第16話 村人の彼女と神巫女の私②

 初めての外、しかも王城へ行かなければいけないなんて、と『はじめてのおつかい』に出る私を心配してくれる神巫女たちが次々と励ましなのか、脅しなのかわからない予備知識を授けてくれる。特に元公爵令嬢だったミッシェルは、ありがたいのかありがたくないのかわからないような助言を沢山してくれて、もし機会があれば自分の叔父の公爵と、自分を捨てて海を渡った大陸の姫を娶ることにした元婚約者をこっそり蹴り飛ばしてくれと、無茶な頼みをしてきた。


 こっそり蹴り飛ばすなんてどうやるの?と聞いたら、だと言って蹴ればいいと笑顔で言った神巫女長に、神巫女たちが静かな賛同の拍手をしたので、どうやらミッシェルの無駄口に激しく同情し、怒っていたのかと、普段の静かな暮らしの姿からは想像もつかない彼女たちの意外な一面に驚いたものの、私も同じ気持ちだと伝えるため笑顔で頷いた。


 神巫女長の手紙を携え、王城にやってきた私は、宰相という役職のおじさんに(男の人で年取った人のことを、そう呼ぶのだと、ミッシェルに教えられた)連れられて、勇者の剣を抜いたというお兄さん(これもミッシェルが以下省略)と王の末のお姫様(これも以下省略)の控え室にやってきた。私の内の神のソワソワは収まらないが、彼らへの興味の感情は感じられない。ここに来たのは、勇者の剣が抜かれた波動を神殿で感じたため、一番の神力がある私が遣わされ、調べに来たことになっている。


 でも6歳児が調査なんて、誰が信じるだろう?うさんくさそうに私を睨めつける視線がうっとうしかったから、防御魔法をちょっと私なりに改良した『薔薇のトゲで手足を拘束、逆さづりにしちゃうぞ!』魔法で宰相と護衛の騎士のおじさんたちを黙らせちゃったけど、それこそ6歳児のおちゃめな可愛い悪戯なんだから、遠巻きにされると少し傷ついちゃうなぁ。


「初めまして、勇者様!私、神巫女のココル!男の人は初めて見るから、取りあえず触らせて?」


 無邪気な笑顔を浮かべて、有無を言わさず、さっきの魔法をかけ、頭の先から足の先まで観察、調査することにした。


「ひぃやぁぁぁっ!!!やめっ!?あ、いや?……やめて!!俺には、アンっていう…あー!!」


 私はミッシェルに頼まれたことが出来ない鬱憤を、このお兄さんでまぎらわすことにした。城の長い廊下を歩きながら、勇者の剣が抜かれてからのここまでの状況を宰相のおじさんに説明を受けたので、このお兄さんの迷惑行為を考えると罪悪感なんてものは欠片も持たなかったから、思う存分、男性という人体を調べることにしたのだ。グッタリとしたお兄さんの体を調べつくした私は一応の満足感を得て、青い顔の姫に勧められたお茶と生まれて初めての焼き菓子に大興奮で飛びついた。


「お姫様!私、初めて男の人を触りましたが骨張っていて、お肉が硬くって、噛み心地と抱き心地が悪くて、ひげって言うのが顔と手足にあって、ジョリジョリしていて、足がすっごく臭くて面白かったです!!」


「く、臭い?こら、痴幼女!!俺の足は、そんなに臭くなんて……、うっ、くっさ!!自分でも引くわ、マジヤバだぞ、これ……。ハッ!こら、お姫様の前で何てこと言うんだ!俺は臭くなんかないからな!!」


「えー、臭いよ!ねぇ、お姫様?」


「え……ええ、確かに……臭いますね。あのね、ミッシェル。いくら魔法が使えるからと言って、これからはもう、みだりに男性に触れてはいけませんよ。世の中には悪い大人がいるのですからね」


「……はーい、気をつけます!」


 私の両手をおしぼりで拭いながら真剣に諭してくる、サリーミレジェット王女。う~ん、宰相のおじさんの話では、お姫様と王様が騒動を大きくしたという話だったけど、このお姫様、このお兄さんのことを好きなようには見えないなぁ?どういうこと?お姫様の護衛騎士をするという騎士もお姉さんだった。このお姉さんは、お姫様を守るということだったが、その視線が勇者の剣に注がれていたのが、少し気になった。ソワソワが続くからには私もこの勇者パーティーとやらに同行したほうがいいみたいだ。


