幕間10 ジェド視点

宿の部屋に入った俺は髪にかけていた魔法を解く。


「流石にこの髪色を見られたら正体がバレるよな」


鏡に映った本当の髪色、真っ赤なそれを見ながら呟いた。

この珍しい髪色はフォール帝国の皇族の証だ。


俺の名前はジェド。

本名はジェラルド・ゲール・ド・フォール。

フォール帝国の第一皇子だ。

皇子、それも第一ともなると大層な存在に聞こえるかもしれないが実際は違う。

母親が平民であるとされている為、下賤な血を引く『不要な皇子』と呼ばれ忌み嫌われている俺は帝位継承権を保持していない。それに加えて表舞台に出る事すら許されていない存在である。帝国の貴族図鑑にも顔を出していない為、第一皇子である俺の顔を知っている人間は殆ど居ない。知っているのは家族と世話係くらいなものだ。


「家族か…」


ぼんやりとコゼットの家族を思い出して羨ましくなる。

俺には義母と二人の異母兄弟がいる。

しかし三人には嫌悪されている。世話をしてくれる使用人達ですら俺を見下していた。

皇城の中で俺の存在を認めてくれていたのは父だけ。

幼い頃は邪険にされる理由が分からず、家族の温かさが欲しくて誰彼構わず「遊んで」と言って回っていた。八歳を過ぎる頃には自分が嫌われ者であると自覚した俺は誰かの後をくっ付いて回る事をやめて部屋に閉じ篭ったのだ。


部屋の中だけでは自由でいられた。窓から見えたのは帝国騎士団の訓練場。毎日のように騎士達の訓練を見ていた俺は見様見真似で剣を振るって特訓した。

戦う相手も居なければ、見せる相手も居ない。

それでも剣を振るう事をやめなかった。

いつか騎士団に入れたら良いな。

そんな淡い期待は望んで手に入れたわけじゃない皇族という身分のせいで崩れ去っていった。


十二歳になり、一応皇子である俺にも家庭教師が付いた。嫌そうな表情をしながらも教えてくれた彼らのおかげで必要最低限の教養と魔法技能を手に入れる事が出来た。

 

時は流れて二十三歳の誕生日。

その晩、俺は誰にも知られてはいけない自分の出生の秘密を知る事となったのだ。

俺の為に時間を空けてくれた父に呼び出されて二人で晩酌をしている最中、泥酔してしまった父が真実を話してしまったのだ。


結論から言うと俺の本当の母親は平民ではなかった。

本当の母親はアグレアブル公国の現公王の妻だ。


三十年前、父と母は婚約者同士であったらしい。

しかし先に行われた公国の独立により引き離されたそうだ。

ただ想い合っていた二人はお互いに結婚していながらも公国と帝国の境の森にある小さな小屋で密会を繰り返した。その結果、母は俺を身籠ったのだ。

母は出産した子の髪色を見て、想い人の子であると悟った。

母の夫は公王。

俺の存在を知られたら親子共々殺されてしまう。それに比べて皇帝としての権力を持つ父に俺を託した方が安全だと思い至った母は俺を死んだ者として扱い父に引き渡したそうだ。

その後、父と母が会う事はなかった。

途端に母が会いに来なくなったそうだ。

理由は父にも分からないらしい。


父は愛する人との子供として俺を引き取り、自分の子として世間に公表した。

誰が産んだか分からない子供。ただ皇族の証である赤髪を持っている為、皇帝の子である事に違いはない。子に関して何も口を開かない皇帝に周りが俺を庶子だと勘違いするのも無理なかった。


自分の出生の秘密。

それが父からの誕生日の贈り物だった。


衝撃的な事実に打ちひしがれた俺はよろよろと自室に戻り、落ち着きを取り戻すのと同時に帝国を出る事を決意した。

どうせ居ても居なくても変わらない存在である俺を探す者などいない。

唯一俺を心配してくれる可能性を持つ父には国を出る事を話した。真実を話してしまった負い目があるのが反対をされなかったが定期的に手紙を出す事を約束させられたのだ。


帝国を出た俺がまず最初に向かった先はアグレアブル公国。

母に会いたかったのかと聞かれたら微妙なところだが、母が住む国を見てみたいと思ったのは事実だ。

公国を回り始めて約一年。

不覚にも食料調達を忘れてしまい森の中で腹を空かせて座り込んでいた俺に声をかけてきた女性がいた。

エル。

本名ガブリエル・ド・オリヴィエ。

声をかけてきたのはアンサンセ王国の公爵令嬢だった。

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