第28話 前世の不遇な俺と今世の勇者の俺⑦

 王城を出た正門前の大広場で沢山の人間が集まっていた。ガーネットの父と兄たちだと名乗る男達が急ごしらえで作った木製の壇上の中央に俺を立たせて、両横で大声を張り上げた。


「皆、魔人族の協力で、さっきの王城の謁見の間の出来事を映像魔法で見てくれていたことと思う!あの映像は、が2ヶ月間、この国内を隅々まで旅して、泊まった家々に映像を映す水晶を置いてきてくれたので、国中の民が知る事実になった!


 この2ヶ月間、我々は、ここにいる勇者様のおかげで、『アンソニー様の望む民の幸せ』を知り、我々アンソニー国の民が得るべき幸せが王家と貴族の怠慢で得られていないことを掴んだのだ!通り、この国はこれから守護もなく、絹の秘密も失うが、我々には『アンソニー様の望む民の幸せ』を得る権利がある!!そのために立ち上がれ!!この勇者の剣を抜いた勇者様の元で!!」


「「「「「オオーーーーーー!」」」」」


 壇上の男達の呼びかけの声に大観衆が雄叫びのような声を上げ応えた。皆は口々に「アンソニー様の宝を正しく受け取ろう」とか「アンソニー様が見守っておられるから頑張らねば!」とか「貴族達がかすめ取っていたアンソニー様の宝を返してもらおう」等と、大興奮した様子で話し、それぞれが鍬や鋤や武器になりそうな物を手にし、もっと大勢の人を集めようと声を掛け合っている。


 ……何だか、ものすごい大事になってきてないか、これ?俺は引くに引けない、この状況に気後れしてきた。そうだよ、前世の俺は平和な日本で生きていたんだ。こんないかにも……歴史が大きく動いた瞬間……みたいな状況なんて体験したこと無いんだよ!平和ボケした日本人が異世界転生しただけなんだから、こんなものの首謀者なんて絶対無理なんだよ!


 それにアンも姫も女騎士も神巫女も……誰も俺の傍にいない。俺は……こんな大層な戦いなんて考えちゃいなかった。俺はただ、俺の女達といちゃついて、他の皆にもチヤホヤされて、一生パラダイスみたいな人生を送りたかっただけだった。こんなハードな展開なんて、しんどそうだし、怖いから、絶対したくなんだよ!


 そうだよ。前世と違い、俺は俺の本当の人生を楽して生きていきたいんだ。こんな……何だか物騒な展開なんて、俺は望んでいない!こんなのは嫌だ、俺は逃げたい。そうだ、今すぐ逃げて、俺は田舎に戻って村長になろう。皆が俺を大好きで大事にしてくれて、何でも言うことを聞いてくれる、あの場所に戻ろう……。後ずさりした俺の肩が誰かにガシッと掴まれて逃げられなくなった。振り向いたら、あの教師がいた。


「どこに行こうというのです?田舎の村には戻れませんよ。あなたが王都にいる間の仕送り請求額がドンドン高額になり、払えなくなった村長が村のお金に手をつけたのが発覚して、あなたの両親は捕まりました。村の皆は、あなたを甘やかすことしかできず叱れなかった村長夫妻に悲しみと怒りを覚え、善良だった夫妻が悪事に走る原因を作ったあなたを憎んでいますよ。あそこにあなたの居場所はもうありません」


「お、俺は、勇者なんて……」


「勇者になんてなりたくなかった?また都合のよい記憶の捏造ですか?そんなことは無駄ですよ。あの時の王城の中庭には大勢の目撃者がいます。それでも足りなかったら、城の防犯映像魔法を三毛猫王ミュカに頼んで公開して、見せてもらいますか?」


 教師の後ろに三毛猫王ミュカがいて、あの時の俺が現れる。


「私もわずかながら、映像魔法は使えるんですよ。ミュカの映像に映る、あの時の心の中の声さえもバッチリ再現出来るんです!」


 教師が得意げに何やら呪文を詠唱した。


(ー俺は、これこそが俺の運命だと直感した!!そうだよ、田舎の村長なんて、おかしいと思ったんだ!村長より貴族より王子より、凄いものにならなきゃ、異世界転生した意味ないじゃん!俺は、もっとすごいことが出来る男なんだ!俺は、これを抜いて勇者になるために生まれてきたんだ)


