第49話

「ところでエル様に一つ聞きたい事があるのですが」


話せる事は全て話したと思うけどまだ気になる事があるのだろうか。

ジゼルの言葉に首を傾げると両肩をしっかりと掴まれ血走った目を向けられる。


「あのジェドって男性は何者ですか?」

「え?ああ、ジェドは…」

「どうしてエル様と一緒に居るのですか?いつから一緒に居るのですか?」

「ち、ちょっと、落ち着い…」

「まさか恋人ってわけじゃないですよね?」


尋ねたい事は一つと言ったのに…。

矢継ぎ早に尋ねられるのはジェドの事だった。答える暇を与えてくれないジゼルの勝手に妄想を暴走していく。


「ま、まさか既にお付き合いされていて…身を捧げたり…」

「私は乙女のままよ!変な妄想はやめて!」


ここまで言われて声を荒げずにいられるわけがなかった。怒鳴るように言い返すとようやくジゼルは落ち着きを取り戻してくれる。

何が悲しくて朝から自分が乙女である事を叫ばなくてはいけないのだ。


「安心しました」


落ち込む私とは反対にジゼルは良い笑顔を見せてきた。

私は婚約者でも、配偶者でもない相手に身を捧げられる人間ではない。アンサンセ王国にいる際に閨教育を受けたのでそういう知識は備わっているけど使う機会はしばらく訪れないだろう。


「ではジェドとは何者なのですか?」

「旅人と言っていたけど詳しい事は知らないわ」


彼について知っている事は年齢と出身国くらいだ。

家族の話も少しだけ教えて貰ったけど詳しい事は聞かされていない。

その話をするとジゼルは再び詰め寄ってきた。


「どうして碌に知らない相手と旅をされているのですか?」

「向こうが勝手について来るのよ…」

「どういう事ですか!」


ジェドとの出会いから現在に至るまでの話をするとジゼルは信じられないと言いたそうな表情をこちらに向けてくる。


「彼、怪し過ぎませんか?」

「変な人だけど悪い人じゃないわよ」

「エル様!騙されてはいけません!」

「勝手について来られるだけで何もされていないわよ」


ジェドと一緒に居て身の危険を感じた事はない。

むしろ守って貰っているような気がする。

時折り向けられる心配そうな表情も気になるけど一人旅をしている私を心配しているからだろう。


「人を見る目は養っている方よ。彼は怪しい人じゃないわ」


幼い頃から薄汚れた大人達と対峙してきたのだ。

敵なのか味方なのかの判別は得意としている。ジェドはかなりの変人だけど悪い人でも怪しい人でもない。


「ま、まさか、好きなのですか?」

「どうしてそうなるのよ…」

「エル様が気を許しているからですよ!」


気を許しているつもりはないがジゼルから見たらそう見えるのだろう。

一緒に居る時間が長くなって来ているから自分でも気付かないうちに気を許してしまっている部分があるのかもしれない。


「気を許していたとしても彼を好きになる事はないわよ」

「本当ですか?」

「初恋の人に裏切られたのよ。誰かと恋をしたいと思えるわけないじゃない」


私の言葉にジゼルは目を大きく開いた後、申し訳なさそうな表情を見せた。


「だからジェドを好きになる事はないわ」

「そう、ですよね…」


心配してくれる気持ちは分かる。しかし彼女はもう私の侍女ではない。私を心配する必要はないのだ。


「貴女はもう私の侍女じゃないの。心配してくれなくても…」


そこまで言って口が止まった。

ジゼルが今にも泣き出しそうな表情を見せたからだ。


「ジゼル?」

「私は何があってもエル様の侍女です!貴女様に一生を捧げると誓っております!」


約十年前の話。

『私はエル様に一生お仕え致します!』

ジゼルにそう言われたのだ。

忘れていたわけではない。しかし私は彼女の人生を滅茶苦茶にしたのだ。忠誠を誓われる資格は既にない。


「ジゼル、私はもう公爵令嬢じゃないのよ。貴女を追い出すきっかけを作った罪人なの」

「だから何ですか!貴女様が貴族であろうとなかろうと私の人生はエル様のものです!」

「貴女の人生は貴女のものよ」


私が彼女の人生を縛り付けて良いわけがないのだ。

突き放すように言うとジゼルは表情を歪めた。


「私は既に貴女に人生を託しています…」

「ジゼル…」

「お願いですからお側に置いてください」


離さないと言わんばかりに手を握り締めてくるジゼルはその場で崩れ落ちた。

泣き始める彼女に私が出来る事は…。


「ジゼル、私は貴女の主でいる資格はないわ」

「エル様!」

「でも、もしも貴女が私のやった事を許してくれるなら…」


こんな事を望んで良いのか分からないし、おそらくジゼルは望まない。

それでも主として扱われるよりは遥かに良い選択なのだろう。

跪いて彼女に視線を合わせる。


「ジゼル、友人になって頂戴」


出会った頃から何度も言ってきた台詞だ。しかし忠誠心の強いジゼルは一度も頷いてくれなかった。

彼女の瞳が大きく開かれる。


「エル様…」

「友人として側に居て欲しいの」

「私は…」

「友人が嫌なら私はすぐにでも貴女の側を離れるわ」


ジゼルは私の事をよく知っている。私の考えが本気であると分かったのだろう。

脅しのように聞こえる言葉にジゼルは苦笑いをする。


「今は友人という事にしておきましょう」

「今はって…」

「いずれは侍女に戻るつもりですよ、エル様」


悪戯っぽく笑ってみせるジゼル。

彼女の事をよく知っている私はそれが本気であると分かってしまう。


「ジゼルが侍女に戻らないように頑張るわ」

「駄目ですよ、エルさん」


くすりと笑われた。

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