第29話 道化の勇者様と勇者になった民達(前編)

 「昔々、世界で一番小さな国は王様も貴族達も民達も貧乏で、皆んなお腹をすかせて不幸でした。そんな不幸から皆を救って幸せにしてくれたのは小さな王子様でした。


 小さな王子様は聡明で愛情溢れる素晴らしい人でした。小さな王子様と貴族達と民達は、皆んなで頑張って、皆んなのお腹をいっぱいにして幸せになりました。


 小さな王子様は自分が死んでしまった後も、ずっと皆んなが幸せでいられるようにと宝を残しました。……しかし、幸せは長く続きませんでした。


 小さな王子様が亡くなって、しばらくたつと次の王様と貴族達が、欲張りになって、小さな王子様が残した宝を独り占めしていたのです。


 小さな王子様が亡くなって200年経っても、民達は小さな王子様の残した宝を知らないまま、生きていました。


 それでも、お腹いっぱいでいられるのは小さな王子様が頑張ってくれたからと感謝して暮らしておりました。ーそこへ……」


 こんな出だしで語り出される物語を幼い孫がたどたどしく読み上げていくのを孫の傍の安楽椅子に揺られながら聞いていた老人は、その物語が生まれた当時のことを思い出していた。自分がまだ老人ではなく活力溢れる若者だった頃……若者だった自分たちは、お腹いっぱい食べられるだけで満足だと思っていた頃のことを……。


『そこへ1人の若い村娘が、3人の女と1人の男を従えて民達の前に現れました。3人の女達は、それぞれが貴族のような美しい容姿を持ち、自分たちは魔法使いと騎士と神巫女だと民達に名乗りました。


 回復魔法と光の攻撃魔法が使える魔法使いは馭者と自分たちの生活の世話をしてくれる村娘に、朝昼夕と回復魔法をかけていました。


 騎士は行く先々で村娘の安全を確保し、可愛らしい村娘に話しかけようとすることさえ周りの民達に許さないほどの鉄壁となりました。


 防御魔法と神の祝福魔法が使える神殿の神巫女は幼い身ながらも蚊さえ通さない強固さの防御魔法を甘える体を装って四六時中、村娘に施していました。


 彼女たちは、常に村娘を守るように傍にいて、忠臣のように傅いていたのです。


 1人の男は、自分は勇者だと民達に名乗りました。この男も貴族のような美しい容姿を持っていましたが、その口から飛び出す言葉が、まるで人の話を聞いていないかのような、相手を無視した愚かな言葉ばかりだったので誰も、その薄気味悪い男の言葉を信じませんでした。


 この国の勇者は今までもこれからも、ずっと一人だけ……。そう、小さな王子様だけが勇者だと民達は思っていたのですー。


 勇者だと名乗る男が村娘に寄ろうとするたび、魔法使いにあしらわれ、騎士に一日中しごかれ、神巫女に追い払われるのが日課のように所構わずに繰り広げられる姿は、とても滑稽でした。


 どれだけ邪険にされても、そのことにまるで気づかないで、3人の美女に勇者様と呼ばれて、終始ご機嫌な男の姿が愚かすぎて、滑稽なのに哀れを感じて……、何人かの民が、男があるものに重なって見えることに気づき、小さな王子様の200回忌二国合同式典の時に見た、大道芸人のうちの一人にそっくりだと言いました。


 その大道芸人の芸とは相方の、面白おかしく滑稽なことばかりするもので、その顔も白塗りで目鼻口を誇張した化粧で笑顔を作り、笑いを誘うが、その片頬には涙が一滴書き添えられて、笑顔の中に涙がある不自然さが愚か者の哀れを表現しているのだと、ある貴族が通ぶって解説してくれたと、その民は語りました。


 その時の大道芸人は自分のことを『将軍様』と名乗っていましたが、貴族は、その大道芸人のことを道化と呼ぶと言い、芸をしている間は彼を『将軍様』と呼ばないといけないのだとも教えてくれたそうでした。


 道化は『将軍様』になりきって、愚かな振る舞いをする芸人。……つまり、勇者様を名乗っている、この愚かに見える男は、その道化なのだとわかって、民達は納得しました。この男が人の話を聞かない体で愚かな振る舞いを止めないうちは、勇者様と呼ばねばならないのだと知った民達は、道化の男のことを『勇者様』と呼んでやりました。


