第4話 王子様と村人の彼女と魔王の俺①

 俺は、もう二度と君を離さない。アンを抱きしめながら、心に誓う。ああ、200年の恋が走馬燈のように俺の心を巡っていく。


「初めて会ったばかりで嘘だと思われるかもしれませんが、ずっと貴方に会いたいと思っていました!一生に一度のお願いです。この色紙にサインと後、握手してください!!」


「は?」


 学院の中庭で昼寝をしていた俺の目の前に現れた、小柄な人間が真っ赤な顔して小さな右手を差し出してくる。王侯貴族では、ありえないような地味な茶色の瞳と髪色で素朴な顔つきの人間は、その胸元に隣国の王族を示す紋章のブローチをつけてなければ、どこかの侍従見習いにしか見えなかった。


 しかし、その中身は平凡ではないのだろう。この学院の中でも外でも、人間には畏怖の対象にしかならない魔王に、自主的に話しかけてくるものはいない。いや、もしかしたら、この平凡な見た目に似合わない野心家かもしれない。魔王に取り入って自国に利益をと欲深く算段したのか……と、警戒心丸出しに睨み付けたが、その人間は、その好意の表情を崩すことはない。


「さすがリアル魔王様!威圧の睨みも想像以上で、かっこいいなぁ!」


「り、りある?」


 キラキラキラと瞳を輝かせる人間の、その言葉に少しの嘘も感じなかった俺はつい、うっかりと、その人間の手を取り、握手してしまった。


 その握手が俺の生まれてから100年経っての、初めての握手だった。


「わー、ありがとうございます!すっごく僕、嬉しいです。これで思い残すことはありません」


 俺と握手した人間は真っ赤な顔をさらに真っ赤にさせて、花が綻ぶような笑顔になった。素朴なはずのその顔に、なぜか目が離せなくなって、喉がゴクッと音を鳴らせて……。


 次の瞬間、俺はまた初めてを経験することになる。


「おい!!鼻血が出てるぞ!……え?おい!なんで気絶してるんだ?おい、しっかりしろ!!」


 真っ赤な顔で鼻血出してぶっ倒れた人間にパニックになった俺は、回復魔法やら治癒魔法をかけるという冷静な判断が出来ず、おろおろしながら、その人間を横抱きにして医務室まで走るという……、後で思い返すたびに羞恥に震える行動に出てしまったのだ。


 初対面から調子を狂わせられる人間、それが隣国の王子アンソニーとの出会いだった。鼻血を出して気絶したのは、あまりの興奮状態に、からだったらしい。


「だって魔王様だよ!?イケメンだし、盛り上がっちゃうでしょ!あーあ、ここにカメラがあればなぁ……」


「い、いけめん?亀?」


 俺に会えた嬉しさで鼻血を出して気絶するほど、喜んだという事実に呆然としている俺の横で、小さな鼻を綿で押さえながら、何故か亀がほしいと悔しがるアンソニー。そのあまりの自然体の姿に俺は、また、うっかり。


「俺と結婚してくれないか?」


 気づいたら色々すっ飛ばして、求婚していた。今、思い返すだけで赤面モノだ。相手の名前も知らないのに。アンソニーは茶色い瞳を真ん丸くさせてから顔を一瞬で、真っ赤にした後、眉毛をシュンと下げて、申し訳なさそうに口を開いた。


「ありがとうございます。気持ちは、とても嬉しいんですが僕、自国の次の王なんです。ごめんなさい」


 100年生きて、生まれて初めての求婚は5秒で断られてしまったが、それから俺たちの友だち付き合いが始まったのだ。


「魔王様、アンソニー様は次、いつ遊びに来てくれるのですか?」


 国に戻ってからも友人関係は続いていて、アンソニーは王に即位してからも、留学や外交と称して、魔人族の俺の国に何度か来てくれていた。


 隣国の王であるアンソニーが来ることを初めは猜疑心丸出しで接していた、魔人族の民も城の者も、アンソニーの中身を知ると、たちまち皆がアンソニーに惹かれてしまった。


 魔界四天王と呼ばれる俺の腹心の部下たちも、アンソニーに心酔している。


「はぁ、アンソニー様、早くお会いしたい……」


「獅子王デューダ、アンソニーは俺に会いに来るんだぞ!」


「アンソニー様、私とのお約束を覚えていらっしゃるでしょうか?ああ、この焦がれる思い!!」


「白鷺王メルよ、アンソニーは俺と約束したの!」


「魔王様、今度こそアンソニー様のお世話係は、この猿王アキセにお願いします!一日中お世話します!」


「お前は四天王なの!お世話はメイドがするの!後、その手、ワキワキさせるのがなんか嫌だから、お前は近づくな!」


「ああ、どうしてあの人は王様なの?生きるべきか死ぬべきか……賽は投げられたわ」


「三毛猫王ミュカよ、お前、色々混ぜすぎだ……」


 執政室の中で、俺は執務の合間合間に99パーセント本音のボケをかましてくる魔界四天王たちに、100パーセント本音で突っ込みをいれていく。アンソニーのことになると、俺そっちのけでアンソニーを歓迎する部下達。ちょっと自分に対する扱いがぞんざいになってきている気がする。でも、仕方がないのかもしれない。アンソニーはある意味魔人族の国にとって、に等しい存在になっているのだから。ボケ突っ込みをしながら、執務をしていた5人の元に、補佐官が速達の封書を携えて駆け込んでくる。


