第2話

村に入る前、目立つ白髪を魔法で黒色に染める。

もしも魅了が解けたアンサンセ王国から捜索隊が出ていたら私の髪色ではすぐに見つかってしまう為、染めたのだ。

私を追い出した人達に探されるのは面倒だし、連れて帰られるとか御免なので変装は必須である。


「さて、何を食べようかしら…」


屋敷から持ってきたお金は平民として暮らしていく上では十分な金額だと思う。だからといって贅沢をしていてはすぐに無くなってしまうだろう。

ちなみに大陸内では共通の硬貨と紙幣が使用されている為、持ち出して来たお金はどこに行っても使える。


「そういえば本に”値引き交渉"の仕方っていうのが載っていたわね」


貴族だったら絶対にやりたがらない。

そもそもやる事すら許してもらえないでしょうけど、今の私は国を追われた平民だ。

今後の為にも一回値引き交渉を体験しておくのもありだろう。


「よし、あそこが良さそうね」


村に入ってすぐに見つけたのは寂れた様子のパン屋。

店主のおばさまは優しそうな風貌をしており、素人の私でも上手く出来るかもしれない。

そんな浮ついた考えで店内に入って行った。


「あら、いらっしゃい。見かけない顔だね?」

「旅をしていて。ここには初めて来ました」

「若いお嬢さんが一人で?」


驚いた顔をされるが事実なので頷く。


「ええ、まあ…。色々とあって」


国外追放されて来ましたなど言えるわけもなく苦笑いで誤魔化すしかなかった。


「大変そうだねぇ」

「そんな事ありませんよ」


よし、掴みとしては完璧ね。

本に書いてあったのは『最初はたわいもない話をして距離を詰めましょう』だった。

次は『商品が欲しいと思っている気持ちを大袈裟に伝える』だ。

といっても商品を見ていない現状では分からない。

ちらりと周囲を見てパンの値段を確認する。

うん?かなり安いわね?

…って貴族としての観点を捨てなきゃダメじゃない。

これは高いって思い込むのよ!


「このクリームパン、美味しそうですね」

「ああ。それはうちで一番の人気商品だよ」

「そうなんですか」


うん、これが良いわ。

美味しそうだし、食べたいし。もし失敗しても普通に買えば良いわ。


「美味しそうですね!食べたいです!」


いや、演技下手くそ過ぎるでしょ。

公爵令嬢で居た時の大人しいふりは色んな人達を騙せるくらい完璧なものだったのに。


「あの。これ、ちょっとだけまけてくれませんか?」


半ばやけく気味に尋ねれば、店主のおばさまに大笑いされた。

恥ずかしいわ。やらなきゃ良かった。


「あはは、お嬢ちゃん面白いね。もうちょっと頑張れなかったのかい?」


どうやら私が値引き交渉をしようとしてるのを見抜かれていたらしい。

これは不覚ですわ。事前に練習しておけばもっと上手く出来たのに。

悔しがっているとおばさまはクリームパンを紙に包んで差し出してくれた。


「あげるよ」

「え?」

「なにか大変な事情があってここに来たんだろう?これ食べて元気だしな」


大変な事情はありましたけど普通に元気です。むしろ自由になれて幸せなくらいですし。

まあ、空気が読めないわけではないのでそれは言わなかった。

押し付けられるように渡されたクリームパン。どうしたら良いのかとおばさまの顔を見る。


「ほら、食べてみな」

「本当に良いのですか?」

「いいんだよ」

「…では、いただきます」


そう言われて、クリームパンを一口齧る。

柔らかなパンの中から出てくるクリームは絶妙な甘さと舌触り。すっと溶けていくのが堪らない。


「んー、美味しい!おばさま、これ美味しいです!」


あまりの美味しさに一気に食べてしまった。


「ごちそうさまでした」

「いい食べっぷりだったねぇ」

「あ、ありがとうございます…」


はしたなく食べてしまったと恥ずかしい気持ちになった。

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