので聞かない方が良さそうだ。


「現場で会えなくても本物のエルさんだったら事件を知れば被害者となった私のところに来てくれると思っていましたからね」

「私の行動をよく分かっているわね」

「当然ですよ」


公爵家の中でも群を抜いて私の事を理解していたジゼル。彼女から逃げ切れるわけがないのだ。


「失神するふりは要らなかったでしょ」

「エルさんが変な男性を引き連れて来たせいですよ。一人かと思ったのに二人で来るから焦って寝たふりしちゃったんです」


どんな焦り方よ。

呆れた視線を送ると誤魔化すように笑われた。

大方寝たふりをしながらジェドがどんな人物か確かめようとしていたのだろう。

聞いたところで笑って誤魔化されそうだけど。

そちらも気になるが先に確認するべき事が出てきた。


「ねぇ、ジゼル。一つ聞いても良い?」

「何ですか?」

「私の変装って分かりやすい?」

「私から見れば分かりやすいですね」


即答されてしまう。


「髪色と瞳の色を変えているだけで造形は美しさは変わっていませんからね。おそらくエルさんをよく知っている人が近くで見たらすぐに分かると思います」


おかげで私もすぐに気が付けました。

そう言って笑うジゼルに頰が引き攣る。

それなりによく出来た変装だと思っていたのに知り合いが見たらバレるって駄目じゃない。


「つまりアンサンセから捜索隊が出ていたらすぐバレるってわけよね」

「微妙ですね。王国の捜索隊如きでは分からないと思いますよ。ただ公爵家から捜索隊が出ていたら…」


公爵家の捜索隊は少数精鋭。非常に優秀だ。

今まで捕まらなかった方が奇跡に近い。まるで誰かが情報を誤魔化していてくれているように感じられる。

気のせいだと思うけど。


「大丈夫ですよ。捜索隊が出ていても私がどうにかします」

「友人にそんな事はさせられないわ」

「なら侍女に…」

「戻る事も許さないから」


隙を見せると侍女らしく振る舞われそうだ。


「友人なのだから敬語を外しなさいよ」

「それは無理ですね。染み付いた癖が簡単に抜けると思わないでください」

「ジェドの前では外せていたじゃない」

「あの時も吐き気を催していましたよ。ずっと続けていたら死にたくなります」


それもう病気じゃない?

確かに染み付いた癖はなかなか抜けない。彼女の気持ちも分かるので無理強いは出来ないのでちょっとずつ外させていこうと思う。

そしていつかは本当の意味で友達になれると嬉しい。


「話を戻しますけど捜索隊が出ているのは事実なのですか?」

「ええ」


捜索隊が出ている情報は掴めた。


「捜索隊が出ていれば私の耳にも入って来そうなのですけど…。そもそもエル様、じゃなくてエルさんがアンサンセ王国を追われた話はこちらに伝わっていませんよ」

「それは陛下の指示でしょうね」


大規模な捜索隊が出ていない事。

国を追い出されてから見た公国の新聞には一度も私の名前は出ていない事。

その二つを合わせて考えるとアンサンセ王国は私を国から追い出したと他国には公表していないのだろう。

正確に言うなら発表出来ないと言った方が正しい。

酷い醜聞になるからだ。それを陛下が許すわけがない。

そう説明するとジゼルの表情が歪む。


「アンサンセの国王は国内だけの騒ぎとして収めようとしているのですね」

「仕方ないわ。国を一番に考えなければいけない人だもの」


元貴族としてそれくらいは分かっている。


「アンサンセ王国の貴族達はどうなっているのでしょうね」

「流石にそこまでは調べられないわ」


おそらく私の断罪劇について、子爵令嬢の魅了については箝口令が出ているだろう。

関わった貴族達は我が身可愛さに口を噤み続けるはず。だから他国に情報が渡っていないのだろう。

一部からは漏れ出ていそうだけど。


「そうですか…。気になるのでしたらお調べしますよ」

「不要よ。下手にアンサンセ王国と関わらない方が良いわ」

「畏まりました」


今更アンサンセ王国の状況を知ったところで私が出来る事はない。


「とりあえず変装の方法は変えるわ」

「そうされた方が良いですね」


これ以上は誰にも見つからないように過ごさないと。





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