第1章 第2話

「むっ、無理です!怖くて、剣なんか振れません。」

「大丈夫だから、向かってこい。」

俺の前に男が立ちはだかって、そう言う。

戸惑いながらも俺は意を決して、男の持つ剣に向かって自分が持つ剣を振りかざした。


それは、キウにあってから数日後。

指定された場所に、アイリと向かった日のこと…。


「シュリ様。今から向かう所は、この国を警護する騎士団の方の自宅になります。キウ様は、この方から剣術を学んで欲しいと考えのようです。」

そうだった…。

俺、剣なんか持ったことないし…。

運動苦手なんだけど…。

「シュリ様?どうされました?」

アイリの言葉に反応しない俺を心配してか、アイリは俺の顔を覗いてきた。

「え!だっ、大丈夫!剣なんか持ったことないから、心配になっただけだから!」

アイリの顔が近くて、ドキッとしながらあたふたしてしまった。

「大丈夫です。シュリ様は、選ばれた勇者様なのですから!」

俺があたふたしているのを気にも止めていないのか、アイリはキラキラした笑顔で返してきた。

あの…、アイリさん。

俺に対しての、期待が高すぎるのではないかい?

そして、いよいよ目的地に到着した。


そこは立派な門が構えている家で、門を抜けた所に広めの庭が広がっていた。

「はー…。ここも、又立派なお家で…。」

感心しながら門越しに庭を見ていると、庭で剣を振っていた男と目があった。

男は、そのままこちらに向かってきて…。

「もしかして、キウ殿の紹介かい?」

「はい。朱里とアイリです。」

「おー、待っていたよ。中に入ってくれ。」

男は中から門を開け、朱里達を庭に案内した。


「私はセウス・クレイモア。この国の騎士団に属する者だ。」

セウスはそう言い、手を差し出す。

俺もその手を握り返しながら、挨拶をした。

「はじめまして、朱里です。天野朱里です。」

「シュリか…。良い名前だ。」

セウスはそう言い、握った手を離し踵を返す。

「さて…。立ち話をする目的では無いだろう。付いてこい。」

セウスの広い背中を追いかけるように、俺達は後を歩いた。


「ここで、待ってくれ。」

セウスは庭の一角にある倉庫の前に立ち止まり、その中に入り何かを探し出した。

しばらくするとセウスは、2本の木製の剣を持ち倉庫から出てきた。

そして、それを俺に渡してこう言う。

「さあ、シュリの腕前を見せてくれ。全力でかかってこい。」

えー……?

無理だって!

俺は、パニックになるしかなかった。

で、最初にいたる。


「このまま動かない気か。シュリの技量を確かめるだけだ。だから、私は動かぬ。」

そう言うとセウスは、剣を縦に構えた。

「さあ、来い。」

あーもー、やるしかない。

俺は握り締めた剣を、セウスが持つ剣に向かって振りかざした…。

が…、なんでか俺が弾かれ地面に尻餅ついた。

え?