 あの時の俺の心が、今の俺をバラの蔓より、刺々しく拘束していく。


「あ……あ……、、俺の話を……」


?」


 教師は笑みを絶やさない表情だが、目だけは笑ってはいなかった。


「あなたは、ずーっと誰の話も聞かなかったじゃないですか?きっと、あなたはずっとずっと前から、それこそ……、だったのでは?」


 クスクスと声だけが笑い声を上げた。ミュカの映像魔法があの時の俺たちの姿を流していく。俺は俺の仲間だと思っていた奴らの怒鳴る言葉に愕然とした。


(「おい、立ち入り禁止だぞ!入るな、ウェイ!っおい!それに触るな!!」「やばいって、ウェイ!それは、ダメだ!お前はカモにはなれても、勇者なんてなれるわけないだろ!」「顔だけ男なんだから、そろそろ自覚しろよ!」「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、ここまでとは!?……おい、もう、こいつ、捨てて行こうぜ!!どうせ、これ以上金も引き出せないだろうし、ここにいたら俺たちまで仲間だと思われて捕まるぞ!!」)


 カモってなんだよ?俺は仲間じゃなかったのか?皆は俺の友達じゃなかったのか?お前達まで前世の奴らのように俺を馬鹿にしてたのか?


 勇者の剣の柄を手にしたときの、あの時の俺の心が今の俺の首を絞めようとする!


(俺は勇者の剣に手をかけた。光に包まれることもなければ、雷鳴が轟くこともなく、拍子抜けしたけど、剣は何の抵抗もなく抜けた。やっぱり俺は勇者だ!俺は勇者の剣に選ばれたんだ!さすが異世界転生者!)


「ああ、やっとだ。やっと自分の言った言葉や自分の心の声だとことが出来た。あなたはあの時、自分が勇者だと思ったし、なりたかったのでしょ?皆が勇者の剣を抜くなと止めていましたが、人の話を聞くことが出来なかったあなたが、自分の意志で抜いたんですよ。人の話を聞くより、勇者愚か者になることを選んだのは、あなたです」


 教師が俺をまた木製の壇上の中央に戻し、後ろから俺にしか聞こえないくらいの声の大きさで囁いた。


「大丈夫、なんて乗り越えなくても、どんな形であれ、これからも、あなたは勇者でいられます。ただ、だけで……」


「だ、誰も……聞いて、くれ……ない……?誰も……?」


「……前世のあなたは最期のとき、弟の話をのでしょ?聞いてマンホールの穴へことにして落ちた。怪我をすれば家族が優しくしてくれると思って、怪我をすれば予備校にも働きにも行かないですむと思って、逃げて……命を落とした。


 唯一あなたを無条件で愛してくれた家族を裏切って悲しませたから、あなたの魂の色は、あのように汚れた色になった。でも今回は……もう、逃げられませんよ、勇者様……」


 顔だけで後ろに目をやろうとしたら、そこにあの教師の姿はなかった。誰もそこに教師もミュカもいなかったと言った。


 大音量の歓声渦巻く中、ガーネットの父と兄たち……剣術の達人達に両脇を支えられて、俺は空を見上げることしか出来なかった。涙が頬を伝って流れていく。


「皆の熱い気持ちに勇者様が涙に打ち震えていらっしゃるぞ!」


「「「「「おおーーーーーーーーーーーーー!!」」」」」



『勇者の使命は、停滞しているアンソニー国の澱みを解消し、民達の幸せを向上させるための道筋を作ること!!いざ、勇者、出立!皆、後に続けー!!!』


「「「「「おおーーーーーーーーーーーーー!!」」」」」


 誰も俺の話を聞いてくれない。俺はもう逃げられない。だって、ここにはマンホールなんて、ないのだから……。

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