幕間⑦ シリル視点
エルがアグレアブル公国に存在する港町メールにいるかもしれない。
そう考えた私はすぐに城を飛び出した。
「エル…」
馬で駆けている最中ふと過去の事を思い出す。
エルに小さい頃の夢を教えてもらった時の事だ。
『そういえば、エルは幼い頃なにかに憧れていたよね?今なら教えてくれる?』
幼い頃からずっとそばにいたエル。
彼女の事なら大体の事は知っていた。しかし一つだけ教えてもらえなかった事がある。
それは幼い頃の彼女が抱いていた夢だ。
十五歳になりプロポーズを受けてもらったのをきっかけに尋ねてみた。彼女の全てを知りたかったから。
エルは考えるような仕草を見せた後、ちょっと恥ずかしそうに頰を赤く染めた。
『お話してもいいですけど絶対に笑わないでください』
『え?』
『笑わないって約束してください。じゃないと話しません』
ぷいっと顔を逸らすエル。
そんなに恥ずかしい夢なのかと思いながらも『絶対に笑わない』と約束をした。すると彼女は照れ臭そうに口を開いたのだ。
『私、小さい頃は…その、冒険者になりたくて…』
『冒険者…?』
きょとんとした。普通の貴族令嬢なら絶対に考えようとしない夢だったから。
でも、どこかエルらしい夢に私はうっかり笑ってしまったのだ。エルは拗ねたように頰を膨らませて、私の肩を軽くこついた。
『絶対に笑わないって約束したのに…』
涙目で呟くエルが可愛くて、私はさらに笑みを深めてしまう。それを見た彼女は『にこにこしないでください!』と顔を背けてしまった。
どうにかして機嫌を直してもらおうと彼女の好きだったお菓子を口まで持って行くと『これで誤魔化されませんからね』と言いながらも食べてくれたのだ。
『ごめん、ごめん。エルらしい夢だったから、つい』
『私らしいってなんですか…』
納得出来ないといった表情を私に向けてきた。
『だって幼い頃のエルはお転婆だったでしょ。だからよく似合うなと思って』
『もう!昔の私のことは忘れてください…!』
今でこそエルは完璧な淑女と言われているが幼い頃の彼女はやりたい放題で色々と凄かった。婚約者である私も彼女の我儘に何度も振り回されたのだ。ただ不思議とそれが不愉快だと感じた事はなかった。
その時の事を思い出しているのかエルは赤くなった顔を隠して、首を横に振る。
『と、とにかく、私の夢は誰にも話さないでくださいね!特にお父様とアンドレ!話したら恐ろしい幻覚魔法をかけますからね!』
『分かった、分かった。誰にも話さないよ』
私だけが知っている最愛の人の秘密。
それがどれだけ嬉しい事なのかきっと彼女には分からないのだろう。
あの頃は楽しかった。
エルが隣にいてくれる日々は輝き幸せに満ち溢れていた。
しかし今はどうだ?
エルがいなくなった世界は輝くどころか色さえついていない。灰色の世界に生きているような感覚だ。
「エル、君がいないと私は駄目なんだ…」
休まず馬を走らせ続ける事、約五日後ようやくメールの町並みが見えてくる。
どうしてか分からないがエルがいるような気がした。
「エル…!」
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