セウスはその場から動いてないどころか、最初の体勢と全く変わらない状態で。

やっぱり、無理だよ。

俺は立ち上がる事を忘れ、その場にうずくまった。

「おい。勇者様なんだろ!これだけの力しか無いなら、何も救えんぞ。悔しいなら、全力を見せろ。」

セウスにそう言われ、俺はさすがに悔しくなり立ち上がって無我夢中で剣を降りまくった。


結果俺は、体勢を崩すこと無く立ちはだかるセウスを前に息を切らしてふらついているだけであった。

「これ位で良いだろう。」

セウスの言葉に俺は再び尻餅をつき、そのまま仰向けに倒れ込んだ。

息が上がって声が出ないし、起き上がれない。

「シュリ様、大丈夫ですか?お気を確かに!」

慌ててアイリが駆け寄ってきて、俺が死ぬんじゃないかって形相で体を揺さぶってくる。

アイリ…、止めてくれ…。

体が痛いよ…。

「大袈裟だ。これ位こなせないと、訓練にならんぞ。」

セウスは笑いながら言う。

これがまた豪快に笑うもんだから、悪気は無いんだろうと思うと情けなくなる。

「だが、シュリの努力は認めよう。これから、宜しくな。」

セウスは、シュリの前に手を差し出した。

「おっ…。」

俺はまだ息切れして、声が出なかった。

代わりに差し出された手を強く握り返そうとするが、俺の手は上がらず。

それを見兼ねたセウスは、更に手を伸ばし俺の手を握った。

…と思ったら、そのまま担がれ家に向かって歩き出した。

情けない……。

この時はさすがに、アイリの顔を見れなかった。

苦笑いでもしてるんだろうな…。


『ドサッ。』

そのまま俺は担がれた状態で家の一室に連れられ、ソファーに投げ出された。

雑だわ。

「シュリよ。そのまま、休んでおれ。」

セウスはそう言うと、部屋を出ていってしまった。


「シュリ様…。大丈夫ですか?」

「なんとか…。息は整ったけど体が痛すぎて、動けない。」

「ところでシュリ様の国では、剣を持つ人はいないんですか?」

「ん?基本いないね…。いたとしても、運動の一貫で切れない剣を持つ人はいるくらいかな。後は違法に持ってるか、許可貰って飾るために持ってるか。俺の国以外では、どうか分かんないけど。」

「そうですか。でもここと比べたら、平和な国なんですね。」

「そう言い面では、平和なんだろうね…。」

そうだよな…。

昔は戦争とかあって物騒な国だったけど、今は平和ボケしてるくらいに穏やかになってるし。

帰りたいな…。

アイリとのお喋りに、お茶を飲みながらしみじみしていた。

ちょっと、体を動かせるようになったかな。


『コンコン。』

セウスさんが、戻ってきたのかな。

俺は「はーい。」と、返事をした。

「セウスさん、どこに行ってたんですか………?」

俺は開いた扉の向こうにセウスがいると思い、なんとか動くようになった体を起こし喋りかけた。

だが立っていたのは、セウスとは似ても似つかない中世ヨーロッパの様なドレスを着た、可愛らしい女の子が立っていた。

「ふーん。貴方は、相手の顔も確かめずに話しかけるのですか。失礼にも程があります。ましてや初対面なのに、セウス様に馴れ馴れしいです。」

あれ…、なんかこのお嬢さんオコなんですが…。

「アリア。ここにいたのか。」

女の子の後ろから、セウスの声が聞こえてきた。

「セウス様!セウス様が直々に稽古つけられてると知り、どの様な方なのか気になり部屋に来たところです。」

さっきまで怒りがこもってた表情が和らぎ、セウスに話しかけている。

「そうか。なら、ちょうど良い。シュリに自己紹介でも。」

そう言われた女の子は、ニコリともしない表情で淡々と挨拶しだした。

「私(わたくし)は、アリア・クレーネ。この国の騎士団に副団長として属する父を持ち、次期団長候補のセウス様の婚約者。貴方達とは、仲良くなりたいとか少しも思っていませんがセウス様の前ですので、握手くらいはしてあげます。」

そう言い、アリアは手を差し出してきた。

俺は腑に落ちないながらも、手を握り返しながら挨拶をした。

「朱里です。天野朱里って言います。」

「アマノ・シュリ…。ふーん、家名より後に名前が来るなんて変なの。」

「それは俺がこの国の人間じゃなくて、ゆう…。」

俺がそう言いかけた時だった。

「アリア。そう言えば、今日は副団長が久しぶりに家に帰られるそうだ。アリアに早く会いたいとぼやいていたから、家で待っていた方が良いんじゃないか。」

俺の言葉を遮るように、セウスがアリアに話しかける。

「父様が、帰ってこられるんですか!それならば、失礼させて頂きます。」

アリアは今での表情とはうって変わって、表情明るく部屋を出ようとした。

「でもシュリ、さっき何か言いかけた事は、セウス様から又聞かせて貰うから。」

アリアは振り向き捨て台詞を言い、部屋を後にした。


「セウスさん。何か俺、不味い事でも言いかけてました?」

セウスに挨拶を遮られた事に疑問を持ち、俺は質問した。

「キウ殿から、聞いていなかったか…。勇者が召喚された事は、一部の人間以外には秘密なんだ。この国…この世界にとって、勇者が召喚されたと言う事は魔王が誕生し崩壊する事を意味する。しかし勇者の伝説は、おとぎ話で皆知っている人が多い。だから勇者の存在を知る事で、魔王誕生を一般人が知り混乱する可能性が高く、できるだけそれを避けて穏便に事を済ませたい。」

なるほど…。

だから、アリアにも秘密だったのか。

「色々と気に掛けながらで大変だが、言葉や態度には注意して欲しい。後で、勇者の存在を知る人物の一覧でも渡すとしよう。」

あー、口滑らしそうで怖いよ。

「ところで、痛みはマシになったか?」

「まだまだ筋肉痛だらけですが、なんとか動けるまでにはなりました。」

「そうか、そうか。3日後に本格的な訓練を始めるから、それまでに回復しとくように。」

3日後から、訓練って!

