第9話 王子様と村人の彼女と魔王の俺⑥
ユーリが『最愛のアンソニー様の元へ、ユリウスを導く剣』を残して200年、アンソニーの秘密を公にしなかったユーリ亡き後、子孫達はユーリのアンソニーへの愛を示した物として、その剣を『この国を救ったアンソニー様=勇者に捧げる愛の剣』として受け止めた。
そして王城の中庭に突き刺さった剣は、誰も抜くことが出来なかったので、そのまま剣の周りを誰にも触られないように囲いをし、国の繁栄を願う祈りの象徴的扱いになり、長い年月でさらに勇者の剣と呼ばれ、何故か勇者しか抜けないと伝承されるようになってしまった。
この勇者の剣を抜いた愚かな男と、その男を貴族にするため今回の暴挙を思いついた姫と王。勇者のパーティーに入った女性騎士と神巫女。何故、この愚か者たちのために普通の人生を生きていたアンが犠牲にならねばならない?
前世、あれほど国のために死に物狂いで働き続け、今世ではアンソニーの望んだ平民ライフを(ウェイという馬鹿な男のせいで、ぼっちになってしまったものの)を送っているアンが何故、愚かな貴族のために命を失わなければならないんだ!
アンソニーは王族として生まれたが、平民の命も貴族の命も分け隔てなく、尊び、愛したというのに!200年過ぎ、アンソニーの国の王侯貴族は、他国同様、自分たちの命だけが尊いと思う俗物に成り下がったらしい。
愚か者たちを説得することに失敗した、王城の貴族達は平民のアンただ一人に、その説得も俺への貴族達の命乞いも丸投げした。その様子も三毛猫王ミュカの撮る映像から細部まで事細かに伝えられる。
魔人族の城の鐘があのメロディーを奏でたのはアンが隣国の補佐官達から、自分の命と引き替えに貴族の命乞いをするよう命令されているときだったと三毛猫王ミュカの報告を受け、魔人族たちはアンの魂が自分たちに生きがいを与えてくれたアンソニーの魂だと知った。
アンソニーを知っている魔人族も、アンソニーのことを知らない魔人族からも怒りが吹き出してくる。16歳になったばかりの何の力もない、平民の女性……しかも彼女は大恩あるアンソニー様の魂を宿した女性に、なんという狼藉だろうと怒りが収まらない。
魔人族は自分たちの豊富な魔力や豊かな領土を持っているため、他国が心配するような領地拡大など望んだことはないが、今回のアンへの無茶ぶりに、こんな腐ったトップ総入れ替えすべきではないだろうか?それとも侵略してからアンの保護に走るべきなのではないか?という議論に発展しだした。
アンが二ヶ月間自国をグネグネと旅する間、議論は続いたが、思わぬ楽しみが出来てしまった。三毛猫王ミュカ率いる三毛猫シスターズクルーが送る、『アン様と愉快な仲間達』というタイトルで、毎朝15分ほどの、前日の勇者パーティーの行動を編集して映像で送られる報告番組が、それだった。魔人族たちは毎朝、早起きをするようになり、番組が始まると正座して見るようになってしまった。
絡繰りは、前日の勇者パーティーの行動を三毛猫シスターズクルーが隠れて撮影、深夜にミュカが編集して報告を映像として、早朝魔人族の国全域の広場で流されるというもので、そこでは3人の美女の恋の駆け引きやら勇者と呼ばれる男の呆れるほどの馬鹿っぷりやら、アンの実に美しい流れるような家事の技などが映し出され、視聴率99パーセントの人気番組になってしまった。
最初のころ、アンをいじめていた3人が、次第にアンを慕うようになって、今では勇者そっちのけでアンを取り合う姿が、誰もその展開が思いつかなかったようで大いに驚き、この先の展開にハラハラドキドキが止まらないと、大勢の嘆願書により、週末には一週間分の番組が再放送された。
1ヶ月目には、今までの総集編の映像と、今後の展開予想なども魔界四天王がコメンテーターとして出演し、映像とフリップを使い、個々の見解を語り合う映像が流れ、期間限定の娯楽のようになってしまった。魔人族達は、初めて明日が来るのを待ちわびるという体験を経験することになった。
ちなみに一部の魔人族たちの、彼女たちの入浴シーンや着替えや睡眠時の姿などの映像公開を求める動きは、白鷺王メル率いる鳥獣人族と城の女性陣が、こわい笑顔でボッコボコに殲滅してくれた。
これは一部の不埒な人間の、不純な性的趣向を満たす物ではなく、あくまでアンを見守る報告番組なのだから、当然である。『盗撮、ダメ、絶対!』と言う、アンソニーの言葉を三毛猫王ミュカは、家訓にしている。
「おい、猿王アキセ!俺に同意して頷くのはいいが、その顔中ボッコボコに腫れて、前歯が一本欠けてるのは何故だ!?横の白鷺王メルのスッキリしましたって顔と、関係があるのか?」
「ヒェェェェッ!!な、何でもありませんったら、魔王様、これぽっちも!!何もないですぅ!!」
(魔王様に隠れて、ミュカにアン様のパジャマ姿が見たいって賄賂を送ろうとしたこと、ばらされたくなかったら、とっとと、アンソニー様御用達の菓子屋に行って、木イチゴのタルト、100個買ってきな!!)
