第5話
「今の領主になったのは二ヶ月前だ…」
ユルバンおじさまは暗い顔をしながらゆっくりと話してくれた。
今の領主の名はバティスト・ダル。
子爵家の嫡男だったらしく病気で弱った父親に代わり領地を継いだらしい。
あまりに唐突な領主の代替わり。
息子が父親を害したのでは?という噂も飛び交ったそうだ。それだけ前領主は村の人々に慕われていたらしい。
それに引き替え碌に勉学に励んでいなかったバティストは領主に向いていなかった。
自分の欲の為に地代を上げ、無理やりお金を収めさせ、払えなければ領地から追い出すという横暴な手に出たそうだ。
そのせいでこの村は寂れてしまったらしい。
「金だけだったらまだマシだったんだけどなぁ…」
「他になにかされたのですか?」
「……あの屑は娘を、村に住む若い娘を屋敷に無理やり連行したんだよ」
バティストが若い娘さん達を攫ってなにをしているのか大方予想出来ますが、これは頭が痛くなる。
どこまで屑で碌でなしなのですか。
「その中には俺の娘もいてなぁ。だから、連れ戻そうと他に娘が攫われた奴らと一緒にバティストの屋敷に乗り込んだんだよ」
「それで、どうなったんですか?」
「この国のお貴族様は魔法を使う。対抗する手段を持たない平民の俺らが勝てるわけがなかった」
命が残っただけマシだったよ。
そう自嘲気味に笑うユルバンおじさまに胸が痛んだ。
力を持つ者は力なき者を守るのが世のルールだと私は思っております。傷つけるなど言語道断。許せる行為ではありません。
「最初入ってきた時、店がぼろぼろだも思っただろ?」
「えっ?ええ、そうですね」
「娘を攫われた奴が酔って大暴れしたせいなんだ。俺も気持ちは分かるからよぉ。止めるに止められなくて、おかげで傷だらけになったってわけさ」
バティストに対して抱えたやるせない気持ちをここで発散させていたというわけですね。
「嬢ちゃんも早く村を出た方がいい。奴の手下が来たら逃げられないぜ」
「私は強いですよ?」
「まぁ、そうかもしれないけど。ここは碌な村じゃない…。これ以上、被害者を出したくねーんだ」
もしかしたら私を攫われてしまった娘さんと重ね合わせているのかもしれない。それでも見ず知らずの私を心配してくれるユルバンおじさま。
先程のパン屋のアンナおばさまも優しい方でした。
この人達を苦しめる悪を放置するなど出来ません。
「おじさまはバティストの屋敷に入った事があるのですよね?」
「あ?ああ、そうだな」
「覚えている範囲で良いので屋敷の内部を図に表してくれませんか?」
「は?」
ぽかんとするおじさまの手を握り締め笑いかける。
「お願いします」
「え、いや、良いけどよ…。まさか嬢ちゃん、奴のところに行く気か?」
「まさか。ただ貴族の屋敷の事を知りたいのです」
苦しい言い訳だと分かっておりますが、それでも情報を諦める事など出来ないのです。
「…分かった。でも、危ない事をするんじゃねーぞ?」
「ええ。もちろん」
危ない事などしませんよ。
ただちょっと害虫を潰しに行くだけです。簡単な作業なので危ないはずありません。
「ちょっと待ってな」
おじさまは一度奥に行き、持ってきた紙にバティストの屋敷内部を丁寧に描いていく。
それにしても絵が上手いですわ。
「絵、上手いのですね?」
「うん?ああ、俺は妻を早くに亡くしてな。一人で娘を育ててたんだよ。よく娘に絵を描いてって強請られてなぁ。それで練習したんだ」
「いいお父さんですね」
「……そんな事はねーよ。連れて行かれるあいつを助けてやれなかったんだからなぁ」
それはおじさまが悪いわけじゃない。悪いのはバティストです。
彼女が無事でいるかどうかは分かりませんが、もしも無事なら。
とにかく私は私に出来る事をしましょう。
「ほら、出来たぞ」
「ありがとうございます。お礼は…」
「あ?いらねーよ。店の掃除をしてくれただけで十分だ。むしろこっちこそ礼をやれなくてすまねぇ」
「それこそお話を聞かせてもらえて、これをもえただけで十分ですよ」
受け取った紙を見せれば呆れたような顔をされる。
何故でしょうか?
「嬢ちゃんはもっと欲深くなるべきだと思うぞ?」
「これでも貪欲ですよ」
「そうか?」
「はい」
自己満足という欲の為にバティストを退治しに行こうとしているのですから。
「では、ありがとうございました」
「こちらこそありがとうなぁ」
「今度は夜に来ますね」
「はは、そうだな」
さて、
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