第18話 村人の彼女と騎士の私①

 昔、父の書斎に飾られていた大昔の賢王の姿絵をどうしても自分の物にしたくて、泣きわめいて全力で欲しがった私を見て、両親は私の未来を予想していたらしい。私の自室に父の書斎のと同じ姿絵が飾り付けられた日から私は剣術に打ち込んだ。毎日飽きることなく、模擬剣を振り、体を鍛え続ける日々を過ごし、王城から白銀に輝く鎧を賜った時に、「やっぱりね」と両親と6人の兄たちに言われ、苦笑された。


 我が伯爵家は、200年前の王妃ユーリ様の傍流ではあるが、一応子孫に当たるらしく、ご先祖様が女性でありながら、国一番の腕前の魔法騎士だったという逸話に恥じぬように、魔力はないが剣術をただひたすらに極めてきた一族だった。


 ユーリ様の夫である王の名前はアンソニー様という。この国の、いや、全ての国々の歴代の王たちの中で、一番の偉大な賢王だと他国の歴史学者たちも認める素晴らしい王様であるアンソニー様がユーリ様の夫なのだ。


 ゆえに私たち一族は、アンソニー様の子孫である王家の護衛騎士を代々務めるのが誇りであり、誉れであった。上の6人の兄たちが、毎日剣術に明け暮れている日常に私が加わることを誰も否定しなかった。女性の社会参加を否定的に受け止める風潮にある、今のアンソニー国において、騎士という職業だけは200年前のユーリ様という前例があるため、男性の職場だと言われながらも、女性を受け入れることに敷居はとても低く、ましてや我が伯爵家に限っては、一族全員騎士が当たり前という血筋だと昔から知られていたので、私が騎士団に所属するようになって今回、王の末のお子様であられるサリーミレジェット王女の護衛騎士に任命されることになっても、当然として受け止められていた。


 もちろん他の騎士のやっかみや嫉妬、ひがみがないわけではなかったけど、我が一族は伯爵家でありながらも、代々皆がアンソニー様の子孫である王家を守るという使命感の前では、公爵や侯爵だろうが関係なく剣を突きつけることをためらわなかったので、表立って私を貶めようとする者は誰も現れなかった。


 父は王様を、6人の兄たちは長男と次男が第一王太子を、三男は第二王子、四男は第一王女、五男は第二王女、六男は第三王子の護衛騎士の任命をそれぞれ受けている。それを誉れと受け取りつつも、過去の偉大な王に比べ、民のことよりも己のことを優先する貴族たちを叱ることもしない、逆に民のために何かしようとすると、窘めてくるような今の王族たちに父や兄たちは、口にはしないものの失望していた。


 失望しつつも家にあるアンソニー様の姿絵を見ると、いてもたってもいられない焦燥の思いにかられ、庭に出て剣の鍛錬に出てしまうのだから、これは私たちの中に流れるというユーリ様の血のなせる所業なんだろう。後で知ったのだが、6人の兄たちの部屋にも私の部屋のと同じアンソニー様の姿絵が飾られていて、皆幼い頃にそれを欲しがっていたという事実に、兄たちとお互い引きながら笑い話をしていたら、父も祖父も、そして我が一族の親戚縁者にいたるまでが、そうだったことが判明し、どうやら200年前のご先祖様であるユーリ様のアンソニー様への思慕が後の子孫たちに色濃く引き継がれたのだろうとの両親の説明に、私たち兄弟は深いため息をついた。


 護衛初日の日に、せっかく賜ったのだからと白銀の鎧を身につけて王城に行ったら、引きつった笑顔のサリーミレジェット王女に出迎えられた。


「あの……それは式典用で、普段は着用しなくっても、よろしいのですよ」


「はっ!!かしこまりました」


 式典でも重い鎧を着る人はいないのにと呆れている姫はとても美人だ。輝くピンクゴールドの髪をツインテールに結い、金で細く編まれた華奢な宝冠を額につけた姫は王城の回廊に飾られた肖像画のユーリ様に生き写しで、初対面での挨拶の時、内心とても驚いた。澄んだ海の碧色のきれいな瞳も真っ白な肌にバラ色の頬もサクランボのような赤い唇も同じ色合いで美しい。


 違いと言えば、その体格だろうか?背が男性並みに高く、細身だが筋肉質な体格だったと伝えられているユーリ様に比べ、サリー姫は愛らしい顔にふさわしい、折れそうなくらい華奢な体で、水色の絹のドレスがとてもよく似合う。体格だけなら、王族一華奢な男性だったと伝えられているアンソニー様に似ている。と思った瞬間から、普段冷静なはずの自分の中に、とても強い幸福感が沸き起こり、身が震えた。


 自分でも訳がわからないが、サリー姫が今いる王族たちの中で一番アンソニー様の特徴を持っていると知って、この姫の護衛になれて、本当に良かったと心から思い、その後、その事に激しく戸惑った。どうして戸惑うのかわからないが、とにかく私は、この姫に誠実に仕えようと決意を新たにした。


 サリー姫は年老いた王に溺愛されていたが、あまりその事を嬉しく思ってはいられないようだった。溺愛故、学院に通う事も許されず、王城から出ることも出来ない姫の部屋には沢山のドレスや宝石といった贈り物があふれかえるように積み上げられているが、姫は少しも幸せそうではなかった。自身の部屋のはずなのに、落ち着かないような姫の様子が哀れだった。政治力もなく、ただ溺愛されるだけの姫だと……『鳥籠の姫』『人形姫』と揶揄する下劣な貴族も少なくなかった。


 姫のお気に入りの場所は、王城の図書室のさらに奥の書架室だった。


 アンソニー様の孫世代辺りから、何故か王家は本離れが進んでいたようで、埃まみれの書物を虫干しする作業を幼い頃から姫は一人でコツコツしていたと説明してくれて、そこで発掘したという、王家向けのアンソニー様の伝記を姫は、好意で私に読ませてくれた。


 それを読んだ私は、私たちの一族のに気づき、激しく動揺した。間違いに気づいた私は姫に我が一族の誉れや誇りの由縁など、思いつくまま言葉を紡ぎ、どうかこの王家向けの伝記を、父や兄たちにも読むことを許して欲しいと懇願した。


 姫は王城からの持ち出しは出来ないので、代わりに父と兄たちを順番に招いて姫の部屋で読むことを許してくれた。本の事を隠して、父と兄たちを姫の部屋に招く口実が欲しいと思案したが、いい案は思いつかなかった私に対し、『溺愛する私の職場参観を父兄がしたい』という恥ずかしい理由で、その了承を王から取ったと姫に言われたときは羞恥に目眩を覚えた。道理で城の宰相に生暖かい視線で「ガーネットさんも大変ですね」って言われるわけだ!招かれた順に伝記を読んだ父や兄は、決まって絶句した。その動揺の表情まで、さすが親子だわと姫に笑われたが、それに照れている場合ではなかった。


 王家向けの伝記はアンソニー様の3番目のお子様で公爵位になった息子(そう言えば、以前、ここの公爵家の元令嬢が王太子に婚約破棄をされていた)が、偉大すぎる父も一人の人間なのだと後の王がプレッシャーを感じないよう、アンソニー様の素顔を息子目線で語り、気負わずに王を継ぐことが出来るようにとの配慮から書かれたものだった。文章の最後に、アンソニー様が自分の長男に王位を引き継ぐときに心構えとして語った言葉が、後世の王への心構えにもなると書き綴られていた。

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