中編

「今日も可愛いなー!」


 お決まりのセリフ。だって可愛い以外、言葉が出てこない。何回言っても喜ぶ君は、僕の天使。


 君が入院してからあっという間に、もう4日目。

 幸せな時間は早く過ぎていくっていうけどさ、早過ぎじゃない? 僕はまだまだ君を可愛がりたい。


 顔を汚さずにご飯が食べられるようになるまで、見守りたい。

 お昼休憩の時間、一緒に昼寝をして過ごす日々を続けたい。僕の心音を聴きながら眠る姿に、何度理性が崩壊しかけたか。

 僕が帰るんだとわかると、悲しげな顔で鳴き叫ぶ姿に、連れ帰ってしまいたくなる。

 でもできない。だって君は患者で、僕が看護する立場は変わらないから。


 もはやお世話をしているんじゃなくて、僕がお世話をされている立場だった。


 経過はすごく順調で、このままならもうすぐ退院。1度も君に会いに来ない仮の保護者の元へ帰したくないなんて思う僕も、きっと偽善者。


 あー、可愛い。お別れしたくないなー。僕の家族にならない? なんてプロポーズしたい気分。

 おっ? 目の色が変わったな。そんなに急がなくったって、誰も取りゃしないのに。


「あっ。ほら、待てって」


 顔を突っ込んでご飯を食べる癖は全然直らず、僕はニヤニヤしながら君が食べやすい位置にお皿を固定する。


 そんな時、電話が鳴った。



『あの……、4日前、交通事故に遭った子猫を連れて行った者ですけど……』

「あっ! どうされましたか?」


 いつも木嶋先生からの一方通行の電話だった。だからこれは、良い知らせかもしれないと、僕は内心喜んだ。若干……、いや、結構残念に思う自分も同時に発見したんだけれど、やっぱり見つけた人が身元を引き受けてくれるのが1番だ。


 それに、命を助けた責任を持ってもらえるのは、嬉しい。


 だから油断したんだ。悲報だって、あるのにさ。


「あの、ネットで調べて、猫をたくさん飼っている方を見つけて……。事情を話したら、引き受けて下さるって。お代もね、払って下さるそうなんです! だからその方からお金を受け取って下さい! 退院の日に一緒に行くので、よろしくお願いします! あぁ、本当によかった! それじゃ!」


 は?


 僕は一方的に切られた電話の内容が理解できず、突っ立っていた。だから理解した瞬間、受話器が音を立てて軋んでいた。


 ふざけんなよ。何がよかった、だ。

 まだ1週間経ってないんだぞ? 何勝手に決めてんだ。

 様子を見に来る事もなく、その結果がこれか?


 きっとすごい顔をしていたからバレたんだろうけど、岬先輩に肩を叩かれた。


「どうした、若者。何があったか、話してごらん?」


 僕はおどけた岬先輩の顔を見ながら、受話器を戻した。そしてそのまま、今の電話から聞かされた言葉を、機械的に口から垂れ流した。

 僕が先に怒ればよかったんだろうけど、岬先輩の顔が怒りで真っ赤に染まった。そして足音を立てて先生の元へ行き、怒鳴りながら報告していた。だからも僕も、慌てて岬先輩の後を追った。


「なんだか知らないけど、なんで様子も見に来ない人間が、全くの他人に引き渡す手はずをしてんでしょうね! まずは様子を見に来いって! 全くあの子を知らない相手に、なんで私達は引き渡さないといけないんだよ!」

「……俺が今からもう1度かけ直す。だから落ち着いて」


 岬先輩は、素直に怒りを言葉にする。長く働いていても、許せない事は許せないと、いつも言っていた。そんな岬先輩の感情を、木嶋先生はしっかり受け止めている。でも、そんな風に怒ってくれる岬先輩がいたから、僕は少しだけ冷静になれたんだ。


 君を渡したくない。


 こんな事考えてる僕は、動物看護師失格。

 だって、患者さんは平等だから。全部の患者さんに肩入れしたら、僕は破滅する。

 でもね、僕が初めて担当した君には、少しでも幸せな未来を歩んでほしいって、願ってしまうんだ。


 だから勝手に言葉が出た。


「自分があの子を、引き取ってもいいですか?」


 僕の言葉に、木嶋先生も岬先輩も驚かなかった。


「藤堂くんなら、いいよ」


 まるで僕がそう言うのを知っていたように、木嶋先生は普段の会話でもしていたように返事をしてきた。


「え……。えっ!? い、いいんですか!?」

「いいよ。あんなに懐いているから大丈夫。俺も今から電話で伝えるから。でも、あの女性が来た時に、直接自分の口からも伝えるように」

「私もそれならいい。藤堂くん、これからもしっかり面倒見なよ」


 君と、家族になれる。


 この事実に、僕は舞い上がって、忘れていたんだ。

 1週間経つまで、まだ3日もあったのにね。

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