第11話 村人の彼女と王女の私①
私の名前はサリーミレジェット。この国……
元々200年前までは違う国名だったのだが、この国が建国してからの歴代の王たちの中で、一番偉大な王であると称えられる賢王アンソニーの没後、彼の息子が、父親の功績を称えるために国名を変えたのだ。
私の尊敬する人物も、勿論、私のご先祖様であるアンソニー様だ。私は幼い頃から代々の王の肖像画が飾られている回廊がお気に入りの場所で、特にアンソニー様の絵は何時間でも見ていられた。
代々の王の中でアンソニー様だけが茶色い瞳と茶色い髪で、素朴なお顔立ちなのだけど、そこがいい!と私は思う。素朴だけど、とっても可愛らしい!(男の人に可愛いは褒め言葉としては微妙だと言われるけど)余所の国では、この茶色の瞳と髪の事を
私の輝くピンクゴールドの髪や澄んだ海の碧の瞳は、彼の王妃ユーリ様のものだ。ユーリ様は3人の王子を生んだが、アンソニー様と同じ瞳と髪の者は、一人もいなかった。それ以後も同じ色の者は王家には現れていないところを見ると、噂の半分は真実ではないのかと思ってしまう。みんなに可愛いって、褒めてもらえるのは嬉しいけれど、私は茶色い瞳と髪色を持って生まれてきたかった。お兄様も、こっそりアンソニー様の肖像画を眺めながら、自分の髪をいじって、ため息をついているのを私は知っている。王侯貴族たちは髪色がとても鮮やかで、派手な金や銀、水色やピンクといった色の者ばかりだ。だから平民たちは知らないと思うけど、実は貴族たちはアンソニーカラーの茶色い髪や瞳に、ものすごい憧れがあるのだ。
この国だけではなくて、アンソニー様は世界中で人気だ。尊敬する偉人ベスト1位を毎回取る、殿堂入りのベスト1位。彼の功績は200年たった今でも称えられている。
この世界で一番小さくて一番貧乏だったこの国を、偉大なアンソニー王は、見事にたった一代で復興させたのだ。アンソニー様の伝記の一冊を手に取る。『~アンソニー様の軌跡~』と書かれた本は私の愛読書だ。暗唱出来るほど読み込んでいる、この本をなでてから、アンソニー様の伝記を本棚に戻して、中庭の勇者の剣を窓から眺める。今、お兄様は遠く海を渡った国に、自分の王妃になる姫君を迎えに行っていて、ここにはいない。こんな小さな国に嫁ぐのは、絹の秘密が知りたいからだろうことは、わかりきっている。
アンソニー様の治世時代、アンソニーさまだけでなく、他国の王侯貴族も皆歴史上名君と呼ばれる者ばかりだった。彼らは同じ学院で学んだ仲間である、アンソニー様の手腕を称え、彼に倣えとばかりに、誰かを蹴落とすのではなく、お互い切磋琢磨した結果、あの時代を黄金時代と歴史家たちは謳うほど、世界全体が150年ほど進んだと分析されている。
今は各国どこも似たり寄ったりで停滞気味だ。どこもひどい飢えも病にも苦しまないかわりに大きな富を得るような大きな発展もなく、我がアンソニー国にいたっては、アンソニー様の考案された様々なものの著作権が期限150年だったため、収入が50年前からジワジワ減ってきている。
それでもまだ我が国には絹があるため、他の国よりは、やや恵まれているのだが、お兄様は国の将来を危惧し、アンソニー国始まって以来の他国の姫を輿入れさせるという政略結婚を受け入れてしまった。
他国の姫の持参金なんて、その姫のドレス代や宝飾代に使われるだけで、この国を動かすお金には決してならないと理解できないなんて。王である父も、第一王太子であるお兄様も馬鹿だと私は思う。アンソニー様の遺言を無視している、この国の王族たちは馬鹿だと私は思う。アンソニー様は、この国が食べ物の心配がなくなったら、国民の識字率を上げ、国民全てに学問をさせたいと思っていらした。
国民の知力向上が、国力を上げるのだと周りに話されていたらしい。アンソニー様の在位中には、それは実現できず、それがアンソニー様の心残りだったと王家に代々伝わっている方の伝記には記されている。彼の息子も奮闘したが叶わず、それ以降の子孫たちは、アンソニー様の心残りに見向きもしなかった。国が豊かになったアンソニー国の王侯貴族たちは、平民が知識を持つことで自分たちを脅かす存在になるのではないかと恐れたためだ。
