第14話 村人の彼女と王女の私④

「国際弁護士様!ここに検証用の証拠が、ございます!!」


 皆が私をきつく睨む。


「何を出すんだ、サリーミレジェット!お前はもう、出しゃばるな!」


「そうだそうだ、元はと言えば姫が悪い!」


「黙ってろ!」


 私を責める貴族たちから、三毛猫王ミュカが守るように威嚇する。


「五月蠅い奴らめ!百聞は一見にしかず!じゃ!!これを見るがいい!!」


 三毛猫王ミュカ率いる三毛猫シスターズが送る映像魔法『2ヶ月間に渡るアンソニー国の調査報告』が流されていく。


「この映像は、元魔王レイフォード様の奥方になられるアン様に導かれて、王女たちが2ヶ月間、くまなく国内を駆けずり回ったときの国民の生活を撮影したものです。ここには貴族の実情も平民の実情も、何の脚色もなく撮影したと私、三毛猫王ミュカは、『撮影魔法を考案されたアンソニー様の一番弟子』の名にかけて撮影したと誓います」


 そこに映し出された証拠の数々に、ため息を吐く国際弁護士。


「ここに映された全てを王女サリーミレジェットの名において、全て真実であると証言いたします。私も、その場で見聞きしたことです。私は、この映像を撮ってもらうために、大恩ある魔王様に仇なす発言をし、お兄様がいない2ヶ月間をかけて、国内を回ったのです!」


「どういうことだ、きちんと話せ!サリーミレジェット!」


「私は、アンソニー様の御意志に添えていない、今の国を憂いていました。父である王も第一王太子であるお兄様も、他の兄弟姉妹も、城にいる者たちも、誰も私の言葉を聞いてはくれませんでした。


 アンソニー様は国民の知力向上を願ってらした。食べられるだけで幸せと満足するのではなく、貴族のように文学に親しみ、音楽や絵画といった芸術を楽しめるほど、民の心も豊かになってほしいと願ってらした。そのことは、国民向けの伝記にも書かれているというのに、一部のお金を持っている人しかその本が読めないなんて、ひどすぎる。


 私はアンソニー様亡き200年間、守護魔法を補佐する三毛猫王ミュカ様に、幼い頃から親しくさせていただいていて、この国をよくご存じの彼女に尋ねたところ、アンソニー様の孫世代から、少しずつアンソニー様のもたらす利益が、国民に使われていないのだと教えられました。ミュカ様は、このアンソニー国の者ではないため、口出し出来なかったと後悔を口にされました」


 私は息継ぎのために言葉を切り、また続ける。今しかない。皆が私の言葉を聞いてくれる最初で最後のチャンスをやっと作ったのだから。


「国政に口出し出来ない末の姫の私は、外に出ることも叶わなかったのは、皆もよく知っているでしょう。だから愚かな男の起こした、この珍事に私も愚かな道化となって奇策に出ることにしたのです。


 王である父が、アンソニー国の王で居続けることが正しいのかをふるいにかけ、第一王太子と宰相の考える時間稼ぎの2ヶ月もの国内旅の案を予想し、それを利用して国の実情を映像に映すことをミュカ様に依頼しました。


 もちろん今回、一番の貧乏くじをひくことになったアン、いえアン様の身の安全は、いの一番にミュカ様を通して魔人国の魔界四天王の皆様に依頼しています。残りのパーティーの面々のこともよきように取りはからってくれるでしょう。


 私は魔王様にアンの保護を頼んでから、国に戻り、裁判にかけられるときに、命をかけて、この映像をお兄様に見せ、これからのアンソニー国を良き方向に軌道を修正してもらおうと嘆願するつもりだったのです。


 だから今回の国際弁護士の来訪には、とても驚きましたし、アンソニー様の遺言をこうして聞くことが出来て、私のやり方は荒っぽいやり方でしたが結果として、アンソニー様に協力する証拠を提出することが出来て私は、このサリーミレジェットは初めて王家に生まれて、民の幸せのための一矢の働きが出来たと、心から幸せに思っています。もう悔いはありません。どのような罰も甘んじて受ける所存にございます」