 勇者の一番の子分という人を前に、私の中が激しくソワソワする。貴族でも神巫女でもないごくごく普通の村人だという、小さいお姉さんを見てからというもの、神が落ち着かない。私の口をかってに借りて何か言おうとするのを、彼女に嫌みをいうことで防ぐ。


「この子は、本当にただの小娘よ!剣も弓も魔法だって使えない!私みたいに神の力も使えないじゃない!」


 サリー姫とガーネットの後に続けた悪口に、自分でも表情がゆがむ。愚かなお兄さんの引き起こした暴言により、引っ張り出された完全に被害者のお姉さんに詫びたいが、私の中の神がじっとしてくれないので、それを押さえるのに必死で謝れない。私は神にここまで来るのに協力はしたが、私の体を好き勝手使う協力はしない。アンの方に伸ばされようとする手を意思の力で方向をそらせ、もう興味も失せたお兄さんの足を掴ませる。ウェイの両腕を姫と女騎士が腕組みし、ウェイの足に本位ではないけどやむを得ず、くっついた状態でウェイの言う一番の子分をしっかと見た。


 喪服のような黒いワンピースを着た、茶色い目と髪の小柄で素朴な顔立ちだけど、可愛らしい女性が死んだ魚の目のようなうつろな目をして私たちを見つめている。ああ、このお姉さんは、この状態が異常事態だとキチンと認識している賢いお姉さんなのだと安心する。お兄さんの一番の子分と聞いて、どんな愚かな人がくるのかと恐れていたのだけどー。


 回復魔法と光の攻撃魔法が使える姫に、女騎士としてはダントツで剣術に秀でているガーネット、防御魔法と神の祝福魔法が使える神殿の神巫女の私。私たちが勇者ウェイのパーティー仲間であると、城の補佐官だと名乗った宰相のおじさんに紹介されて彼女は、


「そうですね、では、これで」


 即座にきびすを返し、帰ろうとした彼女の肩をつかんだ愚かなお兄さんが、ニッコリと微笑んだ。


「大丈夫、お前はなにもしなくていい。俺が守る。ただ俺のそばにいて、俺の活躍を見ていてくれ!」


 お兄さんの容姿は、確かに貴族のように輝く容姿であるけれども、お兄さんのこれまでの行動や言動が、あまりにお馬鹿なゆえ、その美貌が霞んで見える。剣は抜いたものの、剣術も体術も習ったことのないって聞いたけど、どうやって守るの?


「お断りします。第一大恩ある魔王様を討伐するなんて、おかしいでしょう!」


 彼女は愚かなお兄さんに、幼児に説明するように懇切丁寧に状況を説明する。一緒に話を聞いている城のおじさんたちも、うんうんと頷きながら同意見だと後押ししている。私は、この話を聞いたことがなかったので、とても興味をもって耳をかたむけた。


 へー、守護魔法かぁ。名前が違うけど、防御魔法のことだよね?どうして、こんなにもわかりやすく説明してくれているのに、お兄さんはわからないのだろう?どうやら人の話を聞かないお兄さんは、王都で学校に通っていたが4年も留年したらしい。さすが4年も留年したという男というべきか?お姉さんは学校に行っていないと聞いたけど、とても賢いのがわかるよ。学校ではお兄さんの頭は矯正出来なかったらしい。


「大丈夫、お前は俺の一番の子分なんだから、俺のそばにいるのが当然だろう?なぁ、みんな?」


「いや、子分じゃないって言ってるでしょ!私はあんたが大嫌いなんだから!」


「照れるなって。本当は俺の一番の子分が嬉しいんだろ?」


「「「……ウェイが、どうしてもと、いうなら……」」」


 私はアンお姉さんを帰してあげようと思ったのに、神が私の口を奪って同意してしまった。く、悔しい!!私の体は、私のものよ!好き勝手になんてさせない!!

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