第10話 ※国民向け伝記『~アンソニー様の軌跡~』

 あまりの貧しさ故、国が持ち直すまで税を取らない代わりに、国民の皆も国を立て直すために力を尽くすよう訴え、その間の民たちの皆の生活にかかる費用全てを自分が稼ぐと、まだ王太子だったアンソニー様は、民の前に出て、宣言した。


 たった一人の、それも小柄で華奢な小さな王子に何が出来ると国民たちは信じなかった。ただ今までの歴史の中で、王族自ら国民の前に立ち、言葉をかけると言うことがなかったから驚いただけで、その時は税を取られなければ、それを食費に回せるなという気持ちしか沸かなかった。その後すぐに、小さな王子は他国の学院に入るため国を離れたので、


(何だ、ただの口から出任せか。思いつきで宣言しただけか)


 と自分たちが馬鹿にされたと、民たちがアンソニー様に不信感を募らせた一週間後、一人一人の民たち全てに、定期的に食料が配布されることになった。


 誰も知らなかった、という布を売るのを皮切りに、誰も思いつかなかった商品やアイデアで他国から沢山のお金を稼ぎ、飢える国民たち一人残らず、みんなのお腹いっぱいになるまで、食べさせたいという、アンソニー様の最初の野望が実現すると、民たちは、アンソニー様の言葉に嘘がないことを悟る。


 そしてアンソニー様の本気を身を持って、体験した彼らは、その熱意に胸を熱くした。


 他国から食料を買い付けながら、他国から招いた、その道の第一人者たちに教えを受けて、農地改革、土壌改良、農業方法改良などを実行し、農民たちと一緒に泥だらけになって、『自分たちの食料は、自分たちの国で賄えるような、豊かな大地にしよう』をスローガンに掲げ、開拓を模索する姿に-。


 他国から買い付けた沢山の見たこともない食材に困惑する料理人や家族の食事を作る者たちに、調理の仕方や、その食材が持つ栄養が、どのように自分たちの体に作用して、民たちの体を作っていくのかを、懇切丁寧に教え、食事の大切さや楽しみを民に知らせたいと自ら包丁を手にし、懸命になる姿に-。


 貧しい国に数店舗しかなかった服飾店の店員たちや職人たちに、協力を頼むと頭を下げ、商売をするための心得や、新しい顧客(絹を使ったドレスや小物を欲しがる、他国の王侯貴族たち)への販売企画や販売価格の交渉方法を、熱心に話をする王子に、胸を熱くさせ感動した、その道のプロたちが、その商才に満ちあふれた内容に、舌を巻き目を剥いて、一言も聞き逃さないようにする様子に-。


 今まで音楽や絵画や文学といったものを得意とする、少しも自分たちのお腹を膨らませることができない役立たずだと蔑まれ、疎まれていた、少数の者たちを集め、自身の作品を見せ、それらは豊かな他国では、芸術として、持て囃されることや、受け入れられること……、立派にお腹を膨らませ、しかも喜ばれる職業になることを教え、その才能に出資するので、才能を開花させ、この国の民が芸術を楽しむことが出来る日が来るように尽くすので、どうかそれまでこの貴重な才能を、この国から無くさず、この国を豊かにする手段の一つに利用させて欲しいと王子が頼むと、誰からも認められなかった彼らは号泣と、ともに同意した。


 また王子が作った本や王子がデザインした刺繍、壁紙デザインなどに、激しく感嘆し、彼こそは芸術という豊かさを象徴する才能を司る、神の申し子だと認識し、彼を王子としてだけでなく、一流の芸術家として以後崇め、王子の他国における商売の企画スタッフとなり、自分たちの芸術作品を服飾店や色んな職人とコラボして、王子がそれらを元に、他国で稼ぐ姿に-。


 生活費を全て賄ってもらった国民たちは王子の、その姿を通じ、誠実に国民を愛するアンソニー様の本気の野望に沿う決心をした。


 華奢で、大人しそうな見た目の少年が本当に一人で、自分たちの飢えを救うため、立ち上がってくれた。王族は、民の生活を守るための公僕だと公言する、小さな王子。口だけでなく、自ら前に出て行動して、しかも成し遂げる、その手腕。自分の持てるだけの全てで、国民を守り、国を救おうとする、王子の姿に、人々は感無量の思いで震える。


