第48話

翌日、森の調査に行くと町を出て行ったジェドを見送りジゼルと合流を果たす。


「お久しぶりでございます、エル様」


町の調査に向かう前に二人で話をする事になったのだ。私の泊まっている宿屋の部屋に入るなり跪いてくるジゼルに顔を顰める。


「久しぶりね、ジゼル」


この様子からして容姿は違うが彼女は私の知っている侍女ジゼルで間違いないのだろう。

私が言葉を返すとジゼルは安心したように息を吐いて変装の魔法を解除した。

ふんわりと長い黒髪に冷たく感じる青い瞳。

よく知った容姿が姿を現すと泣きたくなる。同時にどんな顔で彼女と向き合ったら良いのか分からなくなった。


「ジゼル、ごめんなさい…」

「エル様?」

「私を庇わなければ貴女はオリヴィエ公爵家を追われる事はなかったのに」


私のせいでジゼルはオリヴィエ公爵家の屋敷を追い出された。そして行く宛もなく彷徨い続けた彼女が辿り着いた先がここだったのだろう。

彼女の生活を奪ったのだ、合わせる顔がない。


「それは違います。決してエル様のせいでは…」


困ったように私を見上げてくるジゼルの腕を引っ張り立ち上がらせる。

今の私は跪かれる立場ではないのだ。


「今の私は平民なの。そんな事をする必要はないから」

「平民…?」


ジゼルのスカートについた汚れを払っていると今度は彼女が顔を顰めた。


「平民って何ですか?そもそもどうしてエル様がここに居るのですか?説明してください」

「ち、ちょっと、落ち着いて…。ちゃんと話すから」

「落ち着いてなどいられません!どういう事なのですか!私が屋敷を追われた後に何があったのですか!まさかあの屑共に何かされたのですか?」


詰め寄ってくるジゼル。

ちゃんと話すと言っているのだから聞いて欲しい。

彼女の肩を掴み半ば無理やりベッドに座らせた。


「ジゼル、落ち着きなさい!」

「は、はい…」


ようやく落ち着いてくれたジゼルに彼女が出て行った後の話をゆっくり語っていく。

断罪劇の話に入ると彼女の表情が怒りに満ちたものに変わったが最後に魅了の名前を出すと戸惑いに瞳を揺らした。


「魅了ですか…?私はかかりませんでしたよ?」

「ジゼルが魅了にかからなかったのはおそらく私が誕生日にあげた魔法無効化のペンダントのおかげね」


ペンダントが無ければ私の近くに居た彼女も魅了にかかっていたはずだ。


「これが守ってくれたのですね…」


服の中からペンダントを取り出して見つめるジゼル。


「まだ持っていたのね」 

「エル様から頂いた物を捨てられるはずがありません…」


オリヴィエ公爵家に仕えていた頃に散々苦しませてしまったけど。魅了のせいで彼女が罪悪感に潰されなくて良かった。


「もっと早くに魅了の存在に気がついていたらジゼルを大変な目に遭わせずに済んだのに。ごめんなさい」

「エル様が悪いわけではありません…。気にしないでください」

「でも…」

「本当に大丈夫です。オリヴィエ公爵家を追い出されてから色々とありましたが苦しい事ばかりではありませんでした。それにエル様と再会する事が出来ましたから今の私は幸せ者です」


色々とあったのね。

きっと口に出すのも憚られるような事ばかりだったのだろう。

私のせいで…。


「そんな顔をしないでください。折角の再会なのですから」

「貴女に合わせる顔がないわ」

「私に悪いと思うなら顔を合わせてください」


ジゼルは優し過ぎる性格だ。

もっと責め立てても良いのに、お前のせいだと掴みかかってきても許されるのに。

彼女は私を責めようとしない。


「エル様、どうか昔のように接してください」


懇願するように言われて私が聞かないわけがない。

髪色、瞳の色を元に戻す。

身なりは違うがお互いにアンサンセ王国に居た頃の容姿で向かい合う。

国を追われてから数ヶ月、元の姿のまま誰かと会う事になるとは思わなかった。

仕えていた頃の容姿に戻った私を見たからかジゼルの表情が歪み、今にも泣き出しそうなものへ変わる。


「エル様はそちらの姿の方が似合っています…」

「目立ってしまうから駄目よ」


アンサンセ王国からの追っ手に捕まるのは絶対に嫌なのだ。


「アンサンセに戻る気はないのですか?」

「ないわ」


戻ったところで許して欲しいと願われるだけだ。

オリヴィエ公爵家に帰って、シリル殿下の婚約者に戻る?

私を追い出した国の王妃になるの?

そんなのは御免だ。


「エル様が決めた事なら私は何も言いません」


ジゼルは静かに返してきた。


「ジゼルは?オリヴィエ公爵家に戻りたいなら…」


言葉の最中にジゼルは首を横に振った。

よく考えれば彼女も自分を追い出した屋敷に二度も仕えようとは思わないだろう。


「私がお仕えする人は今も昔もエル様だけです。貴女が居ない公爵家に用はありません」

「ジゼル…」

「それにあの碌でなし公爵と色ボケ公爵子息の側に戻るのは絶対に嫌ですから」


さらりと毒を吐くジゼルは優しく微笑んだ。


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