第32話


「そういえばジャコブについての悪い噂だけどよ」


屑達の末路を思い浮かべてほそく笑んでいるとガレオさんに声をかけられる。


「それがどうしたのですか?」

「ドニ達が流していたらしい」

「そう、なのですか」


それに関しては予想出来ていた。

おそらくジャコブを隠れ蓑して犯罪を繰り返していたのでしょう。

酒場の彼らに話を聞いたのは大きな間違いでしたね。


「といっても全部が嘘ってわけじゃない。女遊びが酷いとか酒好きっていうのは本当だ。ただ仕事には真面目で船員の多くは奴を慕っていたから今回の件はかなり衝撃的だったみたいだな」

「……それでも彼が犯罪を見逃していた事に変わりはありません」

「そうだな。だから、俺も許す事は出来ねーよ」


苦笑いをするガレオさんは内心複雑なのかもしれない。

勘違いでジャコブを殺そうとしたからだろうか。


「それにしてもエルは強いんだな」

「普通ですよ」

「いやいや、それは謙遜し過ぎだろ。どうして奴らを捕まえるのに貢献した事を言わないんだ?」

「下手に目立ちたくないのです。どうせ近いうちに町を出て行くので」

「そうかい。まっ、エルがそういうなら俺も誰かに話したりはしないけどな」

「ありがとうございます」


食堂を出ると仕事があると言うガレオさんと別れて町を歩く。

殺人事件が解決したからなのか昨日よりも賑わいを見せている。


「事件を解決出来て良かった」


さて、町の観光に移るとしましょう。




ジャコブの事件解決から四日後、私はメールの町を出る事にした。

自由になったは良いけど一つの場所に長居ができないのが難点だ。

どこか落ち着いた場所に住みたいのですけど今は無理でしょう。

そんな事を考えながら馬を預けておいた厩舎に向かう。


「おう、あんたか。おはようさん」


ここに来たばかりの時に出会ったグレゴリーさんが元気よく挨拶をしてくれた。


「おはようございます。覚えていてくださったのですね」

「そりゃあ、覚えてるさ。あの時は不安にさせるような事を言って悪かったな」


申し訳なさそうにされるので首を横に振る。

彼なりに気を遣ってくれたのだろう。


「いいえ。大丈夫です」

「そうか。それにしてもあんたが来てすぐに事件が解決するとは思わなかったよ」

「たまたまですよ」


本当の事は言えないし、言うつもりもない。

ジャコブ達を捕まえるのを知っているのはガレオさんだけで十分だ。


「まあ、そうだろうな」


納得したように笑うおじいさまはすぐに暗い顔をする。


「それにしてもジャコブ達は碌でもない奴だったな」

「そうですね…」

「あいつらが捕まったところで死んじまった人間は戻ってこない。全くもってやるせない話だ」


ドニ達に殺された人達の遺族は心に深い傷を負った。

決して消えない傷を。

そう思うとジャコブ達にかけた魔法は生温かったのかもしれません。


「どうしたんだ?」

「いえ、なんでもありません」


本心を隠す為に作り笑いをしてみせた。


「ああ、すまん。用件はなんだ?」

「もう町を出るので馬を引き取りに来ました」

「そうか」


グレゴリーさんは奥に行き、アミを連れてきてくれた。

約一週間ぶりの再会だ。

戯れついてくる彼女を撫でていると笑われた。


「はは、そいつ。あんたに会えて嬉しいみたいだな」

「そうだと嬉しいですね」

「じゃあ、また来てくれよ!」

「ええ、必ず!」


手を大きく振ってお別れをする。

町を出てから自分にかけていた年齢操作の魔法を解いた。

改めてメールの町並みを眺める。

そういえば昔シリル殿下に新婚旅行はどこに行きたいかと尋ねられた事がある。

その際、私はメールに行きたいと答えた。

彼がその事を覚えているのかは分からないし、もう二度と叶う事のない事だ。


「エル…?」


過去を思い出していると後ろから私を呼ぶ声が聞こえてくる。

振り返ると、そこにいたのは…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る