 自分たちは、世界で一番小さな国で、一番貧しい国の国民だが、自分たちの仕える王になる方は、世界で一番自分たちを愛してくれる、偉大な賢い小さな王子様だ……。民たちは、小さな主君に全幅の信頼と愛情と敬意を寄せた。


 国民一丸となって、国を貧しさから救う同志となることを心から誓ったのだ。民を思い、身を粉にして働くこの王子の元でなら、それは、かならず成し遂げられる!建国以来、初めての出来事だった。


 それまで大人たちは、疲れた暗い表情で、常に苛立っていた。家の外は、荒れた田畑と荒んだ町並みで、活気はまるでなかった。そんな毎日が、突然180度ひっくり返ったのだから、事情を知らない子供たちは驚いた。


 とりあえず訳がわからないけれど、食べられるうちに食べておけ!とばかりに食べ物をお腹いっぱい詰め込んだ。これでしばらく食いだめが出来ると安心していたが、どういうわけか、次の日もその次の日も、お腹いっぱい食べられる。食べ物の心配がなくなると、周りの大人たちの表情から苛立ちが消え、疲労が消え、瞳に輝きが戻っていることに気がついた。


 外にでれば、力仕事のできる者たちが田畑に集まり、他国の人間から教えを請い、鍬を持ち耕していく。荒んだ町並みもいつの間にかきれいになり、人が増え、活気に満ち-。どの大人たちも皆生き生きと表情を輝かせ、自分の出来ることで、がむしゃらに働き出したのだ。


 子供たちは、キラキラとやる気に満ちた、笑顔の大人たちから説明される。たったひとりの王子様が小さいとはいえ、沢山の人がいる、この国の全ての人間のお腹をいっぱいにするほど、お金を稼いだと。そして、これからは大人たちも王子様と一緒に、この国を立て直すために働くのだと。子供たちは、困惑した。


 思い浮かぶ姿は、とても華奢な少年。王侯貴族とは、思えない素朴な顔の小柄な姿。平民と同じ茶色い瞳と茶色い髪の毛の、素朴だけど少女とも見間違うくらいの可愛い顔立ちの少年だ。澄んだ高い声で穏やかな笑みを浮かべるあの少年が、どうやってみんなをたった一人で助けられたの?魔法なの?魔法は治癒魔法と回復魔法が若干使える者が数名いるくらいで、この国の民は、魔力を持つ者は、ほとんどいない。


 魔法のことをよく知らない故、子供たちは不可能を可能にした少年は、隣国の魔人族位の魔法で何とかしたのかと想像した。子供たちは、お腹いっぱいがこれからも続いて、大人たちも笑っていてほしいと思った。


「この国の王太子様である、アンソニー様を手助け出来るようになれば、その幸せは永遠に続きます」


 他国から王子が勧誘してきた者達が、子供たちに語りかけてきた。貧しく民たちの識字率が著しく低いことを憂いていた王子が、教師以上に教育理念を熱く語る姿に、教師魂が刺激されて、やってきてくれた者ばかりだった。


「あなたたちが魔法だと思っていることは、魔法ではないのです」


 そうして教師たちは子供たちに教育を施していく。子供たちは幸せを失いたくないので、必死に教養を身につけていく。そうして成長して、賢い大人になった彼らは理解した。


 確かにアンソニー様は、魔法なんて使っていないと。絹という奇跡を最初に使ったが、その後のアンソニー様の行動は、まさしく大商人のそれ。そう、アンソニー様は国を救うため、王族の身分の偉大な大商人になってくれたのだ。アンソニー様は稼いだ大金があるうちに、国を立て直そうとしていると彼らは知った。


 アンソニー様の親友である、魔人族の国の魔王様の好意により、国全体に守護魔法がかけられたので、他国からの侵略の心配もいらない今がチャンスなのだ。


 役に立とう。みんなのお腹いっぱいにするのは、自分たちの国で作った食べ物になるように。大人も子供も笑っていられるように、アンソニー様の元、働こう-。


 そうして国民たちが、アンソニー様を導き手に、それぞれが頑張り続けた結果、アンソニー様の茶色い髪が白髪に変わりつつある頃、国民の食事は国内だけで賄えるようになり、アンソニー様の稼ぎを必要としなくても、自分たちの生活を自分たちで稼げた金で送れるようになって、民自ら、アンソニーに税を取るよう要請するほど、国力は回復したのだ。



 そうして国が立ち直ってから半年が過ぎぬうちに、アンソニー様は亡くなった。国中が深い喪失感と悲しみに包まれたのは、言うまでもない-。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る