「魔王様、アンソニー様の国からの速達です!!」


 アンソニーから速達なんて珍しいと封を開けると、アンソニーの直筆のきれいな字が見えた。


「えっと、えー……、アンソニーはしばらく……、来られないらしい。今、北方にある国に狙われているから、行けなくてごめんね……と書いてある」


 俺は手紙を手にしたまま、立ち上がった。俺の腹心の部下、魔界四天王も黙って立ち上がった。城の補佐官も、すでに俺が何を言わなくても、この後自分がすべき行動をを理解していた。城に設置されている鐘が、特別の音色を鳴り響かせた。そのメロディーの名前は-。


『アンソニーたん危機一髪』(作曲、白鷺王メル)という。


 この曲は魔人族で一番に魔力にあふれるこの俺が、その豊富な魔力をふんだんに使い、アンソニーの危機を察知して自動で奏でられるという、特殊な魔術を施した城に備え付けられた鐘から流れられている。


 鐘の音を聞いた魔人族の戦える者達が城に集まってくる。その数は国の半数以上。戦えない者と国を守る者以外が、ここに集った。皆の心は一つになっている。


「愚か者が触っちゃいけないものに手を出した」


「何人たろうとも許されない」


「俺たちの希望であり、救い主であるに、何をするんだ」


「俺たちのアンソニー様を守れ!」


 人々の声に魔王が突っ込む。


「いや、お前達のじゃないだろうが!!ったく、行くぞ、野郎ども!!」


「「「おおーーーーーーーーーー!!!!!」」」


 速達が俺の手に渡って5時間後、北方の陰謀は俺たちの手によって、始まる前に終わってしまった。そして……。


「アンソニー、ごめんって」


「アンソニー様、許してください」


「アンソニー様、ごめんなさい」


「アンソニー様、怒ったお姿も麗しい……。は、反省しています!!ごめんなさい、ゾクゾクします!」


「アンソニー様、2度あることは3度ある……って、違います、はい許してください」


 俺と魔界四天王達は、俺の執政室で正座とやらをさせられていた。そして目の前にはアンソニーが、眉をシュンとさせたまま、しかし静かに怒っている。


「あのですね、お気持ちは嬉しいのですが、魔人族の国は他の国に対して不可侵条約を結ばれていらっしゃるでしょう?ご自分の国の窮地ならともかく、これは条約違反では?」


「アンソニーは俺の親友だ。アンソニーが困ってたら、俺の心がとても困って苦しいんだ!アンソニーを失うなんて耐えられない!だから俺の窮地だから、違反じゃない!……って、ことにしてくれ!」


「アンソニー様は今やこの魔人族の者達にとって、勇者様に等しい方。放っておけません」


「そうですよ、私もみんなもアンソニー様から、もたらされるによって、生きる楽しさを知りました」


「それがなくたって、アンソニー様は、大人になっても可愛くって癒やされてます。……ひぃ、魔王様の目が怖すぎる!!」


「ミュカもアンソニー様と一緒にいるの好き。アンソニー様いい匂い、お日様の匂い」


 アンソニーは、とても弱り切った微笑のまま、ミュカのフワフワの髪をなでる。


「ありがとうございます、ミュカ。僕も君のこと好きですよ……何ハンカチ噛みしめて、悔しがっているんですか、魔王様?もちろん僕の一番の親友は貴方ですよ、魔王様。僕の国の窮地を助けてくださり、とても感謝しているんです。……本当です、すごく嬉しかったです。


 でもね僕は、自分で国を守れるような王を目指しています。それに僕の国を依怙贔屓したら、後々魔人族の国が困る事態になるかもしれないでしょう?僕だって、僕の一番の親友が困ってたら僕の心も困ります。だからこれからは、こんな無茶は、やめてくださいね。幸い、今回の魔人族の行動は、何故か他のどこの国々からも批判がなかったから良かったものの……あれ、どうしてなんだろう?」


 アンソニーは知らない。魔人族の国は確かに他の人間の国に対して不可侵条約を結んでいる。しかし今は、他のほとんどの国々にとっても魔人族の国にとっても、何よりも優先される、ある特例の条約があることを-。その特例条約の名は-。


『アンソニーたん独り占め、絶対ダメ!条約』(命名、白鷺王メル)という。

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