第7話 王子様と村人の彼女と魔王の俺④

「ユーリ様は、アンソニー様の幼なじみの公爵家の方だそうですね。小さなころからの許嫁だったらしいですよ」


「そうか……」


「体の弱いアンソニー様を支えるために、幼い頃に自ら身分を隠して、一兵士として鍛錬を始められて、ついには将軍にまで上り詰めたとか」


「そうか……」


「平民として、いじめや差別を受けながらも体を鍛え、心を鍛え、己をアンソニー様に相応しい器となるため切磋琢磨されたそうです。この結婚でユーリ様の本当の身分が明かされて、過去にユーリ様を蔑んだ人間達は大慌てだそうです」


「そうか……」


「二人とも貧しい国を憂いて何とかしようと幼いころに誓い合ったそうです。……って、魔王様、聞いてます?」


「……なぁ、獅子王デューダ……」


「はい、何でしょう、魔王様?」


「アンソニー、笑ってるな……」


「そうですね、とても、お幸せそうですね」


「アンソニー、すっごくきれいだな……」


「ええ、アンソニー様に言ったら怒られるでしょうが、普段からアンソニー様はとても可愛らしい方でしたが、今日はものすごくきれいで可愛らしいですね」


「アンソニー、幸せになるよな……?」


「ええ、幼い頃から国のために頑張ってきたお二人が、ついに結ばれたのです。お幸せになりますとも」


「……なぁ、デューダ……」


「はい、魔王様」


「俺、アンソニー、好きなの、止めたくないよ……」


「……そうですね、好きなうちは、好きなままでいいのではないでしょうか」


「……それでいいのかな?」


「ええ、それでいいと思いますよ。今日は国に帰ったら呑みましょうか?付き合いますよ」


「……ああ、頼む」


 体の弱いアンソニーは王配にユーリを迎え、3人の子を作り、今まで以上に精力的に国の基盤を固めるため、寝込みながらも働きに働いた。ちなみのアンソニーの3人の子を取り上げたのは、あの侍従としてくっついてきた老医師だった。彼は3番目の子を無事、アンソニーに抱かせてから、満足げに笑って、その十日後に亡くなったそうだ。


 アンソニーの結婚後、悔しいことにユーリときたら公私関係なく、いつでも必要以上にアンソニーにべったり張り付き、俺が行くと勝ち誇ったように二人のイチャイチャを見せつけるので、俺とヤツの口げんかは、もはや恒例行事の一環として二国内では受け入れられてしまっていた。解せぬ!そうして魔人である俺にとっては短い、人間であるアンソニーには長い時間が流れた。



 ……ユーリから、アンソニー危篤の知らせを受けた俺は、アンソニーの部屋で小さな体がさらに小さくなり、茶色かった髪も真っ白になった、しわだらけで、それでも可愛らしいアンソニーと対面した。


「……来てくれたんですか?」


「当たり前だ、俺たち親友だろう!」


「……ふふっ、ありがとうございます。貴方はいつまでも変わりませんね。安定のイケメン魔王様です」


「い、いけめん?」


「かっこいい男という意味ですよ」


「ユーリよりか?」


「何で、いつもユーリと張り合うんですか?……まったく」


「……顔色が悪いぞ、アンソニー。横になれ」


 俺は小さな体を支えて、そっとアンソニーを寝かせる。アンソニーの体に触ったのは初対面の時にアンソニーが、のぼせて気絶した時以来だった。


「なぁ、アンソニー」


「はい、何ですか、魔王様?」


「お前、もう王様じゃないんだよな?」


「そうですね。三日前に長男に無事、王位を引き継がせましたから」


 こんなにやせ細った体で、三日前まで執政していたというのは驚いたが、愛国心に燃えるアンソニーらしいと俺は思い直した。


「なら、お前は、もう自由だよな」


「そうですね、ベッドから出られませんが、自由ですね」


「じゃ、俺と結婚してくれないか?」


 茶色い瞳が真ん丸く見開かれる。横に立つユーリの嫉妬の視線をジリジリと感じるが、構うものか。


「お気持ちは嬉しいのですが、僕の国は重婚は禁止されておりますので、ごめんなさい」


「ユーリとは離婚して、俺と結婚してくれないか?……俺、俺なぁ……」


「何ですか、魔王様?」


姿が、見たいんだよ」


「!?こんな年寄りのですか?」


「年なんて関係ないよ……。アンソニ-、お前、だろう?」


「っ!?……知ってたのですか」


「そんなの初対面から、わかってたよ!俺はお前に会って即、求婚した男だぞ?」


 ベッドの中で遠い昔を思い出し、アンソニーは穏やかに微笑む。


「そういえば、そうでしたね。……でも、ごめんなさい、魔王様。僕はユーリを……ユリウスを心から愛しているんです。それに最期まで、僕は……僕のままで、ありたいんです」


