第6話 王子様と村人の彼女と魔王の俺③

 この作戦を実施するに当たって、教師達はアンソニーにある優遇措置を報酬とした。多才で万能にも思えるアンソニーには、病弱で体力がないという弱点があった。座学は毎回学年トップ3を狙える優秀さなのだが、いかんせん体力がなく、よく寝込んだ。回復魔法、治癒魔法が存在するにも関わらず、アンソニーを治すことが出来ず、最低でも月に一、二度は必ず寝込んでいた。小柄で学院一華奢なのは、そのせいだろう。


 アンソニーが入学するとき、生まれたときからのかかりつけの年老いた医師が年若い侍従と同じ格好でやってきたときは、周りがざわついた。王侯貴族を預かる学院にも優秀な医師が医務室にいるからと、説得しても年老いた医師は引かなかった。


「儂が取り上げたアンソニー様だ!アンソニー様が大人になるのを見るまでは死んでも死にきれない!」


 アンソニーの国で王族だけを長年診てきた宮廷医師だった彼は、自分の息子を自国に後継者として置いて、アンソニーにくっついてきてしまったのだ。彼の息子は『私の父はアンソニー様なら、目に入れても痛くならないらしいほど、可愛いらしい』と苦笑した。


 彼はアンソニーの主治医として、剣術体術の授業の参加の禁止を願っていたので、学院側は、その免除を報酬にしたのだった。そして寝込んだアンソニーのお見舞いに部屋を訪れた人々は、さらに驚くことになる。


 アンソニーの部屋の中は、とても美しく光り輝く部屋で、しかも置いてある物全てが、自分たちのどの国でも見たことがない物ばかりだった。


 アンソニーが着ているパジャマも、ベッドのシーツも枕カバーも絹で出来ている。それらの光沢や肌触りに息を呑む音が誰かから発せられた。ベッドカバーやクッションには美しい花の刺繍が彩られている。その刺繍も秀逸の美しさで、どれも部屋にいる者を穏やかな気持ちにさせる上品なデザインだった。


 部屋の中の趣味のいい家具も落ち着いた色の壁紙も壁に飾られた絵画も、どこの国でも見たことがないようなデザインで全ての調和が保たれている。全ての物が素晴らしく、品があった。この美的感覚は、誰にも真似が出来ず、だからこそ誰もが真似したくなる、欲しくなるものばかり。


 本棚に置かれている本は教科書以外は自国のもので、それらの本の装丁も美しければ、どの本も今まで、読んだことも聞いたこともないような物語が綴られていて、一日中でも読んでいたくなる。そして、これでもかとアンソニーの多才を見せつけられている彼らは察する。


 それら全てがアンソニーの発案でなされたことを……。ベッドの中で、青い顔色をしながらも見舞いに来た学生たちに、自分の部屋の備品の説明をするアンソニーに彼らは気づく。


 アンソニーは本当に体力以外の全てにおいて、色んな才能を開花させ、使いこなし、学生生活の色んな場面において自国の品物、自分のアイデアを自国を立て直すために売り込んでいく、歩く広告塔の役目を懸命にこなしているのだと。


 商売の鬼、チビの守銭奴と蔑む一部の人間以外のほとんどの生徒達は、アンソニーの自分の国に対する愛国心と民の生活を潤わせるための献身に、自らの行いを振り返らずにはいられなかった。


 自分たちは、ここまで自分の国を愛し、なりふりかまわずに、自分の持てる力全てを使って、国を良くしようと働いているだろうか……?きっと、アンソニーのあの多才さは、貧しい自国を何とかしたいというアンソニーの心に、感動した神が与えた祝福なのかもしれない。


 アンソニーと同学年の王侯貴族たちはアンソニーに感化され、自分たちの愛国心や民を思う王や貴族としての自分の役割というものについて考えるようになり、後に名君といずれも呼ばれるような指導者に成長を遂げた。そして彼らが卒業して、しばらくして交わされた条約が、『アンソニーたん独り占め、絶対ダメ!条約』である。


 アンソニーの才能は学院を卒業してからもつきることがなく、アンソニーの国は、ようやく貧困から抜け出した。今アンソニーの国以外の国からは、『全ての流行はAから始まる』という言葉が生まれているくらい、その才能は多方面で活躍していた。


 ゆえにアンソニーの才能を欲するのは、どこの国も同じで、アンソニーが王族でさえなかったら、かの人は常に誘拐され、監禁される危険があっただろう。でもアンソニーと学友だった他の王侯貴族達は、彼の愛国心を尊んで、お互いアンソニーを拐かすことなく、友人関係を続けていきましょうという趣旨の元、その条約は出来上がったのだ。