 苦虫を噛みつぶしたような表情のお兄様が第一王太子として口を開く前に、猿王アキセが言い放った。


「そちらが、今回のこの勇者パーティーの面々の処罰は魔王様に任せると丸投げしたのだ。この者たちをそなたたちがこの場で処罰することは、もう叶わない。この者らは我ら魔人族国預かりの身となる。……美人が3人もいなくなって残念だな。そうだ!……するとは思えないが一応言っておく。


 アン様のご両親を拘束し、元魔王様と交渉しようなどとは思うなよ。もうすでにお二方は、こちらにお招きしているのだから、村に足を運ぶだけ無駄だからな。俺って親切ぅ~!」


 国際弁護士は、三毛猫王ミュカから編集した映像と編集されていない映像魔法のこめられた水晶を証拠として受け取ると、それを大事そうに紫色の絹の布に包み、抱え持った。


「これは持ち帰り、国際裁判所で皆で検証します。そのときは王と第一王太子と宰相は立ち会ってください。検証後、遺言に背いていた場合、通達から一週間後にアンソニー様の御意志通りにさせていただきます」


 国際弁護士の抱える水晶を奪おうとした貴族たちから、国際弁護士は初老とは感じさせない、軽い身のこなしで平然と逃れた。


「我々は200年前にアンソニー様から、直にその遂行を頼まれ、絹の秘密を守るように命じられた『白黒』の末裔です。当時各国で忌み嫌われていた我が『白黒』の一族を保護し、その存続に力を貸し、永世中立国で最も中立な立場である、国際弁護士という職を与えてくれただけでなく、とても大事な絹の秘密を託してくれるほど、我々を信頼してくれたアンソニー様のお言葉を遂行するのは我々の生きる意味ですので、この証拠は絶対に渡しません。では、これで」


 魔力を使わず、忽然と姿を消した国際弁護士に周りは立つ力も無くして、謁見の間は項垂れる貴族であふれかえった。私も三毛猫王ミュカに手を引かれ、この場を離れた。


「もう、ここであなたが出来ることはない。これから、この国は良くも悪くも荒れるのだ」


 獅子王デューダのいう通りだと、私は首を縦に振り、頷いた。力のない末の姫の最初で最後の仕事だった。これからの私はもう姫ではない。


 魔界四天王は、私への処罰に姫の身分を剥奪した。これからはアンソニー国のサリーミレジェット王女ではない。元魔王レイフォード様の奥方になられるアン様の侍女サリーになるのだ。馬車に揺られる私は、唯一持ってきた二冊の本を手に外の景色を眺める。


 守護魔法がなくなり、絹も秘密ではなくなった。アンソニー国の民たちよ、立ち上がれ。


 この2ヶ月、この国を駆けずり回った先々の宿で、アン様は、この『~アンソニー様の軌跡~』の国民向けと王家向けの伝記をそこにいる民たちに読み聞かせていた。本の楽しみを知らなかった民たちが、砂漠で水を飲むようにして、その内容を身にしみこませるように吸収していく姿を思い浮かべる。


 元々口伝としてアンソニー様の偉業を知っている民たちは、アンソニー様がさらに民に幸せになってもらいたいと願っていたことを知ったのだ。きっと立ち上がってくれる。彼等の身には、アンソニーカラーがあるのだから……。アンソニー様の亡き後もずっと愛されている民なのだから……。


 私は王家向けの伝記をそっと捲る。そのページにはアンソニー様のが書かれている。その部分を丁寧に撫で、馬車の車窓に視線を移す。


 とても苦労されたアンソニー様は、幸せになるべきだ。


 私は新しく仕えるべき方を思い、胸に手を当てる。城に閉じ込められていた私は、これから本物の王……アンアンソニー様に仕えるのだ。これからの未来を思いながら、私は外の明るい光に目を細めた。

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