第33話 

「ジェドさん」


名前を呼ばれて振り返った先にいたのは約一週間前に森の中で出会った人物だった。

広い世界だ。二度も会うとは思っていなかった。

予想外の事に驚いているとジェドさんは馬から降りてこちらに向かって歩いてくる。


「やっぱりエルか!また会えたな!」

「お久しぶりです。また会えましたね」


お辞儀をして挨拶をすると彼はメールの方を見ながら「エルはメールに来ていたんだな」と言われる。


「ええ。ずっと来てみたかったところなので」

「そうか、いい町だろ」

「そうですね」


何故か得意気になって笑う彼に頷いた。

いい町でしたがジャコブ達の件がなければもっと楽しむことが出来たはず。それだけが残念ですね。


「もう出るところか?」

「はい」

「そうか。次はどこに行くつもりなんだ?」


次ですか。

来たいと思っていた場所はメールだけ。後は自由にのんびりと過ごして回ろうと思っている。

ただメールから向かうとしたらアグレアブル公国の公都アーバンあたりが無難でしょうね。


「アーバンに行こうかと思っています」


答えるとジェドさんは顎に手を当てて何かを考えるような仕草を見せた。

どうしたのだろうと首を傾げる。


「エル、俺も一緒に行って良いか?」

「は?」


いきなりのお誘いに驚いた。

彼もアーバンに用事があるのだろうか?いや、でも彼は今メールに来たばかりのはずなのに。

戸惑っていると「駄目か?」と首を傾げてくるジェドさんがいた。


「駄目じゃないですけど、一緒に行く理由もないですよね?」

「この前のお礼をしたいんだ。アーバンで美味い飯でも奢らせてくれ」


お礼はしなくて良いと言った気がするのに。

助けたのは私じゃなくてアンナさんのところのクリームパンなのだから。

そもそも目の前に港町があるのだからわざわざ公都に出向いて食事をする意味が分からない。


「何故アーバンなのですか?ご飯ならメールでも良いと思いますけど…」

「今から出るんだろ?」

「それはそうですけど…」


ご飯を食べるくらいなら戻ってもいい。

そう伝えようとするが先に口を開いたのはジェドさんだった。


「俺の目的地もアーバンなんだ。良かったら一緒に行こう」


強引過ぎる誘いに呆れる。

じっと彼を見つめていると「今回は俺も馬で移動してるぞ」と歯を見せて笑ってきた。

これ断らせる気ないわね。

メールここからアーバンまでは馬で移動すると約一週間かかる。

そんなに長い時間を共に過ごすわけじゃないし、なにより目的地が一緒なのだ。別に誘いに乗っても良いだろうと首を縦に振った。


「分かりました。ただアーバンに着いたら別行動ですよ?のんびり観光がしたいので」

「向こうで飯を食べたらな」

「それで良いです」

「よし、決まりだ!」


楽しそうに馬に乗り直すジェドさん。

あれ?と首を傾げる。


「メールに入らないのですか?」

「別に用事ないからな」

「そうですか…」


じゃあ、なんで来たのよ。

そう言ってやりたくなるが目的は人それぞれだ。それに今のメールはまだ事件の熱りがさめていない為、立ち寄る事はお勧め出来ない。

彼の言動のおかしさには突っ込まない事にした。


「さぁ、行こうか」

「そうですね」


馬に乗り直すジェドさんに続いてアミに乗ろうとしていると前から凄い勢いで馬を駆けさせる人物とすれ違う。

フードを深く被り、顔を見せないようにしていたその人は…。


「シリル、殿下…?」


微かに聞こえた声は私の名前を呼んでいた気がする。

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