第30話 道化の勇者様と勇者になった民達(後編)
小さな王子様は天の国で嘆かれていたのだろう。この国はいつまで、この男のように愚かなままでいるのかと……。
小さな王子様が教えてくれるまで道化だった私たちは、愚か者でいるのを止めよう。小さな王子様が遺してくれた宝を正しく受け取るために、皆で声を上げ、立ち上がろう!
そして立ち上がる際には、この道化を勇者様として旗印として掲げよう!
この勇者様は、澱んだアンソニー国の姿。
この勇者様は、腐敗した王族と貴族の姿。
この勇者様は、今までの私たち、民の怠惰な姿。
この姿を常に私たちのそばに置き、小さな王子様の望む私たちの幸せを取り戻す、その日までの戒めとしよう-。
立ち上がったのは、名もなき私たち平民だけではなかった。
小さい王子様に剣を捧げてきた一部の貴族たちも、小さい王子様の教育理念に共鳴して、アンソニー国の教師になった一族の末裔たちも立ち上がった。
それだけではない。
小さな王子様に根絶やしにしてはならないといわれた芸術の才能を守るため、外国でそれを守ってきた者たちも、全ての命を尊んだ小さな王子様によって助けられた『白黒』と呼ばれる一族達も、小さな王子様の願いを叶えるためにアンソニー国に戻って、一緒に立ち上がってくれた。
そうして澱みをなくし、腐敗した王族と貴族を裁判にかけ、それぞれを正しく処罰した後、愚かな考えなしの今までの自分たちを捨てる決心をした私たちの国は無防備で、国力を保つ大金を稼ぐ手立てを手放した。
それでも自分たちで考えて国を立て直そうと努力する私たちの前に、小さな王子様の
王族貴族がいなくなり、アンソニー国を立ち直らせるため『白黒』の一族と剣を捧げてきた一族が国政を臨時で執り行い、芸術を守ってきた者たちと教師の一族が、民達に小さい王子様が望んだ
知の力を授けるために、彼らが使った教材は、どれもこれも小さな王子様が昔々、国を救うために書いた物語の数々だった。
小さな子どもから年取った大人まで、まるで砂漠に水がしみこむ勢いでどんどん吸収していく教養は小さい王子様が書いたという事実に興味がわいた以上に、どれもこれも純粋に物語が面白くて、面白くて、自分で文字を覚えて読みたいと素直に思えるものばかりだったからだ。
賢くなってくると物の見え方も変わってくる。
今までの国政がいかに貴族に都合良い物だったのか理解できるようになり、人任せにすることの恐ろしさや愚かしさも痛感するようになった。
絹の秘密もなくなり、他の国からの侵略の心配もないとわかり、国境の制限を取り除くと『待ってました』とばかりに多くの国から
驚く民達に観光客達は各々本を取り出し、興奮気味に説明し出した。
小さな王子様の本は200年ほど前から、ずっとベストセラーで外国の者にとって、本の舞台になっているアンソニー国に来ることがずっと夢だったのだと……。
物語が好きな者は本に出てきた名所を回り、その世界に浸るため。
絵が好きな者は題材にされた風景を見て、自分も描くため。
刺繍が好きな者は題材にされた花を見て、図案と比べるため。
料理が好きな者はアンソニー国にしか存在しない、小さな王子様のオリジナル料理を食べるため。
ゲームが好きな者はアンソニー国にしか売っていない、限定版のゲーム盤を買うため。
ドレスが好きな者は小さな王子様が描き残したという、デザイン集を見るため。
来る者来る者、瞳を輝かせて、アンソニー国にやってきて大喜びで帰って行く。
食べる以外の楽しみを持った人々の姿に、この姿こそ小さな王子様が望んだ民の幸福の姿なのだと、民達は確信した。
小さな王子様の残した様々な物が、沢山の観光客を呼び寄せ続け、この現象こそ絹の秘密を秘密でないものにした、小さな王子様の宝なのだと民達は気づいた。何故なら、絹の秘密を持っていた頃より、今の方が
……そうして裕福になった分は、今度こそ民達のために使われた』
「……そうして、アンソニー国の民達は自分たちの力で、小さな王子様の望んだ幸せを取り戻して、体も心も満たされて、いつまでも幸せに暮らしましたとさー」
読み終わった孫は眉をしわ寄せて、安楽椅子の老人を見上げた。
「ねぇ、道化の勇者様は、どうなったの?」
老人は孫から本を受け取ると、孫が捲り損ねていたページを開いて渡した。
『道化は民達が立ち上がった王城の前の大広場の壇上で剣を捧げる一族に両腕を捕まれた後、気が狂ったようにわめき始めた。道化を勇者様として旗印にしようと民達は思っていたが、あんまり暴れるので、仕方なく民達は道化の
暴れていた道化は中年の男に気づくと、うつろだった瞳に光が戻った。
「あ、あんたは、アンの父ちゃ……!!丁度良かった。聞いてくれ!!俺は!」
男は両腕を捕まれて逃げられない道化のそばにゆっくり近づくと不思議なことを口にした。
「
中年の男がいなくなると、どういうわけか道化の話す言葉が民達にはわからなくなってしまっていた。何を言われても叫ばれても、何を言っているのかわからなくなった。字が書ける者が筆談を試みたが、道化は、やけに四角張った文字らしきものを書いたが、その文字もどこの国の文字にも当てはまらず、誰も読むことが出来なかった。
道化は象徴として、そこにいればいいだけの存在だ。
『勇者様』という名の道化が、この男に与えられた役割。それに元々、この道化は人の話を聞くことをしないのだから、周りの物もこの道化の話を聞く必要は無いから困ることはないだろう。何か言いたいことがあるのなら、この男がここの言葉を覚えればいいだけのことー。
……そうして道化が再び、この国の言葉を発したのは道化の金髪が白髪に変わり、美しかった顔は皺とシミだらけになったころ。道化は、しゃがれた声で一言言った。
「お、俺は……ゆ、勇者様……じゃ……な……い」
その頃には民達は戒めの姿を見なくても、努力することの大切さや知ることの大事さを理解できるようになっていたので、誰も彼もが、もう道化を必要とはしていなかった。
「わかった。お前は勇者じゃないんだな。もう、ここにお前は必要ない。好きなところへ行け」
と民達が言うと、道化は目を大きく見開いた。
「お、俺の話……を聞いてくれ……て、あ……ありがと」
と涙を一滴こぼして、民達の前から姿を消しました』
「道化の勇者様だった男の、その後は誰も知りませんー、か。どこへ行っちゃたのかなぁ?」
本を閉じた孫は本を老人に渡した後、立ち上がり、老人に出かけることを告げた。
「時間になったから、僕は今から
「あぁ、行っておいで」
「そういえばサッカーも、小さな王子様が発明した遊びなのかな?」
「イヤ、サッカーは、お前に教えてくれている、あの
「へー!おじいさん先生って、凄い人なんだね!僕ねぇ、先生の事、大好きなんだ!いつも僕たちの話をよく聞いてくれるんだよ!おじいさん先生はね、『いつも周りの
「そうかい、それは大事なことを教えてくれる、いい先生で良かったね」
「うん、じゃ、行ってきまーす!」
元気よく出かける孫を安楽椅子から見送り、老人は思う。
知という宝を得た民は、あのおじいさんのように新しいことを、どんどん考えて、この国の民の生活を豊かにしてくれるだろう。きっと天の国の小さな王子様も、今の民達を見て、喜んでくれるだろう……と。
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