第19話 村人の彼女と騎士の私②

 《民を愛することを忘れ、民に尽くすことを怠り、民と共に幸せを求められなくなったとき、王家は王家ではなくなる。王家や貴族とは、この国を守る役割を民に任された者を指す。この国に住まう全ての民の幸せを共に考え、身を粉にして尽くし、求め続ける気高き魂であれ。民たちよりも富んだ特権を与えられているのは、その任を遵守するためであり、我ら王侯貴族が民たちより優れているためではないと心せよ-》


 沢山の宝石やドレスに囲まれた部屋で、アンソニー様の言葉を暗唱したサリー姫は悲しげに私たちに微笑んだ。


「国民向けの物と王家向けの物を合わせて読むと、アンソニー様が求めていたことが、よくわかるの。でも200年経っても、それが叶えられていない。どうしたらいいか、わからないけど、何かをせずにはいられないって、心が焦るの」


 サリー姫同様、私たち一族も何をすればいいのか、その時はわからなかった。


 でもアンソニー様の想いを知ってから間を置かず……あの事件が起こった。


 王城の中庭の勇者の剣が抜かれたのだ。


 アンソニー国、始まって以来の大きな転機に、私は天の采配を感じずにはいられなかった。抜いたのは愚かな男だが見目は悪くない。私と父や兄たち、そしてアンソニー様の想いを知った親類縁者達の皆で何度も話し合い、私たちは一族総出で一世一代の命がけの賭けに出ることにしたのだ。


 私の役目は勇者の剣を抜いた愚かな男をとして扱い、傍にいること。


 出来るだけ目立ったほうがいい。一族から目を背けてもらえるように、愚かな男に恋に落ちた愚かな娘を演じる方がいいのだろうけど、剣の鍛錬に明け暮れてきた私に、そんな芸当が出来るか、責任重大で身が引き締まる思いがした。取りあえずは勇者に挨拶だと、白銀の鎧を身にまとえば、やはり引きつった表情のサリー姫が愚かな男の傍にいた。


「……あなたにとって、その鎧って勝負服なのね」


 姫の視線からは男への熱い想いは感じられないので、サリー姫にも何か思うところがあっての今回の暴挙なのだと察する。姫の適当な褒め言葉にデレデレとしつつ「いやぁ、俺が魅力的なのは、わかるんだけど、俺にはアンって言う……」等とゴニョゴニョ言って、まんざらでもなさそうな表情の男に、あの程度の演技力でいいのならと密かにこれからのことを思って安堵した。神殿から来たという6歳の小さな可愛らしい幼女が、男を薔薇のトゲトゲで拘束し、至る所を触りまくるのを青い顔で見ていた姫が私にこっそりと声をかける。


「ガーネット。考え直すなら、今よ。私の暴挙に付き合うとあなたまで処罰されちゃうし、命までなくなっちゃうかもよ」


「ご心配なく。私には私の行動理由があるのです。ですが、ありがとうございます。道中の姫の貞操は必ずお守りいたします」


「ありがとう。でも私には魔法があるから」


 ユーリ様の子孫に当たるサリー姫は、人の身とは思えないほど魔力が高く、光魔法と回復魔法が使えるから勇者の剣を抜いたの男など、足下にも及ばないだろう。だが万が一ということもあるので、男に剣を教えるという名目で男の体力を根こそぎ奪って不埒な考えなど浮かばないようにしてやろう。これからの算段を心の中で組み立てている私の前に、勇者の一番の子分という村娘がやってきた。茶色い瞳と髪色を持つ小柄な女性は、アンと名乗った。


 まぁ、あなたが勇者ウェイの一番の子分?なんて地味で平凡な容姿なの?そんな細腕で魔王に立ち向かっていけるかしら?大人しく村にいればいいのに」


 サリー姫は私の一族と同じくらい、アンソニー様を慕っている。アンはアンソニー様と同じ瞳と髪色で、サリー姫の憧れのアンソニーカラーの持ち主だった。


 サリー姫は間近にそれを目にして、興奮しているようだ。精一杯憎らしげに、頑張って悪口を言っているが、頬の紅潮は隠せていない。


「本当にこれではウェイ殿の足手まといにしかならないではないか!ウェイ殿考え直されるがよかろう」


 紅い髪を一つに三つ編みにした私も姫と同じようにアンを睨む。こんな可愛らしい女性をこの男のそばに置くなんてと考えるだけで、嫌で嫌でたまらなくなった。私は当初の一族の計画を忘れ、男を切り捨てたくなったが、グッと思いとどまるため、勇者の剣を持つ方の腕を掴むことで冷静であろうと必死に耐えた。彼女に対し、失礼な事を言ってしまったことに罪悪感を持つが、これで彼女が帰されるなら、その方がいいので謝罪はやむを得ず、控えることにした。


