幕間15 ジェド視点

ポルトゥ村で馬を購入した俺はすぐにエルを追いかけた。

彼女がどこに行ったのか手掛かりがない。

俺は闇雲にアグレアブル公国にある村を探して行った。


「次は公都に行ってみるか」


公爵令嬢である彼女なら行きそうな場所だ。

その前に今居る場所の一番近くにある港町メールに行こうと馬を走らせた。

メールに辿り着いた俺は町の入り口から少しだけ離れた位置で町の景色を見つめる人物を見つけたのだ。

後ろ姿で予想は出来る。


「エル…?」


俺の声に反応したエルはすぐにこちらを向いた。


「ジェドさん」


昔と違って違和感がある呼び方。でも、彼女にジェドと呼ばれるなら敬称はどうでも良かった。


「やっぱりエルか!また会えたな!」

「お久しぶりです。また会えましたね」


挨拶を交わした後ぼんやりとメールを見ながら「エルはメールに来ていたんだな」と呟く。

心の中で呟いたつもりだったがどうやら声に出していたらしくエルからの反応がやってくる。


「ええ。ずっと来てみたかったところなので」

「そうか、いい町だろ」

「そうですね」


メールは昔一度来たが良いところだった。

それと海鮮料理が美味かった記憶がある。


「もう出るところか?」

「はい」

「そうか。次はどこに行くつもりなんだ?」

「アーバンに行こうかと思っています」


やっぱり公都アーバンに向かおうとしていたのか。

ついて行ったらおそらく迷惑だろう。でも、折角会えたというのにここで逸れるのは嫌だ。


「エル、俺も一緒に行って良いか?」

「は?」


間の抜けた返事をするエルは驚いた様子だ。

そして戸惑った様子を見せてくる彼女に「駄目か?」と強請ってみせた。


「駄目じゃないですけど、一緒に行く理由もないですよね?」

「この前のお礼をしたいんだ。アーバンで美味い飯でも奢らせてくれ」


無理やりな理由を付けるとエルは訳が分からないと眉を顰める。

その気持ちは分かるがお願いだ。許可をしてくれ。


「何故アーバンなのですか?ご飯ならメールでも良いと思いますけど…」

「今から出るんだろ?」

「それはそうですけど…」


否定の言葉を並べられそうになって、咄嗟に口を開く。


「俺の目的地もアーバンなんだ。良かったら一緒に行こう」


呆れたような視線を送ってくる彼女に「今回は俺も馬で移動してるぞ」と笑ってみせる。

そして少しだけ考えた後、エルは小さく頷いてくれた。


「分かりました。ただアーバンに着いたら別行動ですよ?のんびり観光がしたいので」

「向こうで飯を食べたらな」

「それで良いです」

「よし、決まりだ!」


エルとはまだ一緒に居られるみたいだ。

良かったと思いながら馬に乗り直そうとすると「メールに入らないのですか?」という問いかけが飛んでくる。


「別に用事ないからな」

「そうですか…」


なんで来たのだと言いたそうな表情を見せるエル。

君を探しに来たからと教えたら本気で引かれそうなので言わないでおいた。


「さぁ、行こうか」

「そうですね」


馬に乗り直すと前から凄い勢いで馬を駆けさせる人物がやって来る。フードを深く被り、顔を見せないようにしていたその人物とすれ違った瞬間エルから背筋がぞわりとする名前が飛び出した。


「シリル、殿下…?」


エルの婚約者の名前だ。

彼女はメールに入って行くその人物をじっと見つめていた。しかしその表情はあまり良いものではない。


「エル?どうかしたのか?」

「今すれ違った人が昔の知り合いによく似ていたので、つい…」


苦笑いを見せるエルに「なるほど」と返す。

どうやら婚約者の名前を呼んだのは聞き間違いではなかったようだ。


「知り合いなら会いに行った方が良いんじゃないか?」

「いえ、大丈夫です」


彼女の心情を探りたくて尋ねると即答された。

仲睦まじそうにしていた婚約者であるはずなのにエルは強張った表情になる。次第にそれは怖いものへと変化していった。


「エル、大丈夫か?怖い顔になってるぞ」

「平気です」


強がった笑顔を向けられて「そうか」と言うしかなかった。

エルが婚約者に会いたくないと言うなら俺が会わせないようにしてやる。


「必ず守ってみせる」


小さな声で決意を固めた。




「とは言えちょっと強引にやり過ぎたな」


湯浴みを済ませ濡れた髪をタオルで拭きながら呟く。

帝国にいた頃は教養は得られたが女性への接し方を教えて貰っていない。

三年前の場合はエルがリードしてくれたから会話が出来たようなものだ。

どうしたら女性と距離を詰められるか俺は知らないのだ。


「完全に警戒されてるよな」


顔だけはそれなりに良いから使えるかと思ったが彼女の婚約者であったシリル殿下も相当な美形だ。

美形は見慣れてるのだろう。

意識してくれる素振りすら見当たらない。


「どうしたら良いんだ」


ベッドに寝転びながら呟いた。

明日こそ彼女と仲良くなれたら。

そんな思いを抱えたまま俺は意識を手放した。



一方その頃、エルは


「もう放っておいてくれないかしら…」


とジェドに対して辟易していた。

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