第34話

「シリル、殿下…?」


二度と会う事のない人とすれ違った気がした。

あり得ないわ。アンサンセ王国の王太子である彼がここにいるわけがないもの。

ただシリル殿下じゃないと分かっていてもメールに入って行くフードを深く被った人物から目を離せなかった。


「エル?どうかしたのか?」


眺めていた人物が人混みに消えて行ったところでジェドさんから声をかけられてハッとする。


「今すれ違った人が昔の知り合いによく似ていたので、つい…」


首を傾げるジェドさんに苦笑いで説明をすると「なるほど」と納得された。


「知り合いなら会いに行った方が良いんじゃないか?」

「いえ、大丈夫です」


もしも先程の人がシリル殿下だったとしても会う必要はないし、会いたいとも思わない。

約一ヶ月前に行われた断罪の光景を思い出し、胸がずきりと痛んだ。

今更会ったところでどんな顔をして良いのか分からないもの。


「エル、大丈夫か?怖い顔になってるぞ」

「平気です」


淑女時代に身に染み込ませた偽りの笑顔で誤魔化すとジェドさんは「そうか」と笑ってくれる。

改めて馬に乗って、二人で駆け出した。



「それにしてもエルは変わってるな」


夕方になり、小さな村に入ったところでジェドさんから言われ首を傾げた。


「いきなりどうしたのですか?」

「いや、普通の女性は一人旅なんてしないだろ?」

「そうですね」


急に変わっていると言われたので吃驚したけど、確かに女性の一人旅は変わっている。

それは散々言われてきた事だ。少し迷った末に私は口を開いた。


「小さい頃は冒険者になりたかったんですよ」


貴族であった頃は口にする事が出来なかった夢。

教えたのは婚約者であったシリル殿下ただ一人だ。

彼に教えた時は「エルらしい夢だ」と言われたけど、他の人には決して言う事が出来なかった。

でも、もういい。今の私は平民のエルなのだから、どんな夢を持っていたとしても問題はない。


「これまた意外な夢だな」

「事情があって断念しましたけどね。今は自由の身になったので冒険の代わりに旅をしています」


肩を竦めて笑うとジェドさんも「そうか。良かったな」と笑ってくれた。


「ジェドさんは憧れていたものってありますか?」


尋ねるとじっと見つめられた。

聞いてはいけない事だったのでしょうか。


「ジェドで良い」

「は?」

「呼び捨てで良い。堅苦しいのは嫌いなんだ」


いきなり言われても年上の方を呼び捨てにするのは躊躇ってしまう。

どうすれば良いのか迷っていると肩を叩かれて「難しく考えなくて良い」と笑われる。

彼が良いと言うなら別に良いのでしょう。


「えっと……ジェド?」

「どうして疑問系なんだ」

「す、すみません。男性を呼び捨てにするのは慣れていなくて…」


男性を呼び捨てにするのは弟以来だ。というよりも弟以外を呼び捨てにしたことがない。

貴族であったから当たり前だけど。


「ゆっくり慣れていけば良い」

「頑張ります」

「頑張るってエルは真面目だな」


はは、と声を出して笑われてしまう。

真面目ね。

お転婆娘をやめてからよく言われてきた言葉だ。

そこまで真面目じゃない気がするのに。


「そういえば俺の憧れていた物の話だったな」


急に話を戻されて「あ、はい」と慌てて返事をする。

ジェドは照れ臭そうに頬を掻いて答えをくれた。


「俺は騎士になりたかったんだ」

「騎士ですか?」

「ああ」


ジェドはフォール帝国出身だと前に言っていた。

帝国には有名な騎士団が存在する。

負けなしの最強騎士団ヴァンクール。

帝国出身の男性が一度は憧れると言われているがジェドも例外ではないのだろう。


「もしかしてヴァンクールに入りたかったのですか?」

「ああ、そうだ。よく知ってたな」

「この大陸で最も有名な騎士団ですから」

「それもそうか。まあ、無理だったけどな」


憧れは憧れ、夢は夢。

叶えるのは難しいものだ。

似たような経験をしたジェドに親近感が湧いた瞬間だった。

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