「この子は本当にただの小娘よ!剣も弓も魔法だって使えない!私みたいに神の力も使えないじゃない!」


 シルバーブロンドの髪を腰まで垂らした、淡いピンクの瞳の幼女の可愛らしい顔が小憎らしい表情にゆがむ。勇者パーティーが結成されると聞いて、神殿から送り込まれてきたのは神巫女のココルだ。さっき、男を好き勝手に触りまくっていたので、どうやらを取られるのが、気にくわないのだろうと思った。男の両腕を姫と私が腕組みし、その足には神巫女らしき幼女がくっついた状態で愚かな男の言う、一番の子分を出迎える。


 喪服のような黒いワンピースを着た、茶色い目と髪の小柄で素朴な顔立ちだけど、可愛らしい女性が死んだ魚の目のようなうつろな目をして私たちを見つめている。そんな顔でも彼女は、とても可愛らしい。ああ、彼女は、この状態が異常事態だとキチンと認識しているまともな人間なのだと安心し、その賢さも愛しくてたまらない。ウェイの一番の子分と聞いて、どんな愚かな人がくるのかと恐れていたのだけどー。どうせなら彼女の笑顔が見てみたいと思う自分が不思議だった。


 回復魔法と光の攻撃魔法が使えるサリーミレジェット王女に、女騎士としてはダントツで剣術に秀でている私に防御魔法と神の祝福魔法が使える神殿の神巫女ココル。私たちが勇者ウェイのパーティー仲間であると城の補佐官だと名乗った宰相に紹介されて彼女は、


「そうですね、では、これで」


 即座にきびすを返し、帰ろうとした彼女の肩をつかんだ愚かな男が、ニッコリと微笑んだ。


「大丈夫、お前はなにもしなくていい。俺が守る。ただ俺のそばにいて、俺の活躍を見ていてくれ!」


 単なる村長の息子ウェイの容姿は、たしかに貴族のように輝く容姿であるけれど、ただ、それだけだ。!!私は激しい怒りに飲まれそうになる。さっきから何かが、おかしい。私の中からが目覚めたみたいだった。


「お断りします。第一大恩ある魔王様を討伐するなんて、おかしいでしょう!」


 彼女は愚かなウェイに幼児に説明するように懇切丁寧に状況を説明する。一緒に話を聞いている城の者たちも、うんうんと頷きながら同意見だと後押ししている。私は理論立ててのしっかりとした内容に感心して、うっとりする。どうして、こんなにもわかりやすく説明してくれているのに、この男はわからないのだろう?


 ……それにしても彼女の口から『魔王様』と言う言葉が出る度に苛々した気分になるのは、どういうわけだろうか?どうしてこんなにも魔王が憎たらしい、そんなに可愛らしい声で魔王を褒め称えないでほしい……と思ってしまうのだろう?我が国が魔王様に大恩あるのは本当のことなのに、私は彼女が魔王を褒めるのが何故かとても腹立たしく、悔しい気持ちが胸に広がって、どうしようもなく苛ついた。


大丈夫、お前は俺の一番の子分なんだから、俺のそばにいるのが当然だろう?なぁ、みんな?」


「いや、子分じゃないって言ってるでしょ!私はあんたが大嫌いなんだから!」


「照れるなって。本当は俺の一番の子分が嬉しいんだろ?」


「「「……ウェイが、どうしてもと、いうなら……」」」


 本当は彼女を帰したい。こんな男の傍にいさせるのも嫌だが、魔王の元に彼女を近づけるのは、もっと嫌だ!でも私たちの一族の命がけの賭けは、もう始まってしまっているし、この男は彼女がいなければ動かないと言うのだから連れて行くしかないのも事実だったので、私は渋々了承した。

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