「……やっぱり、速攻で振られたか。ぶれないな、アンソニー」


「ええ、そうですね。魔王様の事は世界一の親友として、愛しています」


「それはすっごく嬉しいんだけど、俺……」


 アンソニーが横になるベッドのそばで俺はひざまずいて、アンソニーの右手をつかむ。


「もう会えなくなるのが耐えられないんだ、アンソニー」


「泣いてらっしゃるんですか、魔王様?」


 小さな右手にわずかだが力が入ったのを感じた。アンソニーが俺の泣き顔を凝視しているのを感じるが、涙を止めることが出来ない。


「困りましたね、僕……、貴方が泣くと僕まで泣きたくなってしまいます」


「アンソニーが俺を置いていくのが悪いんだ!俺はずっとアンソニーのそばにいたいんだ!」


 眉をシュンとさせるアンソニーの困り顔が愛しくて、また涙があふれてくる。しばらく思考を彷徨わせて、アンソニーは困った顔のまま、俺とユーリに視線を巡らす。


「そうですね……二人を泣かせたまま別れるのは忍びないので、僕のを教えてあげましょうかね」


 そう言ってアンソニーは人生の伴侶のユーリと一番の親友の俺に、ある秘密を打ち明けた。


「……だから、が来るのを楽しみに待っていてくださいね、魔王様」


 と笑って、そのまま……、アンソニーは永い眠りについた。ユーリはアンソニーに別れのキスをし、涙をぬぐいながら俺を恨めしそうに睨んだ。


「ずるいですよ、魔王様」


「……おう、俺はずるい。アンソニーが約束してくれたから、俺は待つ」


「……待つんですか、魔王様」


「待つさ。だって待っていてって、アンソニーが言ってくれたんだから……」


「……すみません、魔王様。訂正します。ずるいのは……残酷なのは、アンソニー様ですね」


「違うよ。俺が、あきらめが悪いだけ。……それに俺は待てるからな。……お前も、もう長くないんだろ?」


「わかりますか?さすが魔王様ですね。私はアンソニー様をあちらであまりお待たせしたくないもので」


「……俺はアンソニーと同じ人間として生まれて、アンソニーの人生の伴侶となったお前が羨ましくって、妬ましくって、大嫌いだったよ」


「そうですか、私もアンソニー様の、一番の親友の貴方が大嫌いでしたよ」


「……お互い様ってやつか……」


「私もアンソニー様の秘密を信じようと思います。来世でもアンソニー様は私のものです」


「おう、今度は絶対負けないからな。お前より早く、アンソニーを見つけてやるよ」


「ふふっ、私こそ」


 俺とユーリは、お互いに、にやりと口元をゆがませた。


「じゃ、これでお別れだな、あばよ、ユーリ」


「ええ、わかっていますよ。……あっ、それとですね、魔王様。最後に一つだけ」


「何だよ?」


姿


「何!!!?」


 真っ白いポニーテールのしわくちゃの爺さんが、勝ち誇った笑みで俺に告げる。俺の頭の中は一瞬、真っ白になった。


「チックショー!!!羨ましすぎるぞ、この野郎!お前なんて、大っ嫌いだー!!」


 俺は泣きながらアンソニーの国から帰っていった。……絶対の絶対、次こそはー!!


(実はね、僕、ってものを経験していましてね)


 アンソニーの秘密を思い出す。アンソニーは、こことは違う世界で生きた記憶があった。アンソニーの国を救ったアンソニーの知識は、そこで得たものだった。


(だから僕が賢者とか救世主とか勇者とか、言われるのは違うんですよ)


 だって、それって何だかずるいことでしょう?と苦笑するアンソニーが、脳裏に焼き付いている。アンソニーが、その知識を使うことに苦悩していたのだろうことが想像できたが、詳しいことは語られなかった。次に生まれ変わることがあるならば、何もかも忘れて、一から人生を生きたいとも言っていた。


(そうですね、もしも、また、人間になれるのなら今度は平民ライフを生きてみたいですね。王様の仕事は、やりがいはとてもありましたが少々疲れてしまいましたので)


 俺にとって大事な事実が、ここにある。それは人は生まれ変わるっていうこと。もう一度、アンソニーに会える可能性があるっていうこと。いつ生まれ変わるのか、どこで生まれるのかはわからない。 姿形も性別も変わるだろう。記憶だってないのが普通で、もしかしたら人ですらないかもしれないが構わない。


 会いたい。ただアンソニーに、俺は会いたくて……。


 アンソニー亡き後、国に帰った俺は魔王業を引退しようとしたが断られて……、仕方なく黙って逃亡して生まれ変わったアンソニーを当てもなく探してたら捕まって……また探しに出ては捕まり、また逃亡して……延々俺は、それを繰り返して、あっという間に200年の歳月が流れようとするころ。


 俺はアンに出会った。

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