第5話 王子様と村人の彼女と魔王の俺②

 元々アンソニーの国は他の国に比べ、一番領土が狭く、貧しい国だった。鉱物もとれないし、農作物も畜産も今ふたつ……という感じで特産とされるものもない。吹けば飛ぶような、ちっぽけな国と他国には軽んじられていた。


 それがアンソニーの手腕で、その貧しさから脱却しつつあったのだ。アンソニーは己の頭脳からわき出る、ありとあらゆるアイデアから生まれた、新しいものを諸外国に売りつけたのだ。


 俺は出席をさぼっていたので、これは後日知った事実だが、アンソニーが学院に入学した日、他の学生達も教師達もアンソニーに目が釘付けになった。


 アンソニーは王侯貴族にはありえないくらいに地味な茶色い瞳と茶色い髪で、とても素朴な顔立ちの目立たなそうな小さな子供だった。だが、アンソニーの身にまとっているものが、今まで誰も目にしたことがないような素晴らしい布地で作られていたのだ。


 綿とは絶対に違う、謎の布地は、それ自体がキラキラと光を放つような光沢があり、なめらかな肌触りで(入学式後、皆がアンソニーに頼んで、腕の部分を触らせてもらい、確かめた)、他の学生達が綿のシャツの中、アンソニーだけが一人光っていた。


 アンソニーは、これは自国で作っているという布だと説明し、自分の教室の級友に、自己紹介代わりだと言って、絹のハンカチをプレゼントした。その布地の感触に虜になった級友たちの国から、アンソニーの国に絹の注文が殺到したのは言うまでもない。他の国は、アンソニーの国に密偵を放つものの、どうも城の中でしか作られていないらしく、誰にもそれがどういう材料で作られているか、知ることが出来なかった。


 200年たった今でも、アンソニーの国は、それを守り続けている。その布地の材料を持ち込んだのは、アンソニーだということがアンソニー亡き後、明かされた唯一の情報だった。


 気弱そうな、か細い見た目のアンソニーを懐柔、もしくは脅してでも秘密を話させようとした者もいたようだが、アンソニーは決して口を割らなかった。


 こうしてアンソニーは学院入学した日から、学院一の有名人になってしまった。そして、その後も自分の国のものを売り込むため、アンソニーは有名人であり続けた。


 ダンスの授業で一緒に踊るペアの令嬢には、発表会ごとに絹のドレスと小物などを一式まるごとプレゼントして、身につけてもらい、自国のドレスを売り込んだ。絹で作られたドレスは、今まで誰も見たことがないようなデザインのドレスばかりだった。


 咲き誇るバラのように広がる物や、夜空の星を縫い止めたような物、そして伝説の人魚を思わせる流線が美しい物。


 奇抜だが、どの装いも着る令嬢を一番美しく見せるドレスだったため、本来一番チビで女生徒よりも華奢なアンソニーは敬遠されるはずなのだが、アンソニーのダンスのペアになることに、女生徒たちの中で苛烈な奪い合いが始まるほどだった(この時にあみだくじとか、ジャンケンという名の、国同士の力関係をまったく介さない、運だけで勝負を決める、公平で平和的な勝負方法を教えたのもアンソニーだった)。


 発表会後は決まって、アンソニーの国の服屋と靴屋と宝飾店は嬉しい悲鳴をあげることになった。そのすべてのデザインを手がけたのは、無名のデザイナー


 アンソニーのことだと気づいたのは、ダンスのペアの相手になった女生徒たちだった。たちまちアンソニーはファッションリーダーとして、女生徒達の憧れの存在になってしまった。いつも穏やかで、にこやかに接しているアンソニーは、初対面の女性からいつも好印象をもたれていた。小柄で茶色の瞳と髪の素朴な顔立ちも声変わりしていない高く澄んだ声も、異性を感じさせず、女生徒たちの警戒心をとくのに、貢献していたのかもしれない。密かに『アンソニー様を静かに愛でる会』というものが結成された。表立ってアンソニーを取り囲むのは淑女としての慎みに欠けると、学院の外では王女や貴族令嬢である女生徒たちが判断したからである(余談だが普段生徒を公平に扱うべき女性の教師陣は、アンソニーが卒業してから速攻入会している)。