(ひぇっぇぇぇぇ・・・それだけは、ご勘弁を!メル姐さん、お許しを!)
「何でもありませんわ、魔王様。ところでアン様が、時々お一人になられたときに、そっと取り出して見つめていらっしゃる、あのお守りは何なのでしょうね?何なのかわかったら、私も同じ物が欲しいですわ」
番組で流れるアンの作る料理も刺繍も皆が真似するほど、アンは人気者だ。報告の番組が流れる中、アンソニーの魂を宿しているものの、アンソニーとは、まったくの別人であると認識されたにもかかわらず、だ。
平民のアンが、3人の身分ある美女たちにいじめられる姿に、魔人族たちは心を痛め、涙する。アンが嫌がっているのも、まったく気にせずに近づこうとする勇者(笑)を懸命に拒む姿に、魔人族たちは男に怒りを感じ、アンがうまく逃げられるかハラハラしながら見つめ、成功すると安堵する。
地図を片手に、慣れない馬車の馭者をしながら、第一王太子を待つため、必死に時間稼ぎの行程を組み立てていく姿に、アンの巧妙な時間稼ぎの行程計画から、アンの賢さを知り、感心する。あんなにも振り回してくる勇者パーティーのために、身の回りの世話をするだけでなく、旅慣れない3人の美女達をさりげなく気遣う優しい姿に、魔人族たちはアンのけなげな優しさに胸を打たれる。
そうして魔人族たちは、報告番組のアンの姿に夢中になり、アンのファン(アンソニー曰く恋愛感情を伴わない、憧れの存在を持つ者のことを示す言葉だという)になってしまった。これは三毛猫王ミュカの報告番組が公平さを心がけて撮影されているにもかかわらず、彼女達三毛猫シスターズの隠しきれないアンへの好意がにじみ出るどころか、噴火のごとき吹き出しまくった影響が顕著に番組に出てしまった結果だ。
そのアンが、ひそかに取り出して見る物の正体は誰にもわからず、『アン様のお守り』として、皆が知りたがっている。そして俺は、チラッと見えた小さな金色に胸がうずく。俺は……『アン様のお守り』の正体を知っている。あれは、4年前にあげた俺の上着の第二ボタン。胸のときめきが収まらない。俺は、あることを決意した。
そして俺たちは2ヶ月過ぎ、明日、国境の砦に勇者パーティーが来るとわかった今、魔人族(ほぼ)全兵士によるジャンケン大会が行われるはずが、何故か一般人まで大勢混じっての大ジャンケン大会となってしまった
「じゃーんけん、ポン!あいこで、ショ!」
砦で待機する兵士200名の座を賭けたジャンケン大会は、3時間も続いた。
「やったー!!これで、直にアン様が見られるぞー!!」
「俺、握手してもらおうかな!」
「俺も!!……ヒェッ、魔王様の目が怖い!」
有名人のアンに会える喜びに沸く城内。初対面のアンソニーの表情そっくりに喜びを表す兵士達。
ああ、アンソニーにとって、初対面の俺は『前世の世界の有名人である
じゃ、今のアンにとって、
俺は、もう二度と君を離さない。アンを横抱きにし、キスを交わし(俺の記念すべき、ファーストキスだ!)夢のような幸せで、胸がいっぱいになった俺を、どこかで感じた嫉妬の視線が突き刺してくる。
俺は、ゆっくりと視線を巡らし、ヤツに気づいた。ああ、
「魔王城で今後の話をしよう?アンのご両親にご挨拶もしなければ。……では、この後は獅子王デューダに任せる。行こう、アン!」
視線に気づくことなく俺の胸の中でコクンと頷く、可愛いアンに笑顔を向けてから、一瞬ヤツを見やる。
「ここまでアンを連れてきてくれた礼に、命は助けてやろう!とっとと隣国に戻るがよい!」
俺は、ついに手に入れた。アンの初めてのお友達も、初めての恋人も夫も、全部が俺だけだ!!声もなく、歯を食いしばるヤツを尻目に俺はアンを連れ、砦を後にした。
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