第3話 魔王の彼と村人の私③

 さて、2ヶ月である。第一王太子様は、まだ帰ってこない。目の前は隣国との国境で。私は、ただ自分の運の悪さを呪っていた。


 お城で育ったお姫様や、姫の護衛騎士とはいうものの伯爵令嬢である女騎士様、まして赤子のころから神殿で育った神巫女様には、気づかれなくって当然のある事実があった。(ウェイが気が付かなかったのが奇跡)


 本当は隣国へは王都から馬を飛ばせば三日ほどで行けるのだ。200年前の友情の証として隣国への道はまるで王都の中のように整備されたものだったのだ。非戦闘員の私が馭者をすることで、その道を避け、田舎道をグネグネと回り道するという時間稼ぎを可能にし、2ヶ月という月日を稼いだのだった。


 私の使命は勇者パーティーに入って魔王様を討伐することではない。勇者パーティーを思いとどまらせること。あの村に届けられた手紙にも、城に着いてからの補佐官たちからの説明も同じだ。


 ①勇者パーティーを説得して止めさせる。

 ②勇者パーティーと同行して、(第一王太子様を待つため)時間稼ぎをしつつ、説得を続ける。


 この二つを頑張って2ヶ月を得たというのに、第一王太子様も来なければ、説得も失敗だった。美人たちは地位も名誉もある身分だし教育も、それこそこんな村娘の私なんかより、はるかに高度な教育を受けたはずなのに、魔王討伐の旅を止めようとしないのだ。


 皆が皆、魔王討伐後の褒美が欲しいのだろう。つまり、勇者ウェイとの婚姻だ。どうしようもない身分の差から、どうしても単なる村長の息子ウェイを勇者ウェイにしたいのだ。まぁ、何故か近頃は討伐後は自分のそばにいてほしいと、3人のツンデレ美人たちにそれぞれには秘密だと、言われているのだが。


 ①も②も失敗した私には、後③しか残っていない。


 実は、王様とサリー姫が暴挙に出たとき、城の人間はすぐに第一王太子様に魔法通信で連絡した。もちろん魔法通信で第一王太子様は二人に説得をしてくれたが、失敗に終わり、国を滅ぼしたくない第一王太子様は、隣国の魔王様に緊急魔法通信で経緯を説明、謝罪、対応を頼んだ。①、②が失敗した場合、勇者パーティーを隣国が捕獲、もしくは殲滅してくれてかまわない……と。そして私にもたらされた最低最悪の③だ。


 ③隣国で捕縛されたとき、姫と女騎士と神巫女の命乞いをする。代償は私と勇者の命。一か八か言ってみるだけ言ってみてくれと頼まれた。と、いうか命令された。


 身勝手な行動に出て、国を危険におとしめた身分ある3人の命は、やはり惜しくて、身勝手な行動のまま、勇者気取りのウェイと、完全なとばっちりをくらった私は平民だかららしい。その代わり、身勝手な行動(勇者の剣を抜いた)をしたウェイとは違い、私は両親の老後を国が責任とって面倒を見てくれるという証書をもらっている。


 これは城で私が交渉して得られたもので、始めなにも報酬なしに命令されたので、例え国民だとしても、それってどうなの?と懇々と理論立てて交渉したら、納得してもらえた。もちろん、この命乞いが成功しても失敗しても、もらえる報酬である。それとは別に私が、この勇者パーティーに加わる対価も、きちんと両親に渡されるように段取りも済ませてある。


 ウェイと違い、話のわかる人たちとの話は良い。そういえば交渉後、もし私が無事だったら、学校にも行っていない私をなぜか城で働かないかと、補佐官の人たちが勧誘してくれたが、あれはきっと都会的ジョークだろう。


 今まで16年間育ててくれた両親に心の中で感謝と別れを告げて私は、どうしようもない勇者パーティーの一員として、私の最期を迎えるべく隣国の国境の関所に向かって行った。


 隣国の国境の関所は砦にある。武器を持ち闘争心丸出しの勇者パーティーを冷たい眼差しで、迎え入れる隣国の軍人たち。彼らは魔王様からの連絡で、この人間のパーティーが、どういう理由でやってきたのか、すでに知っているのだ。大恩ある魔王様の命を狙うなんて、なんて恩知らずで恥知らずな愚かな人間たちなのだろうと蔑みの視線が突き刺さるのは、当然なのだけど……。


 なんだろう……、キラキラした視線をすごく感じるんだけど?勇者パーティーを取り囲む魔人族の軍人達の視線が最初は勇者達に注がれていたが、すぐに何故か私に集中しているような気がする?それにこの視線は、さっきまでの冷たいのではない、悪意とか憎悪って感じではないような気が?何でだろう?あれかな?この茶色の瞳や髪色が、あんまりにも地味すぎて、この美貌パーティーの中で、浮きまくって目立っているのかな?視線が私に集中していることに気づいた勇者パーティーが、私をかばうように前に立ちふさがる。


