第25話 前世の不遇な俺と今世の勇者の俺④

 モテすぎるっていうのも、困りものだな。チビで怖がりで泣き虫のアンが虐められるのが嫌で、ウェイなんて嫌だ、子分なんてなりたくないと心にもないことを言う。大丈夫、虐めなんて、すぐ止めてやるさ。


「照れるなよ、大丈夫、泣き虫も怖がりも俺が直してやるよ。だってお前は俺の一番の子分なんだからな!みんなも協力してやってくれ」


 こう言っとけば、俺の気持ちは周りのガキに伝わるはず。俺のことを好きなんだから、俺のアンをいじめようなんて、もうしないはずだ。俺の一番の子分として、アンは特別大事にされるだろう。俺の期待通りに村中の男のガキたちが、俺の好きなものをアンに差し入れしようと、カエルを持って追いかけたり、村中の女のガキたちもアンを積極的に遊びに誘うようになった。


 ほらな、問題解決だ!さすが、俺!!俺の一番の子分として持て囃されるようになったアンは、本当に恥ずかしがり屋で、俺に礼を言うこともできずに俺から逃げてばかりだったが、きっと俺に感謝しているんだろうな。言葉にしなくても、わかっているからな、アン。村中の人間に綺麗だと可愛いと持て囃され、一番の子分も出来て幸せだった日々は俺が9歳になって、王都の学校に行く日まで続いた。


 俺は将来村長になるために、学校に行かなければならなかった。俺は村を出ることが心底嫌だった。俺は一番の子分も連れて行きたいと両親に駄々をこねたが却下されてしまった。本気で嫌だとごねまくってみたがダメだった。仕方ない、俺は村長の跡取り息子だ。アンも悲しみをこらえながら、笑顔で見送りしてくれているんだから我慢しよう。


 何、俺は前世では高校まで行ったんだから楽勝だ。俺がいない間、他の子分たちにアンの面倒を見るように命じると、皆は笑顔で頷いて大丈夫と答えてくれた。前世で俺を馬鹿にした奴らに言いたい!今の俺のカリスマ性を見ろ!これが俺の実力!本気出した俺の本当の姿だ!


 楽勝だと思ってた学校を4年も留年することになったのは、担任の教師の無能さと俺への理解のなさが主な原因だった。何だよ、勉強のカリキュラムは何とかこなしてんのに、何で進級させない?


「明らかにカンニングだとわかるものを受け入れることは出来ないよ。それに人間性が未熟なまま、学校から社会に出すなんて無責任なこと、アンソニー様の教育理念に惹かれて、この国に移住した、ご先祖様の名前に賭けて、私は絶対にしないよ」


 この国の金持ちと貴族だけが入ることが出来る、この学校で俺が入学した年に、この教師がここに赴任してきて、俺の担任になったことが俺の不運だったのだろう。無能な教師の口癖の「アンソニー様」にうんざりする。


 文字を読み書きできるようになってから、この教師が、事あるごとに学生に読むよう勧めるのが『~アンソニー様の軌跡~』っていう、大昔の王様の伝記だ。それを勧めるのは、この教師だけで、こいつは永世中立国にある学院というところに、留学していたらしく、熱狂的なアンソニー様オタクってやつだった。伝記なんて、誰も読もうとしないし、俺だって本なんて嫌いだ。本を読まない俺たちに失望した表情で、でも、この国の偉大な王の話をすることをこいつは止めない。俺はこいつにウザさ倍増だったが、少しだけアンソニー様という昔の王のことが気になっていた。


 ……なんか、アンソニー様って人、何気にチートじゃね?なんて前世じゃ珍しくもなんともないものだったような……?母さんが欲しがっていた、何とかのスカーフとかが確か、絹で出来てたんじゃなかったかな……。


 あれ、絹って何で出来てたっけ?プラスチック的な何かだったっけかな?アンソニー様って、もしかして俺と同じ異世界転生者じゃね?じゃ、俺にもチートて、あるのかな?今は、まったくない魔力も突然溢れて出てくるとか?えー、輝く美貌にチートなんて加わったら俺、無敵じゃん!!学校続ける必要ないじゃん!!


