幕間⑧ シリル視点
メールに入る前、一組の男女とすれ違った。
どちらも黒髪。一瞬しか見えなかった為どんな人物だったかは分からないがおそらくエルではないだろう。
そう決めつけた私は確認もせずメールに入るとエルを探した。
まず最初に尋ねたのは預かり厩舎を営んでいる白髭が特徴的な好々爺。
「若い女の子?いや、来ていないな。ここ一ヶ月、事情があって客が減ってたんだ」
首を横に振られた。
それもそうか。エルは身一つで国を追い出された。いや、私と父が追い出したのだ。馬を持たない彼女が厩舎を訪れるわけがない。
「すまない。助かった」
「おう」
馬を一時的に預けて港町を見て回る。
本来ならエルと結婚した後に彼女と一緒に来る場所だった。
それなのにどうして一人で来ているのだと虚しい気持ちに襲われる。
「兄ちゃん、辛気臭い顔してどうした?」
項垂れる私に声をかけたのは露店を営む男だった。
ただ知らない誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。
私はゆっくりと口を開いた。
「好きな人にとんでもない事をしてしまったんです」
そう呟くと露店の男は「とんでもない事?」と首を傾げた。
「口に出して言えるものじゃない…。とにかく酷い事をしてしまったんです」
「それは謝ったのか?」
「いえ…。謝る機会はありませんでした」
魅了に解けたのはエルが出て行ってから三日も後の事。
謝れるわけがなかったのだ。
「そりゃあダメだな。さっさと見つけて謝らないと。じゃないと許してもらえないだろ」
呆れたように言われた。
謝って、それで許してもらう?
そんなの無理だ。これはただの喧嘩じゃない。エルの人生を歪めるほどの大事だ。
自分の人生を滅茶苦茶にした私を彼女が許すはずがない。それに私も許して欲しいとは思わない。
じゃあ、なんで私はここにいるのだ。
どうしてエルを探しているんだ。
「……ああ、そうか。本当は許して欲しいのか」
「は?」
エルに許してもらいたい。
そばに戻ってきて欲しい。
私の妻になって貰いたい。
二度と間違えないからずっと一緒にいたい。
一度気がついた思いを止める事は出来そうになかった。
どんどん欲望が溢れ出してくる。
「絶対に許してもらえない事を許してもらうにはどうしたら良いのでしょうか?」
「そりゃあ、許してもらえるまで謝るしかねーだろ。プライドなんて捨てて土下座でも、何でもして許しを乞うしかねーよ。まあ、それでも許せない事はあるけどな」
露店の男は「俺も最近許せない事に出会ったしな」と遠い目をした。
「そう、ですよね…」
「兄ちゃんに何があったかは知らないけど、元気出せよ」
バシッと背中を叩かれる。
「仲直り出来たらまたメールに来いよ。覚えていたらなんか奢ってやる」
けらけらと揶揄うように笑う店主。
仲直り出来たら、か…。
「そうですね。仲直り出来たらまたここに来ます」
今度こそ新婚旅行で訪れたら良い。
彼女と一緒だったらきっと楽しいだろうな。
灰色に見える夕陽が沈む海を眺めていた。
その頃、エルが私の知らない男性に私しか知らなかった幼い頃の夢を教えていたなど想像もしていなかった。
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第二章はこれでおしまいです。
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