幕間① シリル視点
今すぐ自分を殺して欲しい。
誰かこの願いを叶えてくれる者はいないだろうか。
私の名前はシリル・ド・ゴーティエ。
歴史あるアンサンセ王国の第一王子だ。
王太子である私には大切にしていた婚約者がいた。
そういたのだ。
たった数日前、婚約者を国から追い出したのは私と私の父親である国王陛下だった。
婚約者の名前はガブリエル・ド・オリヴィエ。
ルビーのような真っ赤な瞳と彼女の心を表しているかのような真っ白な長髪。少しだけ吊り上がった目尻とくりっとした大きな瞳はまるで猫のようで、彼女はキツく見えると悩んでいたけど私はそういうところも好きだった。
愛するエルを断罪する際、私が彼女に投げかけた言葉は到底許されるものじゃなかった。
最低最悪の悪女。
貴様など生まれて来なければ良かった。
貴様と婚約者だった時間があったなど人生の汚点だ。
他にも多くの罵詈雑言を彼女に浴びせた。
何も言わず私の言葉を聞いていたエルの顔はどんなものだったのだろうか。
泣きそうだった?
呆れていた?
それとも無表情だっただろうか?
全く思い出せないのは彼女の事を見ようともしなかったからだ。
ただ一つだけ覚えている事がある。
彼女が出て行く直前、嬉しそうに笑顔を見せていた事だ。
あの笑顔を見た瞬間、思わず駆け寄りたくなった。でも、出来なかったのは悪い魔法にかけられていたせいだ。
エルがアンサンセ王国を出て行ったと報告を受けてから三日後、私の体には異変が起きた。
まるで悪夢から解放されたかのように思考がクリアになっていったのだ。
「なんて事を…」
そして自分がしでかした事を思い出し胃から迫り上がってくる吐き気を口を抑える事で必死に堪えた。
私はとある子爵令嬢によって魅了と呼ばれる人の心を操る禁忌とされた魔法をかけられていたのだ。
いつから魅了にかけられたのか私は子爵令嬢を愛する人と錯覚し、婚約者であり最愛の人であったエルを邪険に扱ったのだ。
魅了にかかっていたのは私だけじゃなかった。
私の側近も、国王夫妻も、エルの家族も、友人達も皆が魅了にかかっていたのだ。
皆がエルを邪魔者扱いし、酷い言葉を投げかけ、暴力を振るい、そして断罪に加担した。
誰一人として彼女の味方となる者はいなかった。
私と同じタイミングで魅了が解けた彼らは顔を青褪めさせ、すぐにエルの捜索を開始した。
当たり前だ。彼女が子爵令嬢に対してなにかをしたという記録はどこにもなく、無実の罪で彼女を極刑にも近しい国外追放の刑に処したのだから。
罪を犯したのは私達の方だった。
今更、後悔しても遅いと分かっている。
公爵令嬢として大切に育てられていた彼女が何も持たずに国を出て行って無事でいられるわけがない。
もしかしたら、もうこの世を去っているかもしれない。
せめて亡骸だけでも彼女を家族に返してやりたい。
「エル、どうか愚かな私を許さないでくれ」
王太子が後悔に苦しんでいる一方その頃、その、エルは何をしていたのかと言うと。
「あの。これ、ちょっとだけまけてくれませんか?」
呑気にパンの値引き交渉を行っていた。
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