 魔人族の国も一人の反対もなく、その条約に一番に加わった。俺がアンソニーの一番の親友という理由だけじゃない。魔人族は、その豊富な魔力ゆえ、長命。それゆえに皆、退屈に苦しんでいたのだ。


 豊富な魔力、豊かな大地の恵みで飢えることもない。だからこそ、魔人族は、贅沢な悩みを抱えていた。食うに困らない、あくせく働く必要もない魔人族は達成感を感じたことがないものが多く、やりがいや生きがいといったものを知らない者がほとんどだった。長すぎる寿命に飽きていた国民はアンソニーがもたらせた全てに生きる活力を得たのだ。


 衣服のお洒落だったり、たくさんのゲームや本、食事のレパートリー、魔人ならではの魔法の活用法や剣術以外の格闘技等々、例え何百年頑張っても、その頂点にたどり着くのは難しいと思わせる多種多様なの紹介やら……。


 どれも長命な魔人族でも思いつかなかったものばかりで、アンソニーの脳裏には賢者の石が宿っていると噂され、アンソニーは魔人族を退屈から救う勇者と呼ばれるようになった。長すぎる人生を楽しむ方法を教えてくれたアンソニーを魔人族は、感謝と尊敬の念で慕うようになったのだ。


 学院時代、アンソニーが何の利害も考えず、自らの欲望から衝動的に行動したのは、たったの一度だけ……、だけだったことを知っているのは、当事者である魔王の俺とアンソニーだけだろう。


 俺はアンソニーのお説教を聞きながら、自分の右手を見つめる。他の学友たちは知らない、俺だけが知ってる。こそばゆい感情は、この後のアンソニーの言葉で瓦礫となって崩れてしまう。


「……ということで、ま、反省されたなら、もういいです。そうだ、今回魔王様のところに来たかったのは、これを直接渡したかったからで……。僕は今度、結婚するんで、式に主賓として出席して欲しくて、ですね、はい、これ、招待状です!」


「「「「「何ですと!!!!!」」」」」


 あまりの驚愕に、一斉に立ち上がろうとした俺と魔界四天王の両足が、強烈な謎の痺れに襲われて、のたうち回るはめになった。魔力も使わずに、これほどのお仕置きをするとは、アンソニー恐るべしだ!


 アンソニーの結婚式は俺の心の中の嵐とは裏腹な、雲一つないスッキリとした青空の中、盛大に行われた。俺はアンソニーの横に立つ、アンソニーの配偶者となった人間を睨み付ける。


「どんなことがあろうとも、アンソニーを裏切るな、この馬の尻尾野郎!裏切ったら俺が許さないからな!」


 輝くピンクゴールドの長い髪を頭の高い位置で結んだクールビューティーを俺は思いっきり威嚇した。切れ長の澄んだ海の碧色の瞳を細めて、ヤツは勝ち誇ったような笑みを見せてきた。


「肝に銘じます。アンソニー陛下の王配として。愛情と尊敬を持って、公私共に陛下を支えていきます」


「っく!自分がちょっと美人だからって、図に乗るなよ!俺の方がアンソニーのこと愛してるんだからな!」


「ええ、アンソニー陛下も貴方のことを、一番の親友として愛してらっしゃいます。私のことも生涯の伴侶として、とても愛してくださいます、もちろん私もアンソニー陛下のことを熱烈に愛していますとも!」


「っう!!う、羨ましいなんてちっともこれっぽっちも、お、思ってないんだからな!!!」


 相変わらず小さなアンソニーを挟んで、俺とヤツの睨み合いはバチバチと火花がでそうな勢いだった。アンソニーは真っ白な正装で、いつもより可愛らしかった。でも可愛いと言うといつも怒るので、黙っているけれど。


「もう二人とも、いい加減にしてよ!!魔王様もまるで姑みたいだし、ユーリも睨んだら美人が台無しだよ!」


「私、アンソニー陛下に美人って褒められちゃいました!ああ、私、幸せです!アンソニー陛下、愛しています!」


 アンソニーを抱きしめて、キスをねだるヤツが妬ましい。だが、それ以上に俺はショックにうちひしがれた。


「し、姑!?……アンソニーひどい……」


「だから魔王様、ハンカチ噛みしめて悔しがらないの!」


 アンソニーとヤツは、これから城下をパレードで回らなければならないらしい。俺は魔界四天王の獅子王デューダと、それをぼんやりと眺めた。

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