王都にいくつかの学校を作ったものの、貴族と裕福な家の子供しか通えない学校では意味がなく、アンソニー国の識字率は、あまり向上していない。アンソニー様が残した、数々の名作を知らない民がほとんどなのだ。私は悔しさに眉間に皺が寄ってしまう。アンソニー様の理想とする国に200年たった今も、なっていないし、なる努力もしていない。
私が男だったらいいのに……。男だったら国政に参加させてもらえるのに。
アンソニー様だって、女でも王族なら国民のために働くべきだと思っていらしたというのに、実際の王族の女性は国政に参加させてもらえずに政略結婚で、この国の貴族に降嫁させられるだけだ。悔しいのに何も出来ない自分に苛立っていた日常。
でも、何気なく眺めていた勇者の剣が抜かれたことで、待ち望んでいた
夏の光で作られたかのような短い金糸の髪は、それ自体が光を発しているな美しさで。同じ金色の瞳も、教会の天使像のような顔立ちも見るモノをうっとりとさせるものだけど……。中身がお粗末な、その男を見る。
王城見学ツアーを楽しんでいた平民の彼は、立ち入り禁止の柵を乗り越え、我が国の国宝である勇者の剣を抜いてしまった。愚かな男に、王も城勤めの貴族たちも頭を抱えている。本当なら牢屋に入れ懲罰ものの行為であるのは間違いないのに、男は勇者の剣を抜いてしまった。男は勇者になってしまったのだ。私は頬が紅潮していくのを押さえられない。私は、あの剣の本当の名前を知っている。
『最愛のアンソニー様の元へ、ユリウスを導く剣』、この剣は王妃ユーリ様が作ったとされる剣だ。
アンソニー様やユーリ様の時代、体の弱い幼少時に自分とは違う性別の名前をつけることで、病気の悪魔から身を守るという迷信があり、ユーリ様にもユリウスという幼名がつけられていた。ユーリ様は政略結婚にもかかわらずアンソニー様を、それはもう激しく愛されていたらしく、自分と同じ女性だけでなく男性をもアンソニー様のそばに近づけなかったという逸話が残っている。
そのユーリ様には、魔力があったと言い伝えられており、剣は先に亡くなってしまわれたアンソニー様の魂の元に自分の魂を導いてほしいという願いが、大量の魔力とともに込められていると古い書物に記されていたのを幼い頃、図書室を探検したときに見つけたのだ。この勇者の剣は、王妃ユーリ様が心から愛したアンソニー様……本当の王の下へ、導いてくれる魔剣に違いないと私は思った。
その剣が抜かれたのだ。きっと、この男のそばにいれば、血筋に関係ない、本物の王の元に導いてもらえる。父たちは『貴方は勇者に選ばれました。良かったね』という証明書を発行し、記念品を渡し、勇者の剣を元の場所に戻して、男を
馬鹿なおねだりだと叱責されるかと思ったけど、鼻の下がのびた父に落胆する。落胆したけど、そのことは顔の表情には出さず、さらにねだる。平民のままでは士官することを許されていないのだから仕方ないのだ。何としても、この男に本物の王のところに導いてもらわねばならないのだから。
おねだりの内容が聞こえていた周りの貴族たちが慌てて小声で止めに入った。どれだけ男前だろうと彼は庶民なのだ、しかもマナーを守らない自分勝手な人間なのだ。そんな人間が王を支え、国民を守るための身分……貴族位を正しく使えるだろうか?、お考え直しをと必死で告げてくる。
私も内心、激しく同意していた。そして我が国にも、まともな貴族がまだいたことに安堵した。でも私は安堵の気持ちグッと堪え、正論を言う大人たちを、いかにも煩わしげに睨み、私は声高々に言った。
「勇者には勇者の使命があります。それは隣国の魔王を倒すことです。無事倒すことが出来たときは褒美を与えましょう。それに、わたくしも勇者ウェイのパーティーの一員として、ともに魔王を倒す旅についていきましょう。私は、これでも少々回復魔法と光攻撃魔法が使えますからね」
謁見の間の貴族も王である父も真っ青になって凍り付いてしまった。ごめんね、皆!
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