「まあ、なんですの!この平民は、わたくしのですのよ!あんまりジロジロみないでくださいまし!」


 と、金色のロッドを手にしたサリー姫。


「非力なアンから狙うなど姑息な!アンは私とともにこれからもあるのだ!渡さぬぞ!」


 と、白銀色の鎧のガーネットが剣を鞘から抜き、構える。


「ずるいずるい!!アンにはココルのお姉様になってもらうって、ココル決めたんだもん!誰にもあげないもん!!」


 と、両手の平から、神力を起こそうとするココルに。


「みんな何言ってるんだ!!アンは俺の一番の子分なんだぞ!!これからも俺の子分なんだ!!!!」


 と、勇者の剣を掲げて言い切るウェイ。


 そんな勇者パーティーたちの言葉に私は……、私は激しい頭痛と目眩に襲われた。


 王城の人たちと第一王太子様と、そして私の2ヶ月にもおよぶ説得が何も実を実らせなかったことが実感となって私を疲労させていく。その疲労感から体を支えきれなくなった私は、最期の③勇者パーティーの3人の貴人たちの命乞いをする前に倒れかけてしまった。


(いけない!お姫様達のこと、頼まなきゃいけないのに!!)


 その時、ふいに後ろから大きな手によって支えられた。


「大丈夫か?アン」


 低くて落ち着いた男性の声に、振り向いた私が見たのは-。


 漆黒の艶やかな黒髪を肩まで伸ばし、意志の強そうな透き通る紅い紅玉の瞳は、私を心配そうに見ている。整った太い眉に鼻筋は通っていて、きれいな形の唇もキリッと引き締まっていて、浅黒い肌も彼によく似合う。こんな完璧な美貌が、この世に二人も存在するはずがない。


(ああ、もしかして、彼は、あの時の……?)


 私は彼から目をそらすことも出来ない。まさに人間離れしたその美貌。私より頭二つ分くらい背の高い、がっしりとした体格の鍛え抜かれた体は、髪と同じ黒い軍服で、包まれている。彼の姿と彼の左肩にあった、マントの留め具の竜の模様を見た私は-。


「初めて会ったばかりで、嘘だと思われるでしょうが、貴方が好きです!一生に一度のお願いです。殺す前に握手してください!!」


 そう、16年間生きてきた中で、私の人生で最低最悪の今日という日に、こんな出会いが待っていたなんて、人生って不思議だと思う。


 たとえ一目惚れした相手が魔王様で、私が勇者仲間になぜか加えられているただの村人で、今まさに、戦いの火ぶたが切って落とされようとも、私の人生が終わる最後の日に、片思いの人に会えて告白が出来た。


 もう思い残すことはない。神様、ありがとうございます。私は仲間たちの前に出て、震える右手をそっと前に出した。


 シンと静まりかえる中、魔王様は私の右手を優しく、そっと握ると、そのまま私を引き寄せて、抱擁した。息をのむ周囲にかまわず、魔王様は私を優しく見つめてくる。


「初めてでは、ないだろう?4年前にアンに会っただろう?」


「っ!!憶えているのですか!」


「勿論、憶えているよ、二人で林檎を分け合って食べたじゃないか?あれはとても美味しかった。あの時は、とてもかわいい子どもだったけど、今はものすごくかわいらしい女性になっていて驚いたよ」


 魔王様の言葉に私は、全身が火が付いたように熱くなる。きっと顔も真っ赤になっているに違いない。あのたった一度の出会いを憶えてくれていたことが嬉しくて、お世辞でもかわいらしいといってもらえた事が嬉しくて、涙が滲んで魔王様の顔が霞んでみえた。


「ありがとうございます。私、嬉しかったです。もう思い残すことありません。お城からサリーミレジェット姫様とガーネット様とココル様の事、頼まれています。愚かな人達ですが、もし良ければ、この3人の命をお助けください」


「断る」


「キャ!?」


 魔王様は私を抱き上げると、私の額に口づけを落とした。


「あー!!俺の一番の子分に何するんだ!!」


「ああ、わたくしのアンに何てことを!?離しなさい、けだもの!」


「この私から、アンを奪おう、などとふざけた事を!!」


「あーん、私のお姉様なのに-!!」


 なにやらウェイたちの声が聞こえるような気がしたが、私はそれどころではなかった。胸の鼓動が早まる。魔王様の顔が近い。


「こんなに嬉しくてたまらない告白をきいたばかりなのに、君を死なせるわけがないだろう?」


「魔王様……」


「私も一生に一度のお願いだよ。アンが好きだ。私と結婚して、私のそばにいてほしい」


「……本当に?私でいいんですか?」


「君じゃないと、ダメなんだ。お願いだ、アン」


「ーっ!はい!」


 私は魔王様の胸に顔を隠したまま、嬉し涙が止まらなくなった。だから嗚咽が止まらない私の背中を

 優しくなでてくれる魔王様のつぶやきに気づかなかった。


「ああ、200年越しに、やっと、君を捕まえられたよ」

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