 民と同じ茶色の髪と茶色の瞳を持つ女性は、どう見ても普通の村娘にしか見えないのに、どうして貴族のような美しい容姿を持ち、それぞれが素晴らしい力を持つ女性達が揃って傅き、守るのだろうと民達は不思議に思っていました。


 そして4人の女性たちが聡明なのに対して、1人の男性の道化っぷりは何なのか?何を意図して、あえて、道化を連れて国中を回っているのだろうか?彼女らの旅の目的は何なのか?そして村娘にしか見えない、この女性の正体は何者だろうかと皆が興味津々でした。


 行く先行く先の町村で魔法使いが民達一人一人に話しかけ、民達の暮らしを調べたいから教えて欲しいと頭を下げました。騎士は、この国の民を救おうと思うから、国中を調べているのだと言いました。民達は皆んな、お腹いっぱい食べられるのだから不幸ではないと思っていたので、美しい女達を不審に思いました。


 そこへ神巫女が、これから村娘が本を読み聞かせをしてくれるので一緒に聞こうと民達を誘いました。多くの民達は字が読めなかったけれど、物語を聞くのは大好きだったので、とても喜んで耳を傾けました。そうして読み聞かせが始まって、しばらくすると民達は気づきました。


 ……これは、神殿の神巫女だという幼女に読み聞かせるように見せかけて、実は村娘が自分たちに話を聞かせたいのだと。彼女が自分たちに何かを伝えようとしているのだとー。


 民達は彼女の話をよく聴くことにしました。鈴の音のように心地よく穏やかで優しい声で、彼女は教えてくれました。


 小さな王子様が民達のために宝を残してくれたことを。

 小さな王子様が願った自分たちの幸せが奪われていたことを。


 まるで、そこに本当に小さな王子様がいて、自分たちに話しかけているのではと錯覚してしまうほど、村娘の言葉は民達の心の深いところにまで、染み渡っていきました。


 小さな王子様の心を知ってから、勇者様と名乗る道化を見ると、どうして彼女が道化を連れているのかが、わかりました。


 あの道化は今のアンソニー国の姿、そのものだとー。


 自分の言いたいことだけをぶつける厚顔無恥な姿が欲望に囚われた王族や貴族たちの姿に見え、外見だけで中身がない薄っぺらい姿が、国として発展していない今の国内の姿に感じ、目先のことだけに捕らわれて周りが見えていない姿が、体は飢えていなくても心が満たされていないのに気づかない自分たち……、そう、王族や貴族だけではない、道化の姿が自分たちの姿だと知らしめるために、彼女は道化を連れていたのです。


 ああ、小さな王子様……。


 あなたは200年の時を超え、再び国を救おうと自分の心を民に伝えるために、天の国から3人の守護天使を従えて、村娘の姿で我々の前に現れてくれたのですね?そして私たちに道化を与えて、天の国に還られた。


 ……これは、何も考えずに生きてきた私たちへの小さな王子様の謎かけなのだ。考えろ、考えろ!!今まで食べられるだけで満足し、考えることを怠っていた民達よ、考えろ!


 ……そうだ、道化は勇者の剣を抜いたという。勇者は小さな王子様を表す言葉だから、この道化であるはずがない……。


 いや、考えろ!小さな王子様は何が言いたい?何を民達に伝えたい?


 ……そうだ!道化の姿は王族であり貴族であり、民である私たちの姿だと小さな王子様は言っているんだ。と言うことは……?


 ?王や貴族や私たち民も道化……だとしたら!?


 そうか!!私たちも勇者道化!!つまり、この国を救おうと立ち上がり働いた小さな王子様と同じ勇者になれると小さな王子様は言いたいのだ!


 勇者とは国のために立ち上がる者を称する言葉だったのだ!そこに国のためを思う心があるのなら、身分なんて関係なのだと、小さな王子様は私たちに伝えたかったのだ!


 そういえば、小さな王子様が心を伝えた姿は普通の村娘の姿だったし、私たちに残された、この道化も貴族のような容姿をしているが、れっきとした平民だという……。


 つまり!民自ら立ち上がれと小さな王子様は伝えたかったのだ!!

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