 こうなると面白くないのは男子生徒達だが、恐ろしいことにアンソニーは男子生徒達をも虜にした。アンソニーは教室や寮の談話室で、カードゲームやボードゲームといった、色んなゲームに彼らを誘った。それらのゲームは、非常にシンプルなものが多かったが、やりはじめると奥が深く彼らは新しいゲームにすっかり夢中になってしまった。


 寮監や担任の男性教師が、それらを目にして驚いた。王侯貴族が身につけるべき、駆け引きやら戦略といったものが、ゲームを楽しみながら身につくことに気づいたからだ。授業に取り入れたいからとアンソニーにルールの説明を求めると、アンソニーは自国で出版しているルールブックと道具を教材として学院に売り込んだ(とってもいい笑顔で算盤を弾くアンソニー様が怖かったと、後に経理担当者は語っている)。


 各ゲームは授業を通して、色んな国の王侯貴族が楽しみ、各国にそれを持ち帰ったため、世界中に広まり、200年たった今でも遊ばれている。ルールブックと道具も最初の爆発的な売り上げはないものの、未だに売れ続けている。


 またアンソニーは、ゲームに興じている友人達に食事をよく差し入れした。友人達の国でとれる特産物を使った物が多かったが、それもまた今まで見たことがない調理の仕方だったり、味だったりした。自分たちの国の物が、こんなにも美味しくなるなんてと彼らは喜び、レシピを知りたがった。


 アンソニーはレシピを教える代わりに、それらの特産物の輸入における関税緩和だったり、地学研究者や農作物の栽培に詳しい学者の講義を受けたいなどの取引を持ちかけた。その後、各国の財務を担当している大臣が外交官と急いでアンソニーとの対談を望んだ結果-。


「あの方はかわいい小動物の皮をかぶった商売の鬼です!」


 と泣きながら帰って行く後ろ姿を、多くの生徒達が目撃した。でも、そうして泣きながら売ってもらったレシピは自他国とわず、多くの人間に好まれるものとなり、アンソニーとの取引で減った収益が、他国でおつりが出るほど回収されたので、逆に感謝されることとなった。


 しかし、同じレシピ同じ材料を使って作られたにもかかわらず、どの料理人もアンソニーの作る料理に何故か、かなわないので、世界中の料理人をめざす人間から、アンソニーはアンソニー様と呼ばれるようになり、料理人は毎朝包丁を研ぐ前に、アンソニーの絵姿を拝むことが習慣として広まった。学院の寮の食堂の調理師は、その後『食聖アンソニー様の円卓の弟子』として、アンソニーのレシピを守る番人となった。そして胃袋を鷲づかみされた男子生徒達は……。


「来月の剣術体術総合大会の優勝賞品は、クラス全員分のアンソニー様手作りの夕ご飯らしいぞ!」


「メニューを決めるのは、来週の筆記試験の一位の生徒だって!?」


「俺はカツ丼が食べたいんだ!女子に取られたら、ケーキオンリーになってしまうぞ!」


「俺だって唐揚げとカレーが食べたいんだぞ!畜生、あの香り思い出しただけで、よだれがっ!!」


「何を!!ハンバーグこそ正義だろうが!とにかく勉強しなければ!!」


 各国の王侯貴族の男子生徒達は国を離れた、この学院で羽を伸ばすつもりでいたので、あまり勉学にも運動にも身が入らない傾向になる者達が多かったのだが、この展開に覚醒した。


 教師達による『馬の前に人参をぶら下げて走らせる作戦』が勝利した瞬間だった。この作戦は、女生徒達にも有効だった。


「ああ、アンソニー様のチーズグラタン、クリームシチュー、ミルフィーユ……」


「何でもアンソニー様が作る豆腐ハンバーグは、食べても太らないそうよ!」


「わたくし、紅茶のシフォンケーキが食べたいわ!」


「男子に取られたら、お肉祭になってしまいます!皆様用意はよろしくて!」


「わかっていますわ、勝利は女子がもぎ取らなければ!」


 王侯貴族の女生徒は国を離れた、この学院で花嫁修業と結婚相手を探す以外は、あまり身が入っていないのが常態化していたのだが、やはり彼女らも、この展開に覚醒したのだ。


 これ以降、アンソニーが卒業するまで、この作戦は事あるごとに実施された。その間に学院の生徒達の学力体力は、ものすごい勢いで向上し、学院は男女を問わない、優秀な指導者を育成する超一流校としてその名を後に、世界中に響かせることとなった。

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