第一章 碌でなし領主編

第1話

アンサンセ王国を抜け隣国アグレアブル公国に入ってすぐのところにある森の中を私は一人歩いていた。


「んーっ!いい天気!」


大きく伸びをして、自然の空気を肺一杯に吸い込むと心地が良くて爽やかな気分になる。


私の名前はエル。

元の名前はガブリエル・ド・オリヴィエだったけどそれはもう捨ててしまった。

もっと正確に言うなら捨てさせられたのだ。


私は数日前までアンサンセ王国で公爵令嬢だった。

しかしとある子爵令嬢を苛めたという罪で婚約者であった王太子シリル殿下を筆頭とする家族、友人、その他貴族達に断罪された。そして終いには国王陛下から国外追放の刑を受けてしまったのだ。


先に言っておくけど私は苛めなどくだらない真似はしていない。


自分に利益にならないし、面倒だし、疲れる事など誰かするもんですかって感じ。


ただ断罪した人達は誰一人として私の味方にはなってくれなかった。

婚約者も、親しくしていた友人達も、家族ですら私の無実を信じてくれなかった。

それどころが私を責め立て、蔑めるような言葉ばかりを投げかけてきたのだ。


ちょっと前まで私を愛してくれていた人達がそのような奇行に走った原因は分かっている。

全ては苛められたと虚偽の証言をした子爵令嬢が魅了と呼ばれる魔法を使っていたからだ。


魅了とは人の心を弄び、自分の都合の良いように相手を操る事が出来る大陸全土で禁忌とされている魔法だ。

彼女がその魔法を使っていた事に私が気付いたのは断罪劇の終盤だった。


私が持つ強大な魔力ならシリル達の魅了をすぐに解除してあげる事も出来た。でも、しなかった。

急に魅了が解けて平謝りされても面倒だし、いくら魅了にかかっていたからといって散々罵倒してきた彼らを許せるわけがなかったから。


しかし魅了にかけられたままではアンサンセ王国が滅んでしまう。

歴史ある王国が消えて無くなるのは寂しいと、亡き母が大切にしていた国を消すのは惜しいと感じた私は置き土産として私が国を離れてから魅了が解けるように魔法をかけたのだ。


「ふふ、今頃後悔してるでしょうね」


私が国を出てから三日ほど経過した。

そろそろ彼らの魅了が解ける頃だ。

彼が後悔している姿を直に見る事が出来ないのは残念だけど、今更顔なんて見たくないし、声も聞きたくない。


「まぁ、いいわ。私はのんびりと旅をしましょう」


小さい頃、冒険者になりたいという夢を持った事がある。

公爵家という大きな足枷が邪魔して目指す事すら許してもらえなかったのだ。

しかし今は自由の身。

好き勝手しても咎める人も怒る人もいない。


「さぁ、これからの人生を謳歌するわよ」


おー、と一人で手を伸ばすとお腹がぐぅと可愛くない音を立てた。

そういえば、国を出てから碌に食事をしてなかったわ。

国外追放される前、屋敷から持って来れたのは質素なワンピースと自分で稼いだちょっとしたお金、それから冒険者に憧れていた時期にこっそりと購入した『これ一冊があれば森で遭難しても大丈夫!』というふざけたタイトルの本だけ。


「まぁ、この本のおかげで食べられる雑草とか見つけられたのよね」


なんでも買ってみるものだ。

しかし三日も経てば雑草にも飽きる。そろそろ普通の食事をしたい。


「そろそろ着くはずなのだけど」


もう少し歩いたところにポルトゥという名前の大きな村があったはずだ。

アンサンセ王国で王太子妃教育を受けていた際、この大陸にある全ての国、都市、町、村を覚えさせられた。

五百以上あるそれらを覚える必要があるのかと当時は思っていたが、今になってみれば教師の人にありがとうと言ってあげたい。

まあ、私を断罪した人の一人だから会いたくないけど。


「あ、見えてきたわ」


ようやく見えてきたポルトゥ村に向かって私は駆け出した。

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