第20話 村人の彼女と騎士の私③

 この後の勇者出立から第一王太子が戻ってくるまで……隣国の国境までの2ヶ月間が勝負なのだ。幸い、私の上の兄たち二人共が、第一王太子の旅の同行に行く前に謎の熱病(王家のための伝記を読んだ後の衝撃によるもの)にかかってしまい、同行を外されている今が好機なのだ。


 一族の思惑を城にいる連中に悟られないよう、私は当初の計画通りに愚かな恋する乙女を演じなければいけない。以前なら、それは苦も無く出来ると思ったのに、何でよりにもよって、彼女の前で他の人間を好いたフリをせねばならないんだと、心の中で私の知らない私が頭を抱えて呻いているように思ったが、私は無理矢理、それを気合いでねじ伏せ、やり場のない怒りは目の前の愚かな男を鍛え抜くことで晴らすことにした。


 旅が始まり、最初に懸念していたこと……私の演技力のなさで、愚かな男を恋する乙女ではないとバレる心配は杞憂で終わっていた。男は完全に私が男に夢中だと思い込んでいる。扱いやすい男で助かったと思いつつ、私はさらに精進して、もっと完璧な演技を目指そうと心に誓う。だって私が恋する男の傍に他の女を近寄らせたくない態でいれば、常に彼女を男から遠ざけ、彼女を男から守ることが出来るのだ。彼女を守ると思うだけで気分は最高に高まり、気合いがドンドン漲ってくる。


 姫と神巫女と同じように初めの数日、私は彼女に対し、怖い女の虐めを頑張ってやってみたけど、罪悪感が半端なかった。アンに冷めた目で見つめられると泣きたくなって、地に伏せて許しを請いたい衝動にかられて困ってしまった。姫達が軽い悪口を叩くだけになって、少しだけ罪悪感が軽くなった。


「もうあなたって本当に戦えない、どうしようもない凡人なんだから!今夜はお肉にしてよ!」


 お城にいる時より食事量が増えた姫は、弾んだ声でアンに甘えるようになった。初めての外の世界に、毎日がとても楽しそうだ。姫は私達に聞かれないようにしながら「この国を救う使命を持つ勇者様の命令で、民の暮らしを調べています、どうぞご協力ください」と丁寧に行く場所、行く場所で、色んな民たちに声を掛け、隠れて撮影している三毛猫王ミュカの配下に映像魔法で記録させている。


 姫の言い訳を聞いて、その内容が私たちの狙いに沿っていて、知られたのかと焦ったが、この調査こそが姫の狙いなのだと得心を得てからは姫に協力すべく、勇者様を毎日鍛え抜いた。通り過ぎる民に何をしているのかと問われれば、「この国を救おうと立ち上がるために、まずは体を鍛えたいという勇者様の申し出があったので、体を鍛えながら民の暮らしを調べるための旅をしている」と答えた。


「戦えぬ平民など、足手まといにしかならないのが、わからないのか!今夜は魚と決まっております姫!」


 筋肉痛で思うように動けなくした男の行く手を阻み、アンの近くに行く。


「わーい、デザートはオレンジのパンプディングだ!えっと、この役立たずの平民め!おかわりも作ってよね!」


「お前ら、アンにまとわりつくな!アンの一番のそばは俺だぞ!」


 と6歳の子供とガチンコでおかわりを奪い合う男が見苦しい。


「確かに茶色の髪に瞳と、ありふれた容姿ですな。姫の後は私の鍛錬着を繕ってくれないか?刺繍はいつもの百合を」


 初めて、私の白い鍛錬着に白い糸で可憐な百合の刺繍を施してくれた時、柔らかい穏やかな澄んだ声が聞こえたような気がした。


『白い百合を貴方に捧げます、愛しい人。……ふふ、白い百合の花言葉は「純潔」って言うんだよ、ユーリ』


 私は思わずアンを抱きしめて泣いてしまった。その声の持ち主に心当たりはないのに涙が止まらなくなった。アンは「ガーネット様の凜とした姿が百合の花のように綺麗だし、ガーネット様の綺麗な紅い髪色と同じ色の百合でも良かったのですが、ガーネット様は白がお好きなように思ったので白百合にしたのですが、お嫌でしたか?」と眉をシュンとさせたので、私は抱きしめたまま首を横に勢いよく振った。それ以来、私もアンについ甘えるようになってしまった。


「二人ともずるい!この地味平民は私のハンカチにウサギさんつけてくれるって、先に約束したの私なんだから!」


「お前ら、アンにまとわりつくな!アンは俺の一番の子分なんだぞ!」


 男は、とにかくアンに近づこうとするが、本気でアンが嫌がっているので、私は男に好意があるふりを利用して、アンを全力で守ろうと決意する。


「何だかお城を長く離れるなんて、初めてで落ち着かないわ。あなたの地味顔、落ち着くから、今夜は私の横で寝なさい」


「なるほど、確かに落ち着く顔ではありますな。でも、この者が寝ている姫に悪さを働かないように私も隣で眠りましょう」


 アンと同じ部屋で眠れるなんて……嬉しすぎる。


「ずるいずるい!!二人とも大人でしょ!今夜はココルに寝る前のお話してくれる約束したもの、ね、アンは私の地味顔よね?」


 アンは読み聞かせもとても上手だった。


 初日からココルに読み聞かせをするのを見て、『アンソニー様の望む民の幸せ』のために動くことを決めた一族たちに、敵の目を欺きつつ下地作りも頼まれた私は、今後のために民達にも『アンソニー様の望む民の幸せ』を知ってもらう必要があったので、アンの読み聞かせを利用することを思いついた。


 アン以外の勇者パーティーの面々は(ウェイは貴族ではないが)貴族によくある派手な容貌をしているので、宿を貸してはくれるものの、民達は私たちには親しげに話しかけてはこないので、その方が効果的だろうと予測できた。


 サリー姫が王城から、持ち出し厳禁のはずの王家の伝記をこっそり持ち出しているのを気づいていたので、アンソニー様のことをまったく知らないココルのためにと、姫を説得して本の貸し出しを了承させた。ココルに読み聞かせてくれないかとアンに頼んで、サリー姫からお借りした2冊の伝記を宿を貸してくれた民の家で読み聞かせをしてもらう。


 このアンソニー国へやってくる他国の者はを求める者ばかりで、彼らは王都にしか、やってこないし、この国の者も大きな買い物をする以外では、自分の住んでいる場所を離れることはないので、旅人というのは、本当に民達にとって珍しいものだった。


 珍しい物見たさに私たちのそばには近づかないが、常に周りを囲んでいる状態だったので、当然アンの読み聞かせは、民達の耳に届くことになる。アンソニー様のことを知らなかったココルも、アンソニー様のことを言い伝えとして口伝でしか知らなかった民達も、この二つの伝記にすっかり夢中になっていく。


「お腹いっぱい、ご飯が食べられる今の暮らしに何が不満なんだ?」と怪しむ民達の前で、アンソニー様の言葉が、アンの声で語られると彼らは黙り込んでしまう。読み終わって次の日、アンに「アンソニー様の望む幸せを求めるのは、俺たちの当然の権利だったのに、俺たちも愚かだったんだ。あんた達のおかげで目が覚めた。勇者が立ち上がるときは、俺たちも協力する」と決意表明されるのが常になるのに、時間はかからなかった。ココルに本を読み聞かせているとしか思っていないアンは、首をかわいくかしげていた。私は彼らに私たちの後にやってくる二人の兄の話を聞いてくれと伝えた。

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