第15話 村人の彼女と神巫女の私①

 朝の4時起床、ベッドメイキングしてから洗顔、着替える。朝の掃除と洗濯。先輩の神巫女の合格点をもらえなければ、やり直しなので頑張るが、一時間は最低でもかかってしまう。その後、朝の礼拝。朝食は、いつも8時頃。私は4歳で一番チビだからと、まだ調理場には入れてもらえない。私の担当はテーブルを拭いて、カトラリーを並べること。パンとミルク、豆の入ったスープがいつものように出される。食事が終わって、後片付けを済ませると、だいたい9時で、その後の2時間は座学。神について色々お勉強するのだけど、ここら辺で、私はいつも眠くなる。教師役の神巫女に叱られながらのお勉強は苦手な時間だ。


 まだ小さい私は、お勉強が終わってから1時間、朝の午睡を取る。午睡後、昼の礼拝。その後、昼食の手伝いをする。朝のメニューに、自分の手のひら位の大きさの肉か魚が加えられて、食事後には果物もつくので、私は昼食の時間が一番楽しみだ。食べ終わり、後片付けが終わると、大人の神巫女はの人間に乞われて祈祷に出かけたり、神の教えを説きに外へ行く。物心ついたときから中にいる私は外のことは何も知らないし、無駄口を叩いてはいけないと言われているので誰にも聞いたことがなかったし、教えてくれることもなかった。


 私のような幼い者は、昼食後に神力を使って鍛錬をする。神力とは魔力のように、持って生まれた力ではなく神への祈りの力により宿る内なる力だと言われ、防御魔法と神の祝福魔法の他に、神力が強いとその身に神が降りると言われていて、この神殿内では、私が一番神力が強いらしい。神巫女長がそう言って、この鍛錬の時間は私につきっきりで指導してくれる。4歳の私の防御魔法も祝福魔法も確かに他の人より、しっかり出来ているとは思うけど、神巫女長の期待するような『神降ろし』は出来ないだろうと、私は密かに思っている。


 誰にも言っていないけど、私は防御も祝福の魔法も持って生まれた力=魔力で、行われているのではないかと思っているからだ。これは確証がないし、周りの神巫女たちの手前、うっかり口を滑らした日には、懺悔室に閉じ込められるだろうことは明白なので、けして声に出しては言わないけれど、多分間違いないと思っている。だって、先輩たちが語る神様の話を聞いても熱烈に崇拝しようなんて思えない。ただ、そこにというのは、坐すだけだ。……多分、あれが神っていう存在なんだろうけど、どれだけ熱烈に神巫女長が崇拝しようが知らんぷりで外を見ているので、私も知らんぷりしている。鍛錬の後、禊ぎっていう名の入浴を済ませて、夕食の用意を手伝う。夕食は朝のメニューに、サラダと卵一個がつく。夕食後は後片付けして、夜の礼拝をして、就寝はだいたい夜の8時頃。


 神巫女ココルの、私の毎日は、こんな感じだった。飢えることもなく、病むこともない静かな日常の繰り返し。毎日代わり映えのしない日々をひっくり返したのは、その一年後、神巫女見習いとして元公爵令嬢のミッシェルが神殿にやってきてからだった。


 ミッシェルは泣き虫だった。


 神殿に来てから、ずっと泣いていて、とても煩い。誰かが構うから余計泣くのだし、彼女一人にして、放っておけば自然に泣き止むのに。どうやら彼女の事情を知り、神の慈悲の心で、彼女を慰めるのだと大人の神巫女たちが構うので、ミッシェルはさらに泣き続けたが、神は泣き続けるミッシェルに一度も視線をやることなく、いつものように、ただそこに坐すだけだった。


 あんなに毎日泣いていて、目が溶けないのかしらと考えているうちに、ミッシェルよりも大人の神巫女たちが根を上げた。神の慈悲の心はどうした?って、内心つっこんじゃった私に、ミッシェルの世話係のお鉢が回ってきたのは自業自得なのだろうか?私はミッシェルを慰めるという役目をうんざりした気持ちで引き受けたけど、そのおかげで彼女とのを許されたので、遠慮なく、毎日彼女を慰めずに外の世界のことを根掘り葉掘り聞き出した。


 ミッシェルは私が慰めずに彼女がいた外の世界のことを聞きまくることに、泣きながら戸惑っていたけれど、私が赤ん坊のころから神殿にいて、一歩も外に出たことがないことを知ると泣き止み、私が父親と母親も知らず、ましてというものの存在すら知らなかったことに驚き、私と毎日の日課をこなすうちに、私がそれ以外の全てを知らないことに、また泣き出してしまった。


「もう、ホンットにミッシェルたら、泣き虫なんだから」


「だって、だって、ココルがお母様を知らないっていうんだもの!お菓子も物語も知らないって、ひどすぎる!!」


 どうやらミッシェルにとって自分より可哀想な存在=私がいたことが、彼女が立ち直るきっかけになったようだ。煩いのがおさまるなら、いくらでも私を可哀想な存在として扱えばいいと思えるほど、私は大人ではなかったけど(実際私は、まだその時は5歳だったし)、立ち直れるのなら、しばらくは我慢しようと耐えた。泣くのを止めたミッシェルは、自分の身の上を教えてくれた。


 ミッシェルは公爵家の一人娘として14歳まで、何不自由なく育てられた(本人曰く)深窓のご令嬢で、優しい両親、親切な大勢の召使い、美しい婚約者がいて、毎日楽しく過ごしていた。ところが14歳の時、両親が馬車の事故で揃って他界してしまってから、彼女の運命が狂ってしまった。


 このアンソニー国は、女性は爵位を継ぐことが出来ないため、公爵位が彼女の父親の弟に移ってしまった。彼女が『公爵令嬢』から『前は公爵令嬢だったが今は公爵家の厄介者』になってしまうと、親切だった大勢の召使いは、無愛想な召使いになり、美しい婚約者には王城の夜会の時に、大勢の貴族たちの前で、あらぬ冤罪をかけられ、婚約破棄を言い渡されてしまい、冤罪が晴れぬまま、公爵家から絶縁されてしまい、ここに来たらしい。なかなかハードな怒濤の展開に、引きつりながらも私は相づちを打ち、彼女がすっきりするまで話を聞いた。


「いっぱい辛かったけど、ココルと仲良しになれたのだから、辛いばかりが人生じゃないのよね。きっと神様は、そのことを私に教えたくて、こんな試練を与えたのだわ」


 ようやく立ち直り、神への信仰心に目覚めた彼女は晴れやかな笑顔で私に微笑んでくれた。私も微笑みを返したが、横目でそこを見る。……やっぱり私たちに興味なんてまるでなく、外を眺める存在を確認し、ミッシェルが気の毒だったので、その言葉を肯定しておいた。


 いつも。そう、いつもいつもいつも、そこで外を見ているだけの、それが明らかにソワソワした感情で立ったり座ったり、したかと思えばウロウロ歩き回っているのだ。見えない者には関係ないだろうけれど、見える私にとっては、かなりうっとうしかった。苛々した私の態度を見て、赤ん坊のころ神殿前に捨てられていた私を抱き上げてからの付き合いの神巫女長には、私の行動理由が筒抜けだったらしい。私は神殿を出ることが出来ない神を私の身に『神下ろし』して、望む場所に行かなければならなくなった。

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