あー、これから鬼の日々がやってくるのね…。


「他に聞いておきたい事があれば、なんでも答えるが。」

セウスのこの言葉に、はっと聞きたい事を思い出した。

「全然勇者関係とは、違うんですが…。」

「おう、なんだ?」

「言いにくかったら、答えなくて良いんですが…。さっきのアリアちゃん?は、セウスさんの婚約者って事だったんですが…。」

「一応、婚約者って事になっているな。それがどうした?」

「いや~、歳が凄く離れている様な気がして…。」

「なんだ、そんな事か。歳の差なんて、有ってないようなもんだろう。」

「そうだとは思うんですが、幼すぎるなと思いまして。」

「アリアの年齢の事気にしてるのか。アリアは幼く見えすぎるが、17歳になったところだ。」

えっ、17歳には見えなかった!

俺とあんまり変わらないのね…。

中学生位かと思った…。

「で、シュリはこの事を知って何か思う事は?」

「えっと…。人は見た目で判断してはだめだなと…。」

「そうだな。例え見た目に特徴があったとしても、自分の色眼鏡で判断しては相手に失礼にあたる。」

あれ?

なんでも質問して良かったんじゃ…。

先生に説教されてるみたい…。

「そうですね。以後気を付けます。」

「分かってくれたか。アリアはいつも見た目で苦労しているから、本人には年齢の事は言わないでくれ。」

「はい!分かりました。」

俺は、拳を強く握った。

でもそう言われると、セウスさんの年齢が気になって来るんですが…。

どちらかと言えば、自分の親に近いんじゃないかって感じするし…。

今は聞けないな…。

ちょっとモヤモヤしながら、握りしめていた拳を開いた。


そのまま夕食までご馳走になり、帰り支度をしていた。

いや~、豪華な食事だったな。

生きてきて今まで、あんな豪華な食べ物口にしたこと無かったわ。

など、思いながら支度していた。

「シュリ。言ってた人物一覧と土産だ。」

セウスはそう言うと、シュリに封がされた手紙と袋を渡してきた。

「この袋は?」

「それは、茶葉だ。」

「お茶?」

頭が、はてなになる。

「それは、疲労回復の効果がある特別な物だ。昼間にも同じ物を出したが、飲んでから痛みやらがマシになったと思うが。」

あっ、確かに。

まだまだ痛みは残ってるけど、動けるまで回復したのはお茶飲んでからな気がする。

「凄いお茶なんですね。」

「これは母の故郷で少ししか取れない希少価値の高いもので、この辺りで普通には手に入れられない物で。」

「そんな、大事なものを頂いて良いんですか?」

「これから勇者として責務を果たすものに対しての、先行投資ってやつだ。遠慮無く貰ってくれ。」

「えっと……。では、遠慮なく…。ありがとうございます。」

そして俺とアイリは一礼して、セウス宅を後にした。


俺とアイリは、夜道を歩いて家まで向かう。

「シュリ様。明後日は、魔術を教えてくれる方の所に行きます。予定は昼からなので、朝はゆっくり休んで下さいね。」

アイリにそう言われ、明後日が来るのが嫌になったよ。

貰ったお茶飲んで、寝ないと。


アイリの家の近くに来た所で、アイリと別れた。

アイリは自宅から通いで俺の世話をしてくれてるから、感謝でしかない。

いつか、恩返しをしたいところで…。

などと思っていた時だった。

白い何かが、勢い良く向かってきた。

とっさに避けたからぶつかる事はなかったが、それが腕を掠めたせいで引っ掻き傷みたいな痕ができて血が滲んでいる。

直ぐに辺りを見回したがそれはもう無く、回りはいつもの風景だった。

もしかしてこれが最近騒がせてる、日本での言葉で例えると『かまいたち』って感じのやつか。

かまいたちと違って、血出てるけどね。

俺は近くにあった井戸の水を拝借し、傷口を洗い流した。

良い感じに傷を押さえる物がなかったので、急ぎ足で家に向かった。


家に着き、適当な布で傷を覆いホッとしたかのようにベッドに倒れ込む。

「ちょっと、俺って。さっき凄い事あったのに、やたらと冷静じゃねー。成長したんだわ。」

なんて独り言を発してたが、単に朝から疲れすぎてて驚く元気も無かったんじゃないかなと。

そんな思考回路は直ぐに途絶え、意識を手放した。

あっ、お茶飲んでなかった。


そして、又夢の中で誰かに呼ばれた気がした。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る