 学校にいる意欲を急速に低下させた俺に、さらに驚きの手紙が届いた。字が書けないからと村の誰かに代筆してもらったという、その手紙は俺の子分たちからの裏切りの手紙だった。


 16歳になったアンに交際を申し込みたいだと?子供のころの虐めを悔やみ心から謝罪したいだって?村一番の料理上手で、刺繍の腕も素晴らしく、穏やかで可愛らしい大人の女性になったアンを娶りたいから、一応俺にも一言、言っておくために文をよこしただと?


 ふざけるな!!アンは俺の一番の子分!つまり、アンは俺のもの!!こうしちゃいられない!!俺は裏切りの手紙を偽って、実家からの大事な用件だと言い訳して退学した。担任は最後までうっとうしかった。


矯正したかったのに残念だよ」


 俺は帰り支度をすませたが、王都から出るのだからと最後に仲間と遊ぶことにした。留年仲間の何人かを誘って、いつも俺たちが、たむろするカフェに入った。前世で友人は出来なかったが、今は俺には友人がいる!こいつらは勉強は出来ないが気の良い奴らで、ギャンブルや酒に誘ってくれるし、女の子に声を掛けるときは、絶対俺を誘う。遊びに俺が来ないと困るなんて嬉しいこというんだから、本当の友情って素晴らしい。裏切りの手紙を送ってきたあいつらと比べものにならない!


「ほんっとに、ウェイがいなくなると困るよ。いいカモで金づるで顔だけはいいから、女受けはよかったのに……。いや、何でも、こっちの話。で、ウェイ、どこ遊びに行く?」


「親父さんの金がまだ、たんまりあるんだろ?カジノもいいけど、『深夜の貴婦人の館』最近行ってなかったろ、行っちゃう?」


「っば、馬鹿!!ミカちゃんの前で、下品なこと言うな!!」


 このカフェのウェイトレスのミカちゃんが注文を取りに来た。


 オレンジがかった茶髪とオレンジの瞳のミカちゃんは、このカフェの人気のウェイトレスだ。前世で例えるなら小悪魔系美女という感じ。しかも前世のメイドカフェのウェイトレスっぽい制服。ここの厨房にいるパティシエールのルゥちゃんは茶髪茶目の天使系美少女で、二人でカフェをやっている。ここに通うようになって4年近く経つけど、二人のプロ意識はとても高い。俺のことを気に入っているだろうに二人とも、あくまで店員としての態度を崩さない。


「お客様、ご注文は?」


女性にしては抑揚のない、やけに低い声なのが、ミカちゃんの唯一の欠点ではあるが、これがもう聞けなくなるのかと思うと俺は無性に寂しい気持ちに駆られた。


「俺たちは、いつものゴージャススペシャルティーで。ねぇねぇ、ミカちゃん、俺、田舎に帰るんだ。寂しくて辛いだろうが、こらえてくれよな」


 そう言ったら、ミカちゃんの目が大きく見開かれた。いつも何を言っても、表情を変えないミカちゃんも、俺がいなくなるって聞いて、動揺を抑えられなかったようだ。


「ほ、本当ですか?」


「あぁ、ウェイは生まれ故郷で家業を引き継がないといけなくて、学校も辞めたんだよ」


「もういなくなるんですか?」


 俺が頷くとミカちゃんは一瞬唇を噛んで、何かの感情をこらえているようだった。 その時、予感がした。


「お茶5つ、お持ちしました」


 ミカちゃんの配るお茶の受け皿に、小さなメモがあった。俺の予感が当たった。


「ちょっと、トイレ」


 ミカちゃんのメモの指示通りに、トイレに行く振りをして、店の裏でミカちゃんを待つ。どうしよう、告られるよな、この展開。さすがに付き合うのは、遠距離過ぎだから断らないと。泣いてすがられるよな。本当にイケメンって、罪な存在だよ。キスくらいはサービスで、してやってもいいか。足音が聞こえたので振り向こうとした俺は、腹に強烈な一撃を受けて、店のゴミ箱に突っ込んだ。


「ゴフッ!」


「ここは店の外だ!やっとお前を殴れる!4年間、よくもルゥと俺に散々つきまとってくれたな!いくら断っても断っても、しつこくしやがって。お前のせいでルゥは男が怖くなって、ウェイトレスが出来なくなったんだぞ!」


 涙ながらに俺に告るはずのミカちゃんが大股開いて拳を繰り出したままの体勢で、低くて野太い男のような声で俺に罵